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第19話

 こうした家庭の不安が、私をますます政治運動にのめり込ませた。

 1925年の普通選挙法案成立は、女性の公民権運動の高まりを呼んでおり、私はそれに積極的に参画する有様だった。

 皮肉といえば皮肉だが、政治運動にのめり込み、平塚らいてうや市川房枝といった面々に会って、その運動に協力するという快感が、私の家庭に対する不安を脇に追いやったのだ。

 その一方で。


「中々できることではありませんね。欧州に出征した先で、フランスの女性の下に奔った夫が改心して還ってくるのを、ずっと待っているなんて」

「しかも、その間、ずっと夫の愛人が産んだ子どもの面倒も見ているなんて」

 呆れたというか、賢婦の鑑というか、そんなどちらとも取れる評判が、徐々に私が女性運動家として名を高める内に、私の周囲には立つようになっていた。


 そういった評判を小耳に挟むたびに、私の背中はむずがゆくなった。

 はっきり言って、そういったことができるのは、夫(と、私は認めたくないがジャンヌ)が、子どもの養育費と私の婚姻費用分担金を、きちんと送金してくれるからなのは否定できない話だった。

 ある意味、私は右から左にそのお金を流しているだけだ。

 でも、そのこともあって、私は名が知られた存在になった。

 そして、1933年。


「婦人公民権法案は、可決成立しました」

 犬養毅首相暗殺事件、満州事変勃発等により、市川さんをはじめとして、多くの女性運動家達は、私も含めて、こんな状況下では婦人公民権法案の可決成立は望めない、と考えていた。

 だが、私を媒介として、林忠崇侯爵や西園寺公望元首相にまで、女性運動家が直接に働きかけた結果、これまで障害となっていた貴族院が、婦人公民権運動に対する態度を軟化させ、婦人公民権法を成立させることに成功したのだ。

 しかも、史実より大きな果実を私達は勝ちえた。


「嘘でしょ」

 村山キクというか、愛は半ば呆然とした。

 何と男女共に25歳以上での衆議院選挙での選挙権、30歳以上での衆議院選挙での被選挙権までも、この世界は勝ち得てしまった。

 確かに自分の知っている世界でも、1933年に婦人公民権法は可決成立した。

 でも、それは地方選挙の選挙権だけで、衆議院選挙での選挙権、被選挙権を、女性が勝ち取るのには、まだまだ時間が掛かる筈だったのだ。

 それなのに。


 私達3人がこの世界に来て、更に彼が生き延びているだけで、ここまで歴史が変わっていいの。

 だって、この1930年代前半というのは、フランス等の欧州諸国の一部でさえ、女性に国政選挙権を与えていない国はまだまだ珍しくない時代なのだ。

 しかし、この世界の日本は、女性の国政選挙権、被選挙権の獲得に成功してしまった。

 

 私、野村忠子は、しばらくぶりにキクに会っていた。

 婦人公民権法を可決させるための運動に走り回っていて、横須賀をしばらく離れていたのだ。

 キクは困惑しているようで、おめでとう、という言葉も少し震えていた。

 私達は歴史を知る者として、声を潜めた会話を始めた。


「こんなに歴史を変えてよかったの」

「良かったに決まっているわ。間違っていることは速やかに正すべきよ」

「でも」

 私の主張に、キクは口ごもった。

 

「私はもっと歴史を変えるわ」

 私は、高揚感からキクを更に驚かせることを決めた。

「今度、衆議院選挙に私は立候補するわ。斎藤實首相から打診があったの。林侯爵が口をきいてくれたの」

「ええっ」

 キクは腰を抜かした。


「横須賀から私は立候補するつもりよ」

 私は自信満々に言ったが、キクは私を止めに掛かった。

「小泉又次郎に選挙で勝てる訳ないわ。止めるべきよ」

 小泉又次郎は立憲民政党の超大物議員だ。

 でも。

「私は戦うわ」

 私は力強くキクに宣言した。

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