第11話
この1918年当時、欧州にいる夫や父が、そんな想いをしている等、私には思いも寄らないことだった。
私は1歳以上に成長した息子、総司を母に半ば任せて、色々と動き回っていた。
ともかく、21世紀の意識がある私にしてみれば、ふざけるな!と怒鳴り散らしたいことばかりだった。
この大正時代では、何で妻の私は民法上は無能力者なのか、
女性であるというだけで、政治的な集会への出席さえ治安警察法第5条2項で、女性は禁止されるのか。
過去に戻って理不尽さに気付いた私は、色々と動くことに決めたが、男性どころか、一部の女性にまで私の行動は非難され、「牝鶏晨す、は亡国の基」、「女は三界に家無し」等々、散々に叩かれた。
何で女性にまで叩かれるのか、と私は憤懣を溜めるしかなく、父や夫が目の前にいないこともあり、積極的に動き回っていた。
この世界の私の母は、良くも悪くもこの時代の常識人なので、私を諫めた。
「女は黙って夫に従うものです。何でそんなロシア帝国を潰して、革命を起こした共産主義者のようなことを叫ぶのですか」
「だって、女性だからと言って差別されるのが、我慢できないの」
私の反論に、母はこの大正時代の常識人として、更に諭した。
「それは差別ではありません。男女間の区別です。親権は父親、男性が持つ。女性は結婚したら、夫の同意無くして何もしない。集会への参加とか、政治的要求を女性は決してせずに、男性に完全に任せる。それが日本古来の美風、公序良俗です」
へええ、それでは日本は、100年も経たない内に完全に秩序が崩壊し、日本では無くなっていますな。
21世紀では、何しろ女性が選挙に行くのですよ、更に女性の首相も日本には誕生していますよ。
私は、母の余りにも保守的、右翼的な主張を冷笑せざるを得なかった。
しかし。
村山キクではなかった、村山愛までも、私の行動を冷めた目で見るようになっては、私も少し自省しないといけないかな、と思うようになった。
愛は言った。
「幾ら何でもやり過ぎよ。気持ちは分かるわ。古臭い、男女差別だといきり立つのは分かる。でもね」
そこで、一息切って、愛は私にトドメを刺しに来た。
「そんなことをしていたら、夫、野村雄は逃げ出すのじゃない。この世界の雄は、21世紀の事情を全く知らないのよ。妻がそんな過激な行動に勤しんでは、自分にまで累が及ぶ、と考えるわ」
うーむ。
確かに言われてみれば、そうかもしれない。
父や夫がいないことをいいことに、私は動き過ぎていたかも。
と私は愛の忠告を受け入れ、少し行動を控えることにした。
しかし、それは遅い決断だった。
母は、私の行動を心配し、父に手紙を送って、私の行動を止めようと考えた。
更に私としては当然の行動をしているだけなので、夫の雄に自分の行動を黙っていたのだが、父は私の行動に仰天して、夫に私の行動を把握しているのか、と尋ねて、私が自分の行動を黙っていることに、父も夫も更に仰天してしまった。
かくして父や夫は私の行動を諫めて止めようとしたのだが、これまでも述べてきたように手紙のやり取りには4か月は掛かるのだ。
そのために、自分が行動を自制して、それを夫や父が知り、母の手紙で更に確信するまでに、第一次世界大戦は終わろうとしており、更に次兄までもが、スペイン風邪で亡くなるという事態が起こってしまった。
私としては、世界大戦が終わって、夫が帰国してくると期待で胸を膨らませていたのだが。
夫は、帰国して岸家を継がされ、過激な共産主義者の妻の籠の鳥としてずっと暮らすよりも、異国の地に骨を埋めた方が、とまで思いつめてしまった。
この辺り、私は自分の都合の良いように物事を本当に考えすぎていた。
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