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幕間1(雄の想い1)

 女主人公の夫の側の考えになります。

「まずは乾杯」

「スマンな。いつもおごらせてばかりで」

「気にしないでください。4人の子持ち中尉の先輩に、割り勘にしましょう、という程、私は鬼畜ではありませんよ。それにしても、その4人全員の母親が違うとは。しかも、1人は日本人でさえ無いとは」

「事実だが、胸にくることを言うな」

 後輩の高木惣吉中尉は、私、野村雄にいつもきついことを言う。

 だが、その言葉の裏に温もりがあり、私はつい甘えてしまう。

 今日も甘えて、駐屯地から少し離れたバーで私は高木中尉に酒をたかっていた。


 酒が好きで、斗酒とは言わないまでも、身体が不調でない限りは、日本酒の一升瓶を空にしても酷い二日酔いにはならない自分だが、例の一件以来、貧困に悩み、酒を基本的に控える羽目になっている。

 例の一件、妻の忠子からのあの手紙が届いた時以来だ。


 地獄のヴェルダン要塞攻防戦を辛うじて生き抜き、伊に移動することが決まった頃だったと思う。

 妻の忠子から手紙が届いたのだ。

 まだ、子どもが産まれたのを告げる手紙が届くには、少し早すぎる、何かあったのか、と思って、手紙を読んだら、予想外の事態に私は真っ青になる羽目になった。

 何と、横須賀の芸者、キク姐さんこと村山キク、それに幼馴染で一時は結婚を考えていた篠田りつが、二人共、私の娘を産んでいるというのだ。


 忠子は、妻として懸命に立ち回り、二人を宥めて、家に引き取る(要するに本当に私の娘なら、私が認知して面倒を見ても良い)意向を示しているが、本当に身に覚えはあるのか、というのが手紙の内容だった。

 それだけでも私への衝撃には充分だったが、更に忠子は追い打ちを掛けていた。


 私に仏で浮気をしていないだろうか、もし、浮気をして、子どもができているのなら、流石にそれは許せない、絶対に認知しないでくれ、とも忠子は手紙に書いていた。


 私は背筋が冷たくなった。

 ジャンヌ=ダヴーのことを、忠子はどこから察したのか。


 ジャンヌ、私にとっては泥中の蓮と言える存在だ。

 ジャンヌ自身が、私は少なくとも延べだけど千人とは寝たわね、と自虐する街娼だ。

 だが、それなのに若さ、20歳そこそこということもあり、ジャンヌには、まだどこか娼婦の闇に完全には染まり切っていないところがあった。

 ヴェルダン要塞攻防戦で、多くの上官、同期生、部下が死ぬのを見続けた私は、ジャンヌと初めて逢った時に、どこか壊れてしまったのかもしれない。

 ジャンヌに一目ぼれしてしまった。


 考えてみれば、自分が本当に惚れ込んだ初めての女性は、ジャンヌではないだろうか。

 りつは幼馴染で、お互いにいつか好きになって、将来、結婚しよう、とお互いに思っただけの気がする。

 キクは文字通り、芸者と海兵隊士官で割り切った付き合いで、まさか独断で、キクが自分の子どもを産むとは思わなかった。

 忠子は、それこそ家族や上官からの意向を勘案して悪くない女性だから、と結婚したように思える。


 そして、ジャンヌは私の想いを汲んで、アランと言う一人息子をこっそり産んで育ててくれている。

 給料の8割を、忠子に送っている自分は、残り2割を何とかやり繰りして、ジャンヌに少しでも養育費を作って、高木中尉等を介して渡している。

 義父の岸三郎提督が、厳しく目を光らせていて、私がジャンヌに直接、養育費を渡すのは無理だからだ。


 私は現状について、溜息しか出ず、折角の酒を苦く感じながら、想いを巡らせた。

 それにしても、忠子、りつ、キクがいる日本か。

 高木中尉は、日本に生きて帰還できた暁には、美女3人に囲まれて幸せでは、と言うが、私には気鬱の未来しか見えない。

 いっそのこと、そんな想いが、自分の胸の中にこみ上げてくるのが、自分には分かった。 

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