俺の幸せを詰め込んだ箱庭
チーズを肴に、どぶろくをちびちび呑みながら、本を読んでいる。
どぶろくは自家製だが、チーズや本は昨日輸入してきたものだ。
チーズは、癖が強い代わりに味わい深いタイプだ。ある土地でしか作られないものだったのだが、生産技術の向上を手伝うことで他の土地への輸出を可能とした。
本は各地の生活や仕事などをまとめたもの。落ちこぼれの学生や神官などの教養の素地があるものを集めて、徹底的に速記と取材力を叩き込むことで、本自体の価値が変わっていっている。
それらを楽しんでいる俺が座るソファーには、先程とは表情が一変したリムがいる。
先程というのは、マシラを締め上げた時だ。マシラを簀巻きにして締め上げている時は嗜虐溢れる表情だった。
今現在は、妙に俺のサドっ気をくすぐりながら、俺に垂れかかっている。リムが見せる表情は、マゾの憂いを秘めた恍惚の表情でしかない。
そのギャップに踊らされている俺は、健全で馬鹿な男であることは確かだ。
何故マシラが簀巻きにされたかというと、風呂に覗きに行こうとしたところをサハルに見つかったから。
サハルに見つかったマシラは、リムに縄でギリギリと締め上げられ、ソファーの脇に転がされている。
簀巻きのマシラを見張るついでに、サハルはマシラをスキルの練習台にしている。まぁ自業自得だ、死にはせんだろうから、好きにさせとこう。
少々酷い仕打ちだが、そっと思考の隅に追いやった。
今、大事なのは、俺に垂れかかっているリムの報告だ。今日の店舗報告の中で、気に掛かる案件があるらしい。
「ねぇ、ヴァン? あるキャストの娘が、先日に到着した攻略者が気になるみたいなの。まだ、うちの店には来てないのだけど……どうしたらいいと思う?」
キャストの方が攻略者を気にすることは珍しい。と言っても、この場合こちらからできることは限られていて、その攻略者が来店した時にそっとオススメすることしかできないだろうな。それに、なぜ気にかかったのかの理由の方が大事だ。
その辺の理由や背景を聞こうととすると……、バタバタという足音と共に、勢いよく部屋に駆け込んでくるものがいた、メグミだ。
「助けてぇ、ヴァン。メーチェに食べられちゃうぅ」と泣きついてきた。
メグミは少々前に、畑仕事から帰ってきたメーチェに連れられて、一緒に風呂に行ったはずだ。メーチェが「メグミはダンジョンをいつも管理していて大変でしょう~? マッサージしてあげる~」とか言いながら、無理矢理に。
メグミは「食べられる食べられる」と泣きながら抵抗していた、が、いつものことだ。俺たちも、いつものことと思い、メグミを脇に抱えたメーチェを見送った。
しかし、いつもは逃げ出すほどのことはない。結局、二人で風呂から出てくるのが常だ。
だが、今回は少々状況が違う。
その疑問を解消する時間を与えないかのように、すぐさま全裸のメーチェが入ってくる。
「メグミの体を洗っていたら、ホワホワしちゃった~」
風呂上がりの上気したしっとりとした肢体、手にある白い液体は風呂上がりの牛乳が映えている……いや、あれは牛乳ではなく、どぶろくだ。後で、俺が風呂上がりに飲もうと先に用意していた一本だ。
畑仕事で疲れたメーチェはグッと飲んでから、風呂に向かってしまったようだ。
ゆっくりとした口調の全裸のメーチェを正面に事情を聞く。
泣いているメグミに膝枕をしてあげながら、あやす。
その二人を横目に、リムは俺の身体を弄っている。
リムのイタズラは正常な思考力が削がれるからやめてほしい、気持ちいいけど。早くメーチェを冷静にして、メグミに泣き止んでもらわないといけない。
でないと、遠方にいるリアンからの愛の呪いが来る。
愛の呪いといっても、焼けるような痛みが走る本物の呪いだ。
この混沌な状況で、受け止められるものではない。
リアンもダンマスだから、なかなか会えない。これぐらい受け入れる余裕のある漢でないとリアンを受け止めきれない。
サハルは、マシラの見張りのついでに、スキルの練習台にしている。
…が、猶予がない俺の状況を分かっているからか、サハルはニヤニヤしながら俺たちを見ている。
ここはダンジョン『ユグドラシル』のダンマス、ヴァンの個人宅。
そして、これが俺の幸せの形だ。