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幕間3(父の想い1)

語り手が変わってすみません。

女主人公の野村忠子の父、岸三郎が語り手になります。

「ちょっと私的な相談に乗って欲しい」

「何だ。家族のことで、更に問題が起こったのか」

 年下の親友、土方勇志は、私の相談に気軽に応じてくれた。


「色々と大変だな。息子が二人いたのに、一人が戦死し、もう一人は未だに病弱。娘二人の内長女は、跡取り息子のところに嫁がせていて、孫娘ばかり。次女の婿は、生真面目な筈だったのが、次女の妻以外に3人もの女性との間に子どもを作る始末か。本当に気苦労が絶えないな」

 土方は見事なまでに、我が家の現状を要約した。

 その内容の余りの的確さに、私は憮然とするしかなかった。


「その件でな。次女の忠子が手紙をよこしてきた。夫を寛大に許して、岸家の入り婿にしたらどうか、というのだ」

 私は重い口を開いた。

「ほう。確か婿の野村中尉、いや先日、昇進したことから大尉か、は次男坊だったな。結婚して分家を作ったのではないか」

「その通りだ」

 土方の言葉に、私は肯いた。


「ふむ。確かに一理ある考えだ。野村大尉はどう考えているようなのだ」

「それが乗り気ではない。いや、どうも妻、私の娘の下に還りたくない、という考えにさえ思える」

 私の言葉に、土方は居住まいを正し、私と正面から向き合った。

 それまで、年上の目上に対する話し方を、土方は敢えて自分にはしていなかった。

 気安い言葉で話すことで、少しでも私が気軽に話せるようにしていたのだ。

 だが、内容の重さにあらためて気づいたのだ。


「どういうことなのだ。当然、妻の下に野村大尉は還るべきだろう」

「ああ。だが、娘の下に還るのを、婿は恐れている。それに婿には別の女性がいる」

「あの女か」

 二人の間では、それで通じてしまうのが、皮肉な話だった。

 あの女、ジャンヌ=ダヴーのことだ。


 ジャンヌのことを知っているのは、数少ない人間だ。

 ジャンヌは、娘の忠子とは対照的な存在だ。

 娘の忠子は、婿の雄と結婚するまで男性と付き合ったことが無い筈の箱入り娘だった。

 一方、ジャンヌは街娼として婿の雄と付き合うまでに、様々な男遍歴を重ねている。

 また。


 前からその傾向が無かったとは言わないが、最近の忠子は過激思想に染まりつつある。

 女なのに政治活動を行おうとして、平塚らいてうらの過激派と積極的に文通等をしているらしいのだ。

 そのことを妻から聞いて、私は腰を抜かしてしまった。

 女が政治活動をする等、トンデモナイことだ。 

 断じて許される話ではない。

 いつか、忠子は逮捕勾留されて、刑事裁判に掛けられるのではないか。

 そんなことになったら、我が岸家のみならず、野村の本家にまで迷惑が掛かってしまう。


 一方のジャンヌは、目の前の生活に追われているというのもあるのだろうが、そんな様子は全くない。

 事情を知っている数少ない一部の師団病院関係者の評判も上々で、実は元街娼でと古参の者がいうと、新任の軍医等は笑い飛ばして、あそこまで献身的に働く女性なら、ここ仏で将来はいい奥さんになりますよ,と大抵が言う有様である。


 更に娘は、自分の想いを赤裸々に婿や自分にぶつけ過ぎている。

 確かに浮気が赦せない、というのは分かるが、物には限度がある。

 せめて認知だけでもしたい、という婿の雄の想いをすげなく、娘は拒絶し続けている。

 しかも、手紙が届くたびに、娘は念を押す有様だ。

 これでは。


 確かに婿のしたことはよろしくないが、娘も大概だ。

 日本に還って、気の強い娘、忠子に始終責められ続けるくらいなら、いっそのこと、という禁断の想いを婿がするのも、無理が無い気さえ、自分にはしてくる。


 私の想いを察したのか、土方は敢えて言ってくれた。

「林元帥は、自分の信念から錦の御旗に銃弾を放っている。娘婿が似た決断を下すかもしれないぞ」

 私は肯かざるを得なかった。

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