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第16話

 そんな動きを私がし出した頃、夫の野村雄は、戦場に赴いていた。

 北アフリカのモロッコ、そこは当時、フランスとスペインによって事実上は分割されて植民地化されていたが、スペイン領モロッコではベルベル人の一部がスペインに対する武装抵抗を繰り返しており、終にはリーフ共和国の独立を宣言する事態が起きていたのだ。

 更にその過程で、リーフ共和国軍の一部が、フランス領モロッコに対して攻撃を加え、フランス軍に死傷者が出る事態が起きたことから、時のフランス政府は激怒し、リーフ共和国を征服するために、外人部隊を含む増援部隊の派遣を決定した。

 そして、その中には雄の姿もあった。


 この頃、フランス外人部隊では、ジャンヌ=ダヴーの姓、ダヴーと、名前の雄(ゆう)から付けたユーグという名を組み合わせたユーグ・ダヴーという姓名を、夫は名乗っていたのだが。

 この時、少佐ながら正規の大隊長が戦死したことから、臨時の大隊長を夫は務めて、戦場で功績を挙げることに成功し、受勲されることになった。

 そして、受勲されてめでたしめでたしで終われば良かったのだが。

 その際に、夫は、ある意味で極めて厚かましいお願いをして、更に時のフランス軍総司令官フィリップ・ペタン元帥は、夫のお願いを聞き入れて、周囲に働きかけをしてくれた。

 その結果。


 私は1925年末、篠田りつと村山キクを自宅に招いていた。

 気が極めて重い話だが、事が事だけに二人に話さない訳には行かなかった。

 3人が揃った段階で、私は開口一番に言った。

「野村の家を総司が継ぐことになりました」

 他の2人が、驚きの余り、硬直したのを見ながら、私は1通の戸籍謄本を2人に半ば見せつけた。

 戸主、野村総司、母、野村忠子、姉、野村千恵子の3人が、その戸籍謄本には記載されている。


「雄が亡くなったの」

 りつが半ば泣きながら言ったが、私は首を横に振った。

 その理由を口に出したくなかったからだ。

 代わりに、冷静に戸籍謄本に目を通したキクが口に出してくれた。

「フランスに雄が帰化したとは。祖国日本を捨てて裏切るとは、余程の覚悟ですね」

 私は、その言葉には無言で肯いた。

 

 どういうことか、というと。

 当時の法律では、戸主は日本人に限られている。

 従って、戸主が日本国籍を喪失した場合、家督相続が必然的に起こるのだ。


 雄がフランス人になったことで、総司が家督を相続した。

 更に雄とジャンヌの子も全員がフランス国籍を選択したことで、戸籍から消えたという次第だ。

 そのために野村の家の戸籍には、3人しか載らない事態となったという訳だ。


 全く祖国を捨てる決断を、妻にもせずにするとは何事、という想いがこみ上げる。

 もっとも冷静に考えれば、今の雄にとって妻と言えるのは、むしろジャンヌだし、ジャンヌにしてみれば雄にはフランス人になって欲しいだろう。

 だから、半ば必然的な流れといえば、必然的な流れだった。


「そんな日本人で無くなるなんて」

 りつは、それ以上は口に出せず、さめざめと泣きだした。

「それで、どうするつもり。まさか」

 キクも、それ以上は言わなかった。

 だが、言いたいことは推察できる。


「野村の家は遺します。夫が翻意したときのために」

 私はそんなことはあり得ない、と半ば確信しながらも、そう宣言した。

 その言葉に、りつは肯き、キクは首を少し傾げて何も言わなかった。


 自分でも分かっている。

 これは、意地でしかない。

 息子の総司が家督相続したという事は、事実上、夫、雄の日本の全財産を総司が受け継ぐことになる。

 つまり、事実上は夫は私に全財産を贈与したと言っても良い。

 だが、これは最早、金銭、財産の問題ではない。

 正妻という立場の問題なのだ。

 私は断じて夫と離婚しない。

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