84 一刃の殺意
ラナが気を失って運ばれた後、俺とクーデリカとノアはモニターを見ていた。土のファクターであり、ラナの兄であるラハートが再生神の巫女に魂を抜き取られ、そこにルー達が駆けつけるが、敢えなく逃げられてしまう。クリムゾンクローはドラゴンゾンビの再生力を前に苦戦していたが、その後、急ぎ現れたルーの魔法により完全に消滅。事態は収束を迎える事となった。
「大丈夫だ、なんて偉そうな事言っといてこんな結果になるなんて………。ラナに何て詫びればいいんだよ!」
思わず地面を殴りつける。目覚めた時のラナの気持ちを考えると、やるせなかった。そして、自分だけ何も出来なかったことに無性に嫌気が差した。ゾンビが蠢く街中に出てまで俺を助けてくれたのに、俺は彼女の手助けを何一つできていなかった。
「お前さん達はよく頑張ってくれたわい。ラハートの事はワシらの責任じゃよ。お主が気負うことはない。それに、ラナは強い子じゃ。あの子はワシらに任せておけ。」
ドワーフの長老は俺の沈んだ肩に手を置き、優しく微笑んだ。大切な仲間を失って辛いだろうに、無理して俺を励ましているのが痛い程に伝わってくる。
「ピキ~。」
「アーサー、こちらに落ち度はない。あれは相手が上手だっただけ。」
俺の隣に立つクーデリカとノアが心配そうな顔で俺を励ます。
「二人ともありがとう。今すべきは悔やむ事じゃないよな。うん、まずは皆と合流しよう。」
俺の声に二人が頷く。ノアは抱きつくようにクーデリカの肩から俺の顔へと飛び付き、そのまま落ちるように定位置のポケットへと入っていった。
周囲を見れば、悲しみの声に満ちていた。余程ラハートの人望が厚かったことが窺える。そこへ、前方を一人の少年が歩くのが目に入った。先程会話を交わしたソウマ・ミヤモトだ。
「あっ、ソウマ!」
「あぁ、アーサー。なんか一人犠牲になったみたいだけど、とりあえず無事に終わったね。」
「あ、あぁ。そうだな。」
無事に終わった………彼にとってはそうかもしれないが、本当はそんな事ない。俺としては様々な感情が渦巻いているし、冷静に状況を見ても、四属性の魂の一つが相手の手に渡っている。つまり、それは世界の滅亡への確実な一歩を意味しているのだ。
破滅神が世界を崩壊させるという予言のことは、このガイナスではまだ話していない。それどころではなかったし、民衆の更なる混乱を避けるためでもあった。なので、無関係で何も知らないソウマに声を荒げても、それは只の八つ当たりでしかない。そう思った俺はそんな曖昧な返事を返してしまっていた。
「そういえば、モニターに映ってたのってアーサーの仲間だよね?」
「そうだよ。よく分かったね?」
「ガイナス入口に来た時のモニターを見てたしねっ!それより、あの銀髪の魔法使いって昔のアイドルのルーテシアに似てない!?なんか魔法も凄いし!ルーテシアも大賢者で魔法が凄かったらしいんだよ。」
普段通りのニコニコ顔だが、少し興奮気味にソウマが尋ねてくる。
(なんかルーって二百年前の有名人とは思えないほど知られてるよな~)
そんな様子のソウマに少し苦笑しながらも、微妙に誤魔化すことにした。
「彼女もルーテシアって名前だけどね。親がファンだったのかもしれないね。」
「アッハハ、おもしろいこと言うねぇ!まあいいや。そういえば、そっちの女の子は妹か何かかい?」
「?? 妹じゃないけど、そんなとこかな?旅の仲間だよ。」
なんで今笑われたんだろう?話が噛み合わないような違和感を感じつつも、クーデリカとの間柄について答えた。
「ふーん、そっか。こんにちは!アーサーの友達のソウマだよ~。」
「ん?どうしたんだ、クーデリカ?俺の後ろに隠れるなんて。」
「アーサー、早く離れる!」
ソウマに挨拶されたクーデリカは、怯えた様子で俺の背後に回り込んだ。彼女に多少の人見知りがあったとしても、これはもはや拒絶に近いものがあった。
「………ごめん、ソウマ。今はなんか不機嫌みたいだ。」
「見事に嫌われちゃったかな?まっ、そんな日もあるよね!」
そんな対応にあったのに、ソウマは変わらずニコニコと笑みを浮かべている。クーデリカが「早く」と裾を引っ張るので、ソウマに別れを告げることにした。
「せっかく再会できたからもっと話したかったんだけど、一旦皆の所に戻るよ。また会えたら今度こそちゃんと話そう!」
「うん、そうだね。生きていれば、またどこかで会えるかもしれないしね?」
別れの言葉を交わしてソウマに背を向け、俺達は地上への階段に向かって歩き出した。
『生きていれば………ね。』
耳元でソウマの声が聞こえた気がした。よく分からないが、一瞬、一陣の風が通りすぎたような気配に全身を悪寒に襲われ、俺は咄嗟に後ろを振り向いた。
キィーーーン!!
それと同時に、目と鼻の先の距離で甲高い音が響いた。音が鼓膜から脳へと駆け巡る。あまりに突然の事で何が起きたのかも理解ができない。目の前には先程まで手ぶらだったソウマが小太刀を握っていた。それは俺に向けて振るわれた体勢をとっており、俺の眼前にはそれを受け止める一本の短刀があった。短刀の持ち主を辿って視線を上げると、そこには、今までどのモニターにも映っていなかったナインの姿があった。
「えっ、なに?どうなってんの?なんでナインがここ──」
「すぐ下がれ!こいつ危険っ!!」
これまで寡黙だったのが別人のように、怒鳴るように声を荒げたナインに俺は蹴り飛ばされるが、それと同時にナインもソウマに鍔迫り合っていたところを弾き飛ばされてしまう。地を滑るように飛ぶナインだったが、やがて勢いを殺し、土煙を上げながらその二本の足で耐え凌いだ。
「もぉ~邪魔するなよ。君さぁ、さっきから僕の事見てたよね?生憎だけど、僕にはそっちの趣味はないよ?」
ニコニコと笑みの絶えないソウマの顔は、今の俺には得体の知れない物のように思えた。
「ソウマ、なんでナインと剣を……もしかして、俺を狙ったのか?いや、そんな事あるわけ……もう意味分かんねぇよ!どういう事だよ、ソウマッ!!」
ぐちゃぐちゃになった思考を嘲笑っているのかも分からないが、貼り付けたように変わらぬ笑みを目の前の小太刀の少年は俺に向けていた。
周囲では悲嘆に喘いでいた民衆が、謎の事態に戸惑い、距離を置いて様子を見ている。
「いやぁ、今日は本当に良い日だよ!彼女は本当にルーテシア・バレンタインで、叡知の書の所持者なんでしょ?そして、アーサー。君は転生者、だよね?」
思いもよらない事を言われ、無意識に急速に思考が巡るのが自分でも分かる。
「違う──」
「あははっ!そんなに動揺しちゃダメだよ?図星だって丸分かりじゃん!」
「なんでこんな事を。俺が何かしたか?」
ソウマが俺を狙ったというのは百歩譲ってどうにか理解した。しかし、動機には全く思い至らない。何度か話しただけで恨みを買うような接点すらないのだから。
思考をフルに回転させる。
そして、一つの考えに行き着いた。
「まさか………お前も転生者なのか?」
「ピンポーン。そうだよ?よく気づいたねっ!まぁ異世界の住人だった君の場合、この名前で気づかないのも少し鈍感かもしれないけど。」
ソウマはヘラヘラと笑いながら俺の答えを肯定した。
「でもなんで俺を狙うんだ!?同じ転生者なら仲良くやれるだろ?俺はソウマとは良い友人になれると思ってたんだぜ?」
本気でそう思っていた。まだ二度しかあった事もないが、それでも自分と似た部分を感じたのか、彼との時間は旧来の友人であるかのように居心地がよかった。
ソウマが不意に小太刀を自分の左側へと振るう。そこには気配を完全に遮断して接近したナインがいた。彼は不意討ちを防がれ、正面から高速で三度斬りつけるが、ソウマの力量が遥かに高いらしく、全てを優しくいなされ、お返しとばかりに強烈な蹴りを入れられた。ナインはそのまま少し離れた建物に背中から激突し、倒れた。
「僕が話してるだろ?無粋な事するなよ。ナインだっけ?てことは、暗殺一家シュバルツベインの家の九番目だろ?そんなヤツが僕に楯突こうとするなんて千年早いんだよ。」
感触を確かめている様子でソウマは小太刀を数度振るいながら、見下すようにナインを叱咤した。
「何言ってるんだ?お前はナインと知り合いなのか?全然分かんねぇよ!」
「あー、話の腰を折っちゃったね。順に説明してあげるよ。そこのゴミクズも今度は黙っててよ?」
建物に打ちつけられ、地に伏したナインからは何の反応もない。
「そうだね~。まずは何から話そうか。そうそう、なんでアーサーに斬りかかったのか、だったね?」
ソウマは鼻唄でも歌い出しそうな得意気な顔で、チラリと俺の方を見た。
「それはねぇ、君がアーサーだからだよ。」
「………俺がアーサー、だから?」
先刻、背後から斬りかかられた時に感じた、風が通り抜けたような悪寒。それがソウマが放った殺気だったのだと気がついたのは、まさにこの時だった。




