幕間5(ジャンヌの想い3)
幕間で、ジャンヌ視点になります。
「それじゃ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
朝の口づけを交わし、彼は出勤していく。
その度に、私は幸せを感じていたが、今日はいつもと違っていた。
「帰ったら、君が喜ぶ贈り物があると思うよ」
彼は、そう言いおいて、家から出て行った。
あれから7年近くが経つ。
いい加減に、岸澪じゃなかった野村忠子さんも諦めて、彼と離婚した方がいいのではないだろうか。
そう私は想うのだが、未だに忠子さんは意地を張って離婚に応じようとしない。
彼は、日本にある全財産を、妻の忠子に譲る、その代りに離婚してくれ、という条件まで出して離婚の交渉をしているのだから、彼としてはこれ以上の条件を基本的に出しようがない。
なお、言うまでもなく、子どもの養育費は別で、子どもが成人するまでの養育費を払う用意はある、とも彼は離婚の代償として主張している。
離婚の条件としては、至れり尽くせりの好条件だと私には思えるのだが。
忠子さんとしては、意地があるのだろう。
どんな好条件を示されようとも、断じて離婚には応じない、との一点張りだ。
意地を張り過ぎて、今更、忠子さんは離婚に応じることが出来なくなっているのではないか。
私としては、後は、ただ彼と結婚したいだけなのだが、忠子さんにしてみれば、それが我慢ならないのではないだろうか。
彼は苛立つ余り、忠子さんへの送金を止めることで、離婚に応じさせよう、とまで考えて、私に相談を持ち掛けたが、私はやんわりと送金は続けるように彼に言った。
ここで送金を止めては、彼と子どもとの縁まで断ち切ることになりかねないからだ。
この辺りは、20世紀のこの頃の考えとしては、微妙な考えだと私自身思うのだが、彼としては目から鱗の考えだったようで、驚いていた。
更に、子どもとの縁をつなぐために、彼に自分の写真を、子どもの誕生日ごとに誕生日カードとして送ることも勧めた。
そのお返しに、子どもの写真を送ってもらうことでも、彼と子どもの縁をつなごうと私は考えた。
彼は賛同して、誕生日ごとに写真を送るようになっている。
土方鈴はこの世界に来ていないようで、篠田りつは、基本的に彼の行動にただ驚くだけだった。
忠子さんじゃなかった澪は、彼の行動に怒りを募らせているようだ。
そして、村山キクじゃなかった村山愛は、彼の行動から、私が来ていることを察して、手紙をよこした。
「幸せにね。ジャンヌ。それにしても、よく来る気になったわね。日本の状況を、私からも送るわ」
愛の手紙は、主な文面がこれだけ、という簡潔極まりない手紙だったが、何故か愛らしい手紙だ、と私に思われてならなかった。
そして、愛と私は、今では時折、手紙を直接、やり取りする仲にまでなっている。
それにしても、4人の育児は大変だ。
更に5人目を私は妊娠している、と考えている内に、朝の彼の科白が私には急に気になり出した。
どんな贈り物を彼は私にするつもりなのだろうか。
帰宅早々、彼は1枚の書類を示した。
1枚の書類がプレゼントとは、と思いながら、その書類の文面に目を通す内に、私は体が震えるのが分かった。
この書類は。
「僕のフランスへの帰化申請の第一段階が通った、という書類だよ。勿論、まだ第二、第三段階の審理もあるけれど、もう少ししたら、僕の祖国はフランスになることが出来ると思う。君と祖国を同じくすることになるんだ」
彼は優しく説明してくれた。
私は思わず、彼に抱き着いていた。
これでいざということ、彼に言いたくないこと(要するに彼が死亡する事態)が起こった時でも、私と彼の間の子を、私は親権者として育てることが出来るのだ。
これまでは法律上の制約から親権者に私は成れなかった。
私は心から幸せを感じた。
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