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82 絶望の始まり

 土のアーティファクトを宿したラナの兄、ラハートが自ら敵の元に向かったという報告を受け、会議の場にいた皆とともに急いでモニターのある広場へと向かう。

 そこに映し出された映像には、ラナと同じ金色の髪に黒っぽい肌の青年がゾンビに連れられて歩く姿があった。


「ラハート兄っ!」


 彼はそのまま都市の最奥にある宮殿へと連行され、その入り口で待機させられた。暫くすると、宮殿からローブに付いたフードを目深に被った人物が一人現れた。どうやらあれが今回の件の首領のようだ。


「よく来た、土の魂を持つ者よ。最期に言い残すことはあるか?地下に映像を送っているのであろう?」


 罪人のように捕らえられたラハートは、ローブに隠れたその顔をキッと睨む。


「本当に皆には手を出さないんだろうな?」


「あぁ、約束するさ。神に誓おう。事を終えたら直ぐに消えるよ。」


「………ならいい。皆、すまない。助かるにはこれしかないと思ったんだ。ラナ………一人にしてすまないな。身勝手な兄を許してくれ。」


 もちろん、ラハートもこれがただの口約束でしかない事は重々承知している。しかし、このまま手をこまねいていても、確実に大好きな街の皆も妹も皆殺しにされる未来しかない。彼の中ではもう選べる道は1つしか存在していなかった。



「なんで……一言くらい私に話してよ!黙って……行かないでよ………。」


 映像と共に地下へ伝わるラハートの最期の言葉に、ラナは膝をついてその場に崩れ落ちる。モニター越しであることが、余計にラハートが手の届かない距離にいることを感じさせた。


「くそっ、皆は何やってるんだ!!このままじゃ──」

「アーサー、あれ見る。」


 地上にいる仲間ならば、早急に万事を解決できると思っていた。予想通りならば、今頃は敵の本陣に乗り込んでいても良い筈である。しかし、一向にその気配はない。その理由はクーデリカの指差す別のモニターにあった。そこに映っていたのは、なにやら苦戦気味のクリムゾンクローだった。


「なっ!?あれは………まさか、ドラゴン?」


「いや………ドラゴンゾンビじゃな。それも普通のゾンビではないようじゃ。」


 俺の声に反応したのは、いつの間にか隣に来ていたドワーフの長老だった。映像をよく見れば、二本の足を持ちか、翼を生やした西洋風の竜の体にはところどころ朽ちた部分が目立っている。そんな腐竜へと彼らは魔法や剣を猛然と振るっていた。


「あれを見てみぃ。今斬られた傷も何も直ぐに治ってしまっておるぞ。くっ、これではいくら彼らが強かろうと、もうどうにもならんかもしれん。もはやラハートを救う事も叶わぬのか……。」


 長老の嘆きが皆に絶望の色を与える。

 広場の空気が暗く沈んでいくのを感じ取ったかのように、モニターの向こうでフードの人物がラハートの胸に手を伸ばし始める。その手は皮膚を透過するようにラハートの胸の奥へとゆっくり突き進む。その後、手を引き抜かれた彼の胸には外傷はなかった。しかし、その手には輝く光の玉が握られており、ラハートは微動だにせずして、その場に倒れ臥した。


「あ、あわ、ラハート、兄?嘘……だよね?そんな、イヤだ、よ。イヤ……イヤァーーーッ!!」


「ラナ!?」


 その光景を目にしたラナは、発狂すると同時に糸が切れたようにその場に倒れ込んだ。抱きかかえてみると、どうやら気を失っただけのようだと分かり、俺は安堵の息を吐いた。


「どうやら気絶しているみたいですね。よかった。今起こしても辛いだけですから、ひとまずは寝かせておきましょう。」


 長老に頼んでラナを休める場所に連れていってもらう。閉じた瞼の目尻から零れ落ちた涙だけをその場に残して、彼女は広場から離脱した。



 さらにモニターから声が聞こえる。


「土の魂は頂いた。約束通りこれで引き上げるとしよう。」


 フードの人物はこれ見よがしに輝きを放つ魂を天に掲げ、そう宣言する。その言葉は誰の心にも敗北という二文字を与えた。きっと映像を見た誰もが、これで終わったと思ったに違いないだろう。が、次の瞬間、ローブから伸びたその右腕がスルリと地面に落ちた。


「そう易々と行かせるわけにはいきませんよ。それはそこに置いていってください!」


 フードの真横に突如として現れたのは、流れる金色の髪に銀の輝く胸当てを身に付け、凛々しい容貌で流麗に剣を振るう一人の女性。英雄然とした態度で臨むセフィリア・グローシャーの姿があった。


 フードの人物はさほども気にしない様子で落ちた腕を拾おうとするが、何かを感じ取ったように後ろへと飛び退く。直後、レーザーのような線が腕との間に境界を隔てるように、地面に横線を描いた。


「ふぅ、ギリギリセーフってとこかしら?」


 フードの人物がレーザーの出所を追って見上げると、宮殿入り口の柱の上に一つの人影を認めた。澄み渡る青空の下、太陽を背に銀の髪を輝かせ、白い肌とは対照的な漆黒のドレスに身を包む少女。その姿は黒に染まった天使のように見る者を惹き付ける。かつて大賢者と称された、天才美少女がそこにはいた。


 ルーテシア達が間一髪でこれを阻止したのだ。


「あなたの正体、再生神の巫女なのでしょう?」


 ルーテシアが突飛に問いかける。

 すると、先程のセフィリアの剣、もしくはルーテシアの放ったレーザーがなしたのだろう、その答えを強制するように顔を隠すように覆われていたフード部分が左右に割れる。そこから現れたのは、鮮やかなライトグリーンの長い髪をした女性だった。


「えぇ、そうよ?私は再生神様にお仕えする巫女。」


「やはりそうですか。ですが、何故です!何故あなたがこのような事を?世界を支える神に仕えるのが巫女の使命ではないのですか!?」


 彼女の正体を予期していたであろうセフィリアは口惜しそうにそう問いかける。世界を織り成す三柱の神に仕える者がどうして世界の崩壊へ助力をするのかと。


 しかし、そんなセフィリアを一笑に付し、再生神の巫女はルーテシアを一瞥した。


「ティア、あなたなら分かるんじゃないかしら?だってあなたも………ッ!?何なの、ロックが掛けられてる?これは運命神様かしら?どうやらこれ以上は喋れないようね。まだここで終わる訳にもいかないし………まぁ、いいわ。」


 独り言のように呟き始めた巫女にセフィリアは顔をしかめる。


(ティア?ルーテシアさんの事でしょうか。たしかルーテシアさんとクーデリカも以前よく分からない話をしていましたね。もしや、ルーテシアさんと巫女には何か密接な関係がある?巫女ではないとあの時クーデリカは言っていましたが………。しかし、そうなるとルーテシアさんは一体………。)


 思考の渦に陥りそうになっていると、目の前の巫女が続けて口を開いた。


「私はこの世界が嫌いなの。だから滅ぼしたい。ただそれだけよ。もう行くわね?」


 突如、足元の地面が光を帯び始める。


「セフィリア!早く逃げて!この宮殿前の地面には既に魔法陣が仕掛けられているわ!」


「チッ、ならせめて彼の魂だけでも………ッ!?腕が消えた!?」


 斬り落とした巫女の腕は1メートルにも満たない足元に先程までは確かにあったはずである。だが、手を伸ばそうと下を向くと、そこに腕の存在は認められなかった。


 戸惑うセフィリアの耳に巫女の声が響く。


「ヘブンズゲート。」


 膨大なエネルギーが一気に湧き上がり、再生の巫女を中心とした一本の巨大な光の柱が宮殿前一帯から立ち昇った。


 辛うじて魔法陣から逃れたセフィリアは、ルーテシアと並んで現れた光柱のその奥に目を向ける。


 そこには巫女の不気味な笑みと、ラハートの魂と共に在るべき位置へと戻った彼女の右腕があった。


「そうそう、あのドラゴンは残してあげるわね。お仲間も遊び足りないようだし?」


 それだけ言い残して、光が天に昇っていく。後には巫女の姿も倒れていたラハートの姿も無く、光と共に全てが消えていた。


「………逃げられましたね。」


「仕方ないわ。先にあのドラゴンを片付けに行くわよ。」


 ルーテシアの語気にはどこか荒々しさがあった。


 やるせなさを感じながらも、セフィリアはルーテシアの後を追い、クリムゾンクローの元へと急いだ。


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