第18話
翌年、ユーグからは千恵子と総司のために同様のお金が、私の手元に届いた。
私はため息を吐いた。
私が欲しいのは、お金ではなく、ユーグではない雄なのだ、それなのに。
気が付けば結婚して同居したのは僅か10日余り、逆に別居生活が10年を超えようとしている。
とは言え、このお金を活用しないという手段はない。
総司は中学校に進学し、千恵子は女学校に進学した。
総司は、いずれは父や祖父と同様に海兵隊士官になるつもりで、勉学に励んでいる。
だが、千恵子は、史実とはどうも微妙に態度が違うのでは、と私は考えるようになっていた。
頭の良さは相変わらずで、千恵子は進学した女学校でもトップクラスの成績を収め、東京高等女子師範学校でもどこでも望めるのでは、という有様なのだが。
どうも誰か気になる人が出来たような態度で、女学校を卒業したら進学する気が無いようなのだ。
もっとも、現在の篠田家の財力を考えれば、むしろそれが無難なのだが。
どうにも気になって、村山キクに尋ねたら、キクは即答した。
「そりゃ、史実が早く起こっているのよ」
そうか、そういうことなのか。
先のことがほとんど分からないとはいえ、生前の家系まで分からない訳ではない。
私は、自分達の家系を想い起こし、千恵子が土方勇と結婚し、その曾孫が土方鈴なのを思い出した。
この世界では、千恵子は我が家の近くに住んでいる。
そして、土方勇志と、私の父、岸三郎は親友同士で、それこそ家族ぐるみの親交がある。
だから、千恵子と、史実で結婚する土方勇、言うまでもなく土方勇志の孫は、史実よりも早く知り合ってしまったのだ。
勿論、女学校1年生と尋常小学校5年生では、普通の友達以上の感覚程度だろうが。
この後、どういう流れが起こるのか、さっぱり分からないが、きっと史実通り、二人は結ばれるのではないだろうか。
そこまで思い出した瞬間、私は不快なことも思い起こした。
このまま行くと史実通り、私は略奪婚の当事者扱いされて、因果応報云々と言われるのでは。
キクも何となく察したらしく、顔色を微妙にしながら言った。
「先のことだからね。余り早く気にしても仕方ないわよ」
「そうよね。うん、そうよね」
私は、そう答えて、生暖かく千恵子の幼い恋を見守ることにしたが、胸の中の不安感が漂うのは止められなかった。
キクは、私の様子を見て、悪戯心を起こしたようだ。
「おもしろい話があるのだけど、聞きたい」
「いきなり何よ」
キクから、そんな話を振られて、無視できるほど、私は木石ではない。
「私の下の娘二人がね。総司のことを、おにいさま、と呼んで、自分の言葉に酔っている気配があるの」
キクの言葉は、私の衝撃を与えた。
史実通り、キクは史実で結婚した夫との間に(幸恵から言えば異父妹の)娘を二人、産んでいる。
だが、史実では言うまでもなく、この頃の幸恵と総司は表向きは姉弟ではなく、そもそも異母姉弟ということをお互いに知らなかった。
しかし、この世界では、幸恵と総司は仲良く姉弟として付き合っている。
だから、キクの下の娘二人が、義理の兄という意味で、総司を、おにいさま、と呼んでも構わないが。
私は、背中に冷たいモノが流れるのを感じた。
「幾ら何でも気が早い話よね」
私は、自分でも顔をこわばらせ、言葉がぎこちなくなっているのを感じざるを得なかった。
このままいくと、この世界では、総司はキクを義母にするのでは。
また、私はキクの娘を、息子の嫁に迎えるのでは。
気が早すぎる話の筈、でも。
私は背中が徐々に冷たくなるのを感じた。
キクは、
「そんなに深く考えないでよ。事実だけど、私も総司を娘婿に迎えられる、なんて考えてないから」
そう言ったが、私は嫌な予感がした。
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