第2話 異世界から来たのに……美女に「チェンジ!」と言われる
「では、私が全て説明しよう」
美女のキアラが胸を張る。
「改めまして、私は迦楼羅のキアラ。炎が揺らめく女性に見えるでしょうけど、本当の姿は燃え盛る不死鳥なのよ。あなたたちは……見た目は普通のスライムようね」
キアラは《フェニックス》を表すように、赤と青の色が交じった髪のショート、少し癖のある毛を無理やりまとめて後ろに流している……言い換えれば、前から風を吹き付けて炎を後ろに流している感じだ。
肌は褐色、目は濃い赤で切れ目、見た目の年齢は20半ば、服装はへそ出しタンクトップにショートパンツ、引き締まった身体に大きな胸の抜群のモデル体型。
そして、一番目立つのは、時おり肩から立ち上る陽炎と炎。
グラマラスボディを惜しげもなく見せる服装から、明るく元気なモデル美女に見える……が、この炎で、昔はヤンチャしてたお姉さんにも見えてしまう。
あと、言葉遣いは丁寧だけど、語尾を上げるから威圧感を感じる。
反して、俺らの見た目?
緑色の半透明の素っ裸スライム、ぶっちゃけ、緑色の丸い寒天ゼリーだ。
大きさは意外と大きく、前世からすればゴミ袋を膨らませたくらい、45㍑だっけか、そんぐらいはあるな。
そんな高くない台座の上にいるから、キアラのオッパイを下から睨め上げる高さにいる。
けしからんオッパイに、そんな服装をするとは更にけしからん。
そんな観察を余所に、咳払いをしたキアラが説明を続ける。
「まずは、この世界のこと、異世界からの転生が珍しい理由を説明しましょうか」
先程の馬鹿認定のままだと腹が立つので、キアラの言葉を遮り、説明を継いでやった。
・ビオガルドとはこの世界のこと
・ここは、ミースヘイムという大陸にあるキアラのダンジョン《フェニックス》の中
・この世界は、輪廻転生が確認されていて、多少の記憶とともに転生をするらしい
・そして、ダンジョンマスターもこの世界の魂が転生して生まれるものらしい
・にも関わらず、俺は異世界の魂が転生している
・転生の魂は、魔王が関与している
・ダンジョンは、ダンジョンマスターを頂点とするモンスターの大きな巣のようなもの
・人間は、ダンジョンからのモンスターに悩まされながらも利用もしている
・そして、推測だが、魔王は人間を滅ぼそうとはしていない
呆気に取られた状態から、いち早く脱したのはキアラの方だ。
「いやいや、これは馬鹿だと言ったのを謝らないといけないわね」
続いて、エリックが身体を波打たせながら、賞賛する。
「ヴァンはとても頭の回転が早いんだね。僕も見習わなければないけないよ。双子と言っても、魂が違うから、考え方も違うのだね」
思案顔をしたいが表情筋すらない俺がポヨンと波打つと、キアラが言葉を継ぐ。
「そうよ。この世界には魂の輪廻がある。しかし、家族を大事にしないわけではないし、双子は双子ね。通常、人間の転生の場合は少しの記憶が引き継がれる。よって、血筋以外にも〈魂の系譜〉も各々が持っているのよ。まぁ、〈魂の系譜〉を重要とするかどうかは各々の価値観によるわね」
「ということは、日本から転生した俺には、その〈魂の系譜〉もないわけか」
その言葉にキアラが反応する。
「なくても構わないわよ。人から人への転生の場合、少しの記憶しか持っていない。魂の系譜というのも、単なる前世からの積み重ねの記憶よ。また、死後すぐに転生するわけでもない。故に、前世は前世で割り切るという方が一般的なの。その上で、前世の記憶をどのように扱うかは各々に委ねられているわ」
そして、姿勢を正して、頭を下げるキアラ。
「ヴァン、馬鹿にして申し訳ない。とても感が良いのだね。あなたの言う通り、この世界は人間とダンジョンの攻防で成り立っている。見方を変えれば、共存とも言うのでしょう。私はそう考える。魔王は、人間を滅ぼせと言っているが、本当のところはな…………まぁ、そこは、あなたたち自身で考えてよ」
悩みながらも、呼応するエリック。
「確かに、僕は攻略者として、モンスターから村を守り、また、ダンジョンのモンスターを殺し利用してきた。それを、共存とも言うかもしれないが……殆どの攻略者にとって、ダンジョンは滅ぼすべき敵だし、攻略者になる時には神にそう誓うんだ。ただ、僕はそこまでモンスターを滅ぼすべきとも考えられないかな」
静かになるエリックに対して、疑問を告げる俺。
「その攻略者や、《聖職者》、《ビショップ》ってのはジョブなんだろうが、ジョブってのがどういう位置づけなのかがわからねぇ。ついでに言うと、なんでこっちの言葉が分かるのかがわからねぇ」
そう、俺は日本語を話しているつもりだが、何故か言葉が違うように思える。
思えるなんて曖昧な表現になるのも、発声器官があるのかすら疑わしいこの身体が原因だ。下や口の動きで日本語かどうかの判別がつかないからだ。
「ああ、ちょっと待って。ジョブの話の前に、転生の話をさせてほしいわ。ダンジョンマスターの場合は殆どの記憶が引き継がれる。その記憶を使い、保護者に当たるダンジョンマスターが手伝いながら、ダンジョンを創る。それがダンジョンマスターが記憶を持つ理由よ。いいかしら?」
疑問を言おうとする俺に対して、キアラは機先を制して、続ける。
「そう、ヴァンはこの世界の記憶や知識がない、と言うより、この世界の魂ではない。それは、何かしら意味があるのでしょうけど、私にはわからないわね。だから、言葉の問題もわからないわ。私が珍しいと言ったように、異世界からの転生なんてのはおとぎ話ぐらいにしか聞かないから」
「ちなみに、ダンジョンマスターをする上で、何か問題はあるのか?」
焦った様子もなく聞く俺に、キアラは応える。
「そうね、ちょっと知ってもらうべき事はあるけども、基本的にないわね。まぁ、魔王の言葉を聞いているってことは、ダンジョンマスターとしてやっていけるだろうと判断されてるのでしょうしね。大丈夫じゃないかしら?」
キアラの軽い雰囲気に、肩透かしをくらう俺。
「じゃあ、ダンジョンマスターのこと、人間とジョブのこと、その他諸々、教えてくれ」
・ダンジョンマスターは、様々なモンスターを生産し、ダンジョンをモンスターの巣にする
・攻略者などがダンジョン内で活動すると、その活動をエネルギーとしてダンジョンが喰らい、また、ダンジョンマスター自身も強くなる
・そのエネルギーを使い、ダンジョンを自分好みに変更していく
・攻略者は、ダンジョンマスターを殺そうとしてくるため、身を守らないといけない
・逆に、攻略者を殺せば、喰らえるエネルギーは飛躍的に大きくなる
・攻略者がダンジョンマスターを殺せば、〈コンクエスター〉の称号を贈られ、更なるパワーが得られるらしい
・ちなみに、攻略者にとって、ダンジョンマスターはラスボスとして君臨する
・ラスボスという呼び名が一般的であるが、ダンジョンマスターという呼び名も攻略者上位には定着している
・この世界は、ダンジョンのモンスターからの襲撃を退け、ダンジョンのモンスター素材を利用し、ダンジョンマスターを滅ぼすことに力を入れている
・国は存在しているが、〈魂の系譜〉があるため、国同士の争いはかなり少ない
(場所や時関係なく転生するため、例えば、ある王様が死後に敵国に転生してしまうこともあるため)
まくし立てて説明していたキアラが一息つく。
「ジョブのことは、また後程説明をするにして……モンスターの生産に関することを説明しないとね。二人共、ついてこれているかしら?」
その問いに、寒天ゼリー二つが軽く弾む。
「問題ねぇよ」「大丈夫です」
「二人共、なかなかに良いじゃない」
キアラに褒められて、同じ様に波立たせる寒天ゼリー二つ。
なんでぇ、エリックも真面目ぶっちゃいるが、美女に褒められて嬉しいんじゃねぇか。
「モンスターは、ダンジョンマスターが幾つかの条件とともに生産する。その条件とは追々の説明にするわ。大事なのは、ダンジョンマスターはモンスターに分け与えられる能力を二つ持っていること。エリックは今まで通りスキルを考えてみて。ヴァンは……どうにか頑張ってみて」
「俺には適当だな! まぁ、この世界の知識がねぇんだから、しゃあねぇな」
傍らで、皺を作り力を込めているスライムが突如光る。
「エリックは確認できたようね。どんな能力?」
「……《肉体再生》ですね。スライムらしい能力ということなんでしょうか」
続けて、俺にアドバイスをくれるエリック。
「ヴァン、肉体に力を込める代わりに、意識をいれてみれば良いかもしれない。どう?」
持つべきは相棒だな。
「お、ありがとうな。こうかな?」
グニャグニャと形を変えつつ、皺が出来た瞬間、光る。
「ヴァンも確認できたようね。どう? 双子だから、同じ《肉体再生》かしら?」
「だろうな。これが、能力を確認するということか」
光の収まった俺は、皺を伸ばして、答える。
「よろしい。今の能力は生まれつき持つ能力よ。もう一つ任意で能力を作れるのだけれど、これについては、今からダンジョンを作りながら学び、発現させる。実は、生まれて一日以内に能力を決めるという条件があるのよ。だから、ここからは教官役をもう一人増やす。二手に分かれて、指導するわ。ちょっと待っていて」
「了解。ちなみに、どんな人なんだ?」
「んーと、お前たちの兄に当たるんだろうな。真面目でお堅い軍人って感じよ」
すかさず、跳ねる俺。
「俺はキアラの方でお願いします」
驚くように、身体を叩かれたような波紋を浮かべるエリック。
すまないな兄弟、世の中は先に動いたほうが勝ちなんだ。
訝しげな表情を浮かべるキアラ。
「理由を教えてもらえる?」
「長い時間一緒にいるんだろうから、断然、女がいい」
大きな波紋を一つ浮かべて、胸を張る俺。
やはり、漢は正直でなければな。
どうだ、エリック、羨ましいだろ?早いもん勝ちなんだよ、世の中は。
「チェンジ。私はエリックを指導するわ」
驚きとともに、波紋を浮かべる俺。
「エッ! なんで?」
「理由は、不埒なことに現を抜かさず、必死こいてダンジョンを作りなってこと。あとは、なんか嫌」
ハイ、また蔑みと罵りを頂きました。だから、美女の蔑みに歓喜する人種ではないので、怖さしかタたないって。褒めて伸ばしてくれよ。
「クソォ、だが、一理ある。どうにか出来ないもんか……」
隣を見ると、静かに揺れているエリック。
なんか嫌なタイミングで、あいつの考えていることが分かる。
やっぱり双子だからだろうな。
絶対、飛び跳ねたい気持ちを抑えている。余裕ぶっこきやがって。どうにか、あいつに吠え面をかかせてやりたい。
俺は頭の回転には自信がある。何か策はないか?
絶対、そばには美女がほしい。あんなことやそんなこと、たくさんの美女のあられもない姿で雨あられ。
傍目には、俺は黙ったままグニャグニャと形を変えている。
キアラもエリックも呆れた表情で見守る。
突然、その動きが止まる。その瞬間、先程よりも強い光に俺は包まれる。
「あ……」
キアラが呆気にとられる。
「モンスターを美女にする能力を手にしてやったぜ!」
身体を大きく弾ませて、答える俺。
俺の動き以外の、全ての時間が止まる……………………
その針を進めたのは、キアラの脱力しきった言葉。
「お前は、頭の回転は早いし、感も良いが……やっぱり、馬鹿だ」