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85 絶望を歩んだ者

 ソウマが俺を殺そうとした理由。それは俺がアーサーだから。その言葉の真意には全く理解が及ばなかった。


「もう千年以上前かな。正確には思い出せないけど、昔、破滅神が現れて世界を滅ぼそうとしていたんだ。そんな危機に立ち上がり、それを阻止した人物、それが君だよ。」


 遠い目で虚空を見上げながら、どこか儚げにソウマは語り始める。


「正確には前世の君、かな?僕はね、それより前にこの世界に生まれてきたんだよ。この世界へ生まれ変わる時、神にこう言われたんだ。『この世界はこれから破滅の時を迎える。それを止めてほしい』ってね。でもさ、生まれ変わっても大して強くもないもんだから、死はいつも隣にあったよ。世界がどうこう以前に生き残るのに精一杯で、せっかく生まれ変わったのになんでこんな目に合わなきゃいけないんだって思ってた。だから怖くてそんな使命からは逃げ出したんだ。そして、日々の生活に追われて過ごしていたある日、魔物に殺されかけたんだ。その時、僕は思ったよ。『死にたくない、死にたくない、死にたくない』って。」


 そして、ソウマの顔からは一瞬だけ笑みが消え、瞳に忌々しげな感情が宿る。


「そしたらね、時間が止まってさ、神の声が聞こえてきたんだ。『つまらんな。もうよい。望み通りにしてやろう』ってさ。」


 突然、彼は何を思ったのか、手に持つ小太刀の握りを変え、勢いよく自分の胸に突き刺した。


「なっ!?」


 俺達のみならず、周囲の人からも驚きのあまり声が出ない。その行為にも驚いたが、それ以上に刃の突き立った胸からは一滴の血も流れていなかった。


「それ以来、僕はね、死ねなくなったんだよ。どんな方法を持ってしてもね。」


 ソウマは小太刀を引き抜くと、その綺麗な刀身を鞘へと納めた。


「あー、死ねないことがこんなに辛いなんて思わなかったな~。親も友達も皆死ぬし、人生にも飽きちゃうしさ。死なないからっていろんな実験なんかも経験させられたよ。それから一人放浪していたら、世界を救った英雄の噂を耳にしたんだ。僕にはこんなに辛いことばかりなのに、対照的に君は僕が為すはずだった事を簡単に為し遂げたんだよ。」


 彼は目を瞑り、過去を思い出しながらうんうんと頷いていた。


「どんなヤツだろうって興味とともに、一つの想いが生まれたよ。こいつも絶望を味わえばいいのに、ってね。でもね、ある日、死ぬことが許されず絶望の中で生きる僕の前に一人の少女が現れたんだ。彼女は僕に希望をくれたよ。」


 彼はいつもの笑みで俺に笑いかけた。


「彼女は死ねる可能性を一つ教えてくれた。それが破滅神に殺してもらう事だっていうんだよ!よく考えたらふざけてるよね~。それを阻止するために生まれたようなものなのに、今度はそれを為すために生きなきゃいけなくなるなんてさ。ならなんで生まれてきたんだよ!ってなるじゃん?笑っちゃうよね~。」


 やれやれ、といった風に首を左右に振りながら一つ溜め息を吐き、俺に向き直る。


「英雄さんはその時死んだらしくて仕方なく諦めてたんだけど、いずれ再びこの世界に転生するって彼女に聞いてさ、それならやっぱり僕の味わった苦しみを少しでも味わってもらおうと思っていたんだよ。まさか、アーサーがその英雄だとは思わなかったけどね?友達の僕としても、とぉーっても残念だよ。」


「そんなの、嫉妬や逆恨みじゃねーか!」


 つらつらと語るソウマに民衆の一人が野次を飛ばす。ソウマは笑みを絶やさずに、視線をそちらへと向けた。


「そうだよ?それの何が悪いんだい?君らだって偽善の塊でしょ?」


「オレらのどこが偽善だってんだよ。」


 民衆の一人が少し怯えながらもこれに反論する。しかし、ソウマは一笑に付して、その言葉の根拠を周囲に群がる全員に突きつけた。


「土の魂の人が捕まった時さぁ、皆どう思ったの?ゾンビ共が消えて、助かったと一瞬でも思ったでしょ?仲間が犠牲になってるのにさ。」


「ぐっ、それは………。」


「あー、いいんだよ?誰だって自分の命は大事だもん。そうじゃなきゃ生きる価値ないでしょ。僕が言いたいのは、僕も君らも変わんないって事だよ。その状況が違うだけなんだ。僕も自分の命を大事にして戦う事を放棄した。でも、その結果が絶望だったんだ!」


 ソウマの言葉に周囲の野次は一様に押し黙ってしまう。彼らの握られていた拳は、いつの間にか力なく垂れ下がっていた。


「………ただね、皆勘違いしているよ?」


 勘違いという不可解な言葉に周囲に動揺が走る中、ソウマの笑みがより深みを増していく。


「喜んでるところ、こんな事言うのは僕としても本当に心苦しいんだけどさ、君らは実は、本当の意味では助かっていないんだ。というか、むしろ状況は最悪だね。ここはさ、一丸となって全員が死んででも彼を守るべきだったんだよ。」


 民衆には一人として彼が何を言っているのか理解できなかっただろう。誰かが息を飲むのが伝わる程、空気に重々しさを感じる。


「なぜなら、彼の魂を奪われた事で世界が崩壊の一歩を踏み出したんだからね。君らだけじゃなく、これから世界中の人が死ぬ事になるんだ。悲しみの中で安堵を浮かべる君らは見ていてすっごく滑稽だったよ!アハハハ。」


 高らかに笑い声を上げるソウマはひどく歪だった。その時、混乱する民衆の中から俺に向けて問いかける声があった。ドワーフの長老だ。


「アーサーよ、それは真なのか?」


「………残念ながら本当です。俺達の旅の目的の一つはそれを阻止する事ですから。状況が状況でしたので、これ以上の混乱を避けるために伏せていました。」


 俺の肯定に誰もが唖然としていた。突然、明日地球が消滅すると言われたとしても、誰も受け入れられはしないだろう。



 ここまで話を聞いて、ソウマには聞きたい事が山程できた。そんなに長い間生きているのかとか、神やら少女ってのが何者なのかとか。そういえば、ナインとの関係もまだ聞いていないし、なぜ予言の事や破滅神の降臨方法まで知っているのかも分からない。


 でも、一番に聞いておきたい事が俺には他にある。


「なぁ、ソウマ。ちょっと確認させてくれ。お前、もしかしてさっきの女の仲間なのか?破滅神を復活させようとしてるのか?」


「そうだよ?彼女はそのために集めた協力者さ。海底都市でドクター・ケリアンに会ったでしょ?彼もその一人。理由は人それぞれだけど、世界には賛同してくれる人は結構いるんだよ!」


 その表情は喜びに満ちていた。もう彼を止めることはできないのだろうか。


「ルーなら………お前を呪縛から解放できるかもしれない。世界を犠牲にしなくても大丈夫かもしれない!」


 ルーならば何か方法を知っているかもしれないし、規格外の魔法を扱う彼女ならばそれができる可能性がある。


「アーサー、君は分かっていないね。たしかに大賢者ならばできるかもしれない。でも、それじゃ交渉にもなっていないよ。確実な方法があるんだから僕はそちらを選ぶし、すでにそれだけの準備をしている。でもそれ以上に、この世界は絶望と共に滅ぶべきなんだよ!」


 その強い語調からは、怒りや憎しみといった負の感情が渦巻いているのが伝わってくる。


「もういいよね?そろそろお別れにしようか。他の皆は約束通り、もっと絶望を味わってほしいから生かしておくよ。せいぜい終焉の刻を楽しんでね!でもアーサー、君はここで仕留めておく。あぁ、そうだった。動機の一つに、君が計画の邪魔になる可能性があるから、ってのも付け加えておかないとね。」


 腰に下げた小太刀へソウマの手が掛かる。そして、踏み込むと同時に、瞬く間に目の前まで迫ったソウマの凶刃が俺に襲いかかった。逆袈裟に素早く斬り上げられたその太刀筋は、今までよりも別段に速く、俺は硬直して一切の身動きも取れずにいた。結果に待ち受けているのは、ただ斬られるのみという現実である。


 その刹那はスローモーションのように、感覚だけが引き伸ばされていた。迫る刃からはどうあがいても逃げることができない。防ぐ手立てもない。俺に唯一許されたのは、己の死の瞬間を見届けることだけだった。


 しかし、予想に反して金属同士がぶつかる高音が辺りに響き渡る。


 胸元付近で響いたその音の発生源にいたのは、金色に輝く一つの球体。


「おい、ちょっと……待てよ。」


 それは今まで共に旅してきた、自分の子どものような存在。


「やめろ、よ………。」


 何時も何処でも一緒にいた、愛らしいけど頼れる存在。


「やめろーーーっ!」


「ピッキィーーーッ!!」


 斬り上げられた小太刀に拮抗したのは、ポケットから飛び出したノアだった。

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