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第17話

 こんなことが1925年末にあったのだが、その間にも時間は流れ、子ども達は成長して行き、周囲の状況も変わっていく。

 翌年の1926年には大正天皇陛下が崩御され、昭和天皇陛下が即位された。

 更に翌年の1927年には、南京事件が起こり、日本海兵隊を主力とする日米英等の軍隊が、中国国民党軍との戦争の為に、上海、南京方面に派遣される事態が起きた。


 この時、夫の野村雄、いや、実際に合わせて、これ以降はユーグ・ダヴーと呼ぶべきだろう、も、中国国民党との戦争が拡大した場合に備えて、外人部隊の一員として仏印まで来ていたらしい。

 だが、結果的にはそこまでの大戦争にはならず、彼は所属部隊と共に、フランス本国に帰還してしまい、彼が中国の土を踏むことは無く、言うまでもなく日本にも来なかった。


 そして、1928年の正月明け、私は村山キクと顔を合わせていた。

「幸恵さんは、女学校なり、高等小学校なりに進学するつもりがあるの」

 私の問いかけに、キクは答えた。

「さすがに女学校への進学は。できたら、高等小学校は卒業させたい、と考えているけど」


 その答えに、私は無言で厚みのある封筒を差し出した。

 その中には紙幣が詰まっている。

「このお金は」

 それ以上は、キクは言わなかった。

 誰が、この封筒の中身を準備したのか、察したのだ。


 私は、事実を淡々と告げることにした。

 ユーグが、自分の長女、幸恵の進学等のためにお金が必要だろう、と私にお金を送ってきたこと。

 それで、お金を渡すことをだ。

 キクは黙って、頭を下げた後、半ば独り言を言った。

「これって、やっぱりジャンヌの提案かな」

「でしょうね」

 素っ気なく、私は答えた。


 私達2人には、それこそ21世紀の記憶があり、離婚後も親子の縁が切れない以上、親はきちんと養育費を払うべきだ、という考えが当然ある。

 だが、この時代では異常とは言わないが、余り考えにくい考えだ。

 何故なら、幸恵は野村の家から、村山の家に養女で入っているからだ。

 既に野村の家から出て、村山の家に入っている以上、野村の家が幸恵の養育費を払う必要は無い、という考えが周囲では多数派だろう。


「あなたの夫が気にするのなら、謝絶してもいいわ。念のために言っておくけど、千恵子や総司にも同様に進学用のお金を出すつもりらしいから。特に、あなたの娘を厚遇しているわけでもないから」

 私は平静を装いつつ、内心では苦虫を噛み潰すような想いで口を開いた。

 ジャンヌは、最近のフランスでは、そうおかしくない考えだ、と言いつくろって、ユーグに金を出させることに成功したのだろう。


 全く、どちらが正妻なのか、分からない気さえしてくる。

 私がジャンヌの立場だとして、ここまで自分以外の肚を痛めた子に配慮できるだろうか。

 20世紀現在の日本の家制度から考えれば、ジャンヌの態度が、理想的な正妻の態度と言えるだろう。

 しかし、私がジャンヌの立場だったとしたら、私には、とてもここまでの配慮はできない。

 実際、前世で千恵子の存在を知っていながら、私はびた一文、千恵子の為に金を出そうとしなかったし、家から追い出してしまった。


 それでも、千恵子が進学できたのは、一括して野村の本家から貰った養育費を使っての相場への投資に、伯父が成功して、この頃にはひとかどの財産家に篠田家がなっていたからだ。

 だが、この世界では、篠田家は中流家庭になってはいるが、千恵子は女学校には何とか進学できても、それ以上の進学は無理な状況にある。

 しかし、幸恵と同様のユーグの送金があれば、千恵子は高等女学校へ進学できるのではないだろうか。


 私は、ジャンヌの方が正妻らしい、という想いをしてしまい、思わず自己嫌悪に奔ってしまった。

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