第2話
「当然でしょ。あなたは、幸恵の母親なのよ。母親が子どもの養育費を出すのは当たり前でしょ」
愛は、私の疑問がさっぱり分からない、という感じで返してきた。
ちょっと待て。
「幸恵は、あなたのお腹を痛めた子でしょ」
私はそう言い返したが、愛もすかさず言い返してきた。
「この世界では違うでしょ。確かに私のお腹を痛めた子だけど、私の子ではないのよ」
「どういうことよ」
私は、ますます頭に血が上った。
「あなたねえ。ここは大正時代なのよ。20世紀なの。分かっているの。21世紀ではないのよ」
「分かっているわよ。大いに」
愛は、私の返答で益々冷静になったようで、更に冷静にいなしてくる。
私は、そのために益々頭に血が上った。
「じゃあ。落ち着いて考えなさい。もし、幸恵を、彼が認知したらどうなるの」
「それは、幸恵は彼の子として」
愛の問いかけに、私は答えながら、気が付いてしまった。
そうだ、そう言うことなのだ。
千恵子のことを、彼の遺言で知った瞬間、私が胎児相続の手続きを取ったのは、そのためで。
「分かってきたようね。幸恵は、彼とあなたの子としてあなたの戸籍に入る。確かに私は幸恵の実母として戸籍には載るわよ。でも、同じ戸籍の中に私はいない以上、幸恵の親権者は、実父である彼、そして、彼がいない場合は、あなたが親権者になる。それが、20世紀の今の日本の「家制度」における現実なの」
愛は、悪魔のような笑みを浮かべながら言った。
「ふざけないでよ」
私は怒りしか覚えなかった。
「日本の「家制度」がそうなっている以上、今は仕方ないでしょ。ともかく、彼が生きていたら、幸恵を認知して、自分の戸籍に入れた筈よ。当然、あなたは同じ家の一員として、幸恵を扶養しないといけない義務が発生し、私に幸恵の扶養義務は無くなるの。だから、幸恵の扶養のために、あなたは幸恵の面倒を見ている私にお金を出す義務があるの」
愛は、法律、「家制度」を盾にして、あくまでも主張してきた。
愛の言葉は、正論だ。
だが、正論だからこそ、腹が立つし、ふざけるな、という想いがしてならない。
それに、前世での彼の正妻として、現世での彼の従妹として過ごした日々が、彼の態度を予測し、愛の言葉を認めてしまう。
こんな世界は間違っている、と私は想い、また、前世では顔も見たくなかった平塚らいてう等の婦人運動家と手を組む決意を、私は即した。
それはともかく。
「前世で殊勝にも、認知を求めずに、母親のみでの育児に励んだキク姐さんとは思えないお言葉で」
皮肉、嫌みの一言は返さないと私は気が済まない。
「いやあ。前世に戻って、生活の苦しさにあらためて気が付いて。一汁一菜どころか、一汁生活なのよ。本当に。来世で楽をすると、かつての前世の生活が耐えられないのね」
愛は、苦笑いをしながら言った。
考えてみれば、私も同じか。
前世で慣れ親しんでいた筈の汲み取り便所の悪臭が、私は耐えられなくなっている。
私は溜息を吐き、彼に手紙を書いて、幸恵の認知をする手助けをしてあげることを愛には約束したが、一言、釘だけは刺した。
「いい。お互いに来世の記憶があるから、特に認めてあげるわ。でもね、一応は貸すという形をとらせて。そうで無いと幾ら何でも周囲と話が合わないでしょう。本来、私が幸恵を認める訳が無いのだから」
「それはそうね。芸者が、いきなり正妻の元に、あなたの夫の子です、と言って現れた際、はいはいと認める正妻はいないものね。取りあえずはお金を貸してくれた、という形でいいわ」
愛は、その言葉に納得した。
「ところで、この後はどうするつもり」
愛は私に問いかけた。
「どういうことなの」
私は、愛が何を言いたいのか、分からなかった。
理不尽だ、正妻いじめだ、と思われそうですが、現実の日本社会でも、大正時代いや第二次世界大戦で日本が敗北して民法が改正されるまでは、これが法律的には正しい現実でした。
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