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第12話

 1919年3月、もうそろそろ桜の開花が始まりそうで、第一次世界大戦が終わったこともあり、世間は浮かれた気配が漂いそうな頃だというのに、私は思い切り沈んでいた。

 最愛の息子、総司の顔を見ることさえ、今はつらかった。

 この子をこの世界でも父無し子に事実上はしてしまった。


 1919年2月、父は欧州から帰国してきた。

 一般の下士官兵が、まずは祖国に帰還して、士官は後から帰還する。

 そう予め日本政府が発表していたので、父の帰国がこの頃になるのは、ある程度は分かっていた。

 だが、父と一緒に帰国する筈の夫の姿は無かった。


「どうして、雄はいないの」

 父の横に夫の姿が無いことに気付いた私は、声を挙げた。

 一体何があったのか、私の頭の中は混乱した。

「忠子、お前に二人きりで話すことがある」

 その声を聴いた父は厳しい顔で、私を自宅の一室に呼びこんだ。


「雄はどうしたの」

「雄は、これをお前に渡して欲しい、と言って、フランスで現地除隊した」

 父は一枚の書類を私に差し出した。

 その書類には、離婚届と書いてある。

 私は事態が分からず、ますます混乱した。


 私の内心を無視して、父は私に半ば叱るように語り掛けた。

「忠子、一体どうしたというのだ。お前が、我が儘娘に育ったのは分かっていた。そして、結婚してみたら、夫に隠し子がいて驚いたのも分かる。その後、できる限り、周りに傷がつかないようにお前が奔走してくれたのは良かったと思う。だが、総司への手が少しかからなくなったら、母性保護論争にも投書する等、幾ら何でも目に余る行動にお前が奔ったのはどうしてだ。出征した軍人の家庭を守る妻として、決して許されない行動だぞ」

 私は、父の言葉に詰まるしかなかった。


 私は前世では、末娘として生まれ育ったし、21世紀でも不妊治療の末に授かった一人娘として、ある意味、我が儘放題で育ったのは否定できない。

 だから、自分の想いに反することがあったら、すぐに突っ走る傾向があるのを自覚はしていたが、ここまで父親に叱り飛ばされて、あらためて自分の仕出かしたことを、振り返ってみてやり過ぎたか、と自省する気になってきた。

 そして。


「お前の夫は、帰国したらお前の籠の鳥になりそうだ、男女平等なんてトンデモナイ、とわしに言った。わしも同感だ」

 思わず私は反論したくなったが、これまでの世間の反応から、父が言うのも最も、とぐっとこらえる。

「ともかく、周囲には自分が悪者になればいいでしょう、僕は離婚します、と言って、離婚届をわしに渡して、お前の夫の雄は現地除隊した。日本に帰国したくない、と言ってな」

 私は呆然としてしまった。


「それから、この話はこの場限りだ。周囲には、雄はフランスの女性と駆け落ちしたことになっている。お前の母、わしの妻にもその方向で話をする。雄がそうしてくれ、と言うのでな。お前を傷つけたくないそうだ。それに一面の真実でもある」

 私は顔を上げ、次の話を聞きたい、という想いと、聞きたくない、という想いがせめぎあった。

「雄は、ジャンヌ=ダヴーと手を取り合って、フランス外人部隊の門を叩いた。フランス陸軍も喜んで受け入れるとのことだ」

 ジャンヌめ、許すまじ。

 あの体とテクニックで、雄を再陥落させたに違いない。

 

 これまでの自己反省が全て吹き飛ぶ想いがしながら、私が体を震わせていると、父は私に宣告した。

「ともかく、お前の夫は日本に還って来ない。きちんと親権者として子どもの面倒を見ろ」


 冗談じゃない、何で篠田りつの子の千恵子まで、面倒を見ないといけないのよ。

 それに愛の子じゃなかった、村山キクの子の幸恵まで。

 私は、雄がジャンヌに奔ったことが赦せず、現実をどうにも受け入れられなかった。

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