第5話 まずはモンスターと闘いな! ……保護者はニヤニヤしながらけしかける。
姉御から注意を受けて、移動した先は火山の噴火口の縁だった。
それなりに拓けているが、いくらか点在する岩石に、少し先を見ればマグマがある。
エッ! ダンジョンの中にこんなんありなの?
魔王とのハプニングを忘れ、キアラが息巻いて言う。
「本当は、ダンジョンを作りながら懇切丁寧に説明することなんだけど、ぶっつけ本番でやってもらうからね」
やっぱり、まだ怒っているよね?
魔王との邂逅は、俺達にとっても予想外だから怒らないで!
そんな思いを余所に、目の前の空間が捩れる。
先ほど、魔王が現れたのと同じ現象だ。
疑問を浮かべる俺たちに、意地悪な笑みを浮かべるキアラ。
「今からモンスターを生産するわね。エリックとヴァンは協力していいから、戦って勝ちなさい」
なんすか、その笑顔で告げる軽いS発言。
喜ぶのは相棒だけだぜ?
キアラが空中を触った数秒後、捩れた空間から黒い靄が現れ、何かを形作る。
「ブボッ、ブボッ」と鳴き声を上げるそれは、イノシシだった。
大きさは人間よりも一回り大きい、高さは人間の腰ぐらいだが、ただのイノシシではない……
真っ先に目につくのは、ツノ。大きな鼻の横から伸びる二本のツノは、長巻のような牙で、それがクワガタのように備わっている。
バビルサは、「死を見つめる」と言われているが、こいつは「死を見させる」と言った方が良さそうだ。
もう少し、謙虚に生きられないもんかねぇ。
「そいつの名前は『ホーンボア』。人間は武器や食料などにそいつを利用する。でしょう、エリック?」
靄が現れた瞬間に距離を取っていた俺たち。
水を向けられた相棒は、俺の前に進み出る。
「僕が一番槍をもらうよ。実際、前世では狩っているからね。ヴァンは、僕のあとに続いてくれないか?」
漢らしい言葉じゃないか、相棒。
その漢らしい言葉に、ホーンボアは死を見させたいらしい。
予想以上の速度で突進してくる。
俺は避け、相棒は姿勢を低く(身体を平たく)する。
予想通り、ホーンボアはツノを空振りさせ、相棒の上を走ろうとする。
それに対して相棒は、前足にまとわりつき、鼻先から転ばせる。
巧いと思う俺に、相棒が言う。
「今のうちに、息の根を止めて!」
相棒に言われるがままに、触手を出して首に打ち付けるが……ペチンっと音がしただけで、効果なし。
しょうがない、相棒を真似てみるか。
鼻先から口にかけて纏わり付き、息の根を止める作戦だ。
暴れるホーンボアは為す術もなく窒息し、人間にとっての素材になった。
「次にいくわよ!」
事切れたイノシシに纏わり付く俺たちに、矢継ぎ早に仕掛けるキアラ。
ちょっと、相棒と勝利を称え合う瞬間をもらえないですか?
距離を取った黒い靄から現れたのは、普通の大きさのヘビだった。
ただ、見る見るうちに、トゲトゲして弾み始めた。
身体の上半分は鋭い鱗が逆立ち、下半分はバネのようになっている。
どんな攻撃をしてくるか予想し、警戒していたところでキアラが言う。
「ヴァン! そいつは『スプリングスネーク』。気をつけなさい、来るぞ!」
スプリングスネークは、俺の警戒がキアラに向いた瞬間、さっきのイノシシなんか目じゃないスピードで跳んでくる。
いや、まっすぐには跳んで来なかった。
中心よりもすぐ脇を通り、鱗が俺の身体を抉っていく。
驚いた俺は第二波の攻撃を警戒するが、それは杞憂に終わる。
火口の縁であるここは、スプリングスネークの行く手を阻害するものはなく、そのまま距離を取ることが出来た。
そして、新たに弾みをつけたスプリングスネークは、またもや俺を狙ってくる。すぐ脇を跳んでいこうとするスプリングスネークを、今度は正面で受け止めるように身体をズラす。
そのまま纏わり付き、さっきと同じ窒息戦法を取る。いくらか身体下半分のバネがビヨンビヨンと暴れるが、空を切り、事切れる。
うん、この戦法を「死の抱擁」と名付けようか。
……やはり、無し。抱擁するのは美女に限る。
しかし、なんなんだ、こいつ?
ピョンピョン跳ねて、ガリガリ肉を抉って、その肉をムシャムシャ食べる。
その生態は理にかなっているんだが……ただ、生存戦略が合ってない。
こんな少しの岩石が点在するだけのここでは、1回跳んだら距離ができて終わりだろう?
考えている俺に、ニヤニヤしたキアラは言う。
「オイオイ、油断するなよ、ヴァン? 相手は戦闘態勢だったよ? ちゃんと相手を見てないと」
いや、分かって言ってんだろ?
モンスターへの警戒を緩ませるために、俺に声を掛けたんだろ?
そういうのは、ご褒美になるやつにやってくれ。
ほら、横でこの後を期待している相棒がいるだろ?
そんな期待を余所に、キアラは俺たちに説明を始める。
「モンスターを構成する要素は、《系統×フィールド×ジョブ》。さっきの2匹はフィールドのみを変えて生産したわ。一匹目は《けもの×平地×グラップラー》、二匹目は《けもの×森×グラップラー》よ」
スプリングスネークのピョンピョンガリガリ戦略の違和感に納得した。
確かに、森だったら立体的に連続で跳ねることができるな。
ちゃんと生態に合った生存戦略が考えられているんだな。
「では、上位種や近縁種と言われるモンスターはどのような扱いになるのですか?」
納得する俺の横で、疑問を呈する相棒。
「良い質問ね、エリック。人間で言うそれらは、私たちの世界では少し意味合いが違う。上位種に関しては、ランクという概念があり、込めるエネルギー量が違う。近縁種に関しては、人間による分類の仕方から違うわ。今から実演するのは、人間で言えば近縁種とされるモンスターのはずよ。ただし、私たちにとっては系統の掛け合わせが違う。ちょっと離れていなさい」
俺は少しワクワクしながら、その様子を見る。
生まれたそれは、確かにスプリングスネークに見た目は似ていたが、だいぶ違うモンスターだった。
まず、大きさは大きく長くなり、アナコンダのようだ。
更には、スプリングスネークが肉を抉るために逆立てた鱗の用途も違い、こいつは逆立った鱗で穴を掘っていき、尻尾からみるみる地中に潜り込んでいく。
潜った跡には、少し凹んだ痕跡が残っている。
「これは、《けもの》に《アクア》を加えた、《(けもの+アクア)×グラップラー×森》という配合になる。ちなみに、モンスターは全てランク1よ。さぁ、エリック、踏んでくれる?」
踏んでくれる? って……相棒は踏まれたい方だっての、わかってないなぁ。
しかし、相棒は嬉々として、弾んで前に出ていく。……あっ、その凹んだところを踏めってことね。
わかってなかったのは、俺だった。相棒には、この命令はご褒美の類いだ。
流石、わかっているな。
ヘビトラップの上に、弾んで着地する相棒。
地に着いた瞬間、潜っていたヘビが口を開けて、地面から勢いよく出てくる。
しかし、俺たちの身体は寒天ゼリーのような見た目だが、かなりの弾力がある。
例えるなら、流動するスーパーボールだ。
下からのヘビの顎を受けとめ、ヘビと一緒に空中に上がる相棒。
援護に向かおうとする俺に、落ち着いた声で返す。
「こうすれば良いのかな?……大丈夫みたいだよ、ヴァン」
地に落ち、緑色のスーパーボールが纏わり付いたヘビは、苦しむように暴れている。
よく見れば、相棒が纏わり付いた口を中心に、ヘビは溶けている。
みるみる頭部分が溶けて無くなっていく。
やっぱり、スライムだから溶解できるのか……味とか分かんのかなぁ。
今は身体全体が筋肉であり感覚器官だから、分かっちゃうんだろうなぁ。
じゃあ、俺はミギ○になれたんだなぁと思いながら、頭が溶解されていく過程をぼんやりと眺める。
相棒は、頭を溶かしたからパラサイ○になれたのか、おめでとう。
しかし、溶解して食べてんのかなアレは。
そんなことを考えていた俺に、相棒が言う。
「う~ん、味わおうと思えばそれなりだけど、やっぱり蒲焼きがいいな」
予想の一段上の答えが返ってきた。
この世界ではやはり元々食材のようで、今回は生食を試みたようだ。
うん、異世界に来て、スライムにもなったのだ。
いろいろと認識を改めていくしかないな。
「よし、次行くわよ。今度は、《アクア》に《けもの》を加えた《(アクア+けもの)×森×グラップラー》という配合になる。ベースが今までとは全く違うわ」
黒い靄から生まれたのは太く短いヘビで、見たことはないがツチノコのイメージそのままだった。
またもや地中に潜っていくが、今回は穴を掘る様子もなく地中に沈んでいく。
そして、沈んだ後の数秒後、別の場所から跳ねるように出てくる。
そう、地面を水面のように潜っては跳ねるヘビのモンスターだった。
そして、四方八方から俺を襲うツチノコ。
地面に沈むので、次の攻撃がどちらから来るのかわからない。
幸い、いくらか助走が必要なようで、距離のあるところから俺に噛み付こうとする。
スライムの身体は全方位を一度に見れる寄○獣ような便利な身体、なんとか不意打ちを避ける。
その様子を見ながら、淡々とキアラは説明を足す。
「系統のベースは、そのモンスターの在り方を決定する。ベースを《アクア》にしたのは、見たほうが早いからよ。《アクア》の在り方とは『液体に関わること』、それ以上でもそれ以外でもない。周りを液体にする、液体に生息する、液体に潜る、身体を液体にするといったところね。一つ前のヘビは、穴は掘っていたでしょう? 液体に関わるわけではなかったのは、サブ系統の及ぼす影響はあくまでサブだからね」
その説明を聞きながら、俺は纏わり付くタイミングを測っていた。
キアラの説明が終わると同時に、またもやヘビが地中から飛び出し、俺に突進して来る。
今度はタイミング良く口に纏わりつけた。相棒を見習って、生食してみるか。
俺が新たな食べ方と味に挑戦している間、キアラは新たな情報を告げる。
「ちなみに、私はモンスターをある程度操れるわ」
俺は固まり、溶解途中の暴れるヘビを放しそうになる。
こいつ、俺を襲わせながら、説明しやがったな。
マジでSだな、こいつが保護者になるのか。
悪意に気付いた俺をニヤニヤしながら見るキアラ。
「さぁ、次にいくわよ。今度はランクの違いを体感してもらう。最初のランク1をエリック、ランク3をヴァンが担当。自ら挑戦しないと成長はないわよ!」
モンスターに襲われつつ撃退するも……実は、そのモンスターは保護者が操っていた。
キアラの畜生め!
少し、動物として行動生態や習性を考えています。趣味です。