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81 それぞれの想い

 ドワーフの女性ラナに連れられて訪れたガイナスの地下。裏ガイナスと彼女が呼ぶそこは小規模な地下都市だった。そして、街中には大勢の人の姿が見られた。


「なぁ、ラナ。一体何が起きているんだ?あのゾンビは何だったの?」


「ここを襲ってきた奴の手下だよ。どんな奴かはよく分かんないけど、あいつらがいきなり攻めてきて都市を占拠したんだ。」


 緊急避難として地下都市に向かう経路が幾つか存在しており、警報が発令されたため速やかに皆逃げてきたという。現在は地上の都市各所に設置された監視カメラのような魔道具を通して外の状況を窺っているらしい。モニターのある広場で状況を見守っていたところ、旅人らしい俺達がガイナスに到着し、この惨状を見ても引き返すどころか逆に奥へと進んで行くので、慌てて保護しに行ったということだった。


「それで相手は何を要求しているんだ?普通何もなくこんな事はしないだろ?」


「うん………土のアーティファクトの持ち主を差し出すこと、それがあいつらの要求だよっ!!素直に差し出せば住人に危害は加えないって………。」


 そう言って突然彼女は壁を強く叩いた。重く響いたその音には彼女の怒りや悔しさといった感情が強く滲み出ているようだった。


「ゴメン、ちょっと取り乱しちゃったね。実はそのアーティファクトの持ち主、私の兄なんだよ。名前はラハート。鍛治業界の若きエースさっ!」


 ラナは悔しそうにしていたが、兄の事を話す間は非常に誇らしげな表情をしていた。その語りぶりを見ても余程兄の事が好きなのだと伝わってくる。


(肉親を狙われるなんて、そりゃ辛いに決まってるよな。)


 彼女は不安をできるだけ面に出さないように振る舞いながら、再び俺達の前を歩き始めた。



 少し歩くと人が集まる場所に出た。大きなモニターもあるし、どうやらここが先程聞いた広場らしい。そこには多くの人が集まっており、ただ不安げにモニターに写し出される映像を眺めていた。


 ラナの後に続いてそんな鬱屈した広場を横切っていると、俺の名を呼ぶ声が耳に入り、俺は足を止められる事となった。


「アーサーだよね?久しぶりーっ!いや~まさかこんなとこで再会するなんて、君もつくづく不運だねぇ。」


 俺の名前を知っている人なんてそうはいない。王国関係者か、マルタスのご近所さん、海底都市アリアスの住民くらいだろうか。

 振り返って声の主を見る。そこにいたのは幼い印象の残る、背も低めの14歳くらいの少年だった。一ヶ月ほど前にディオールの広場で少し話をした少年だったと記憶している。

 たしか名前は──


「ソウマ……だったよな?うん、たしかソウマ・ミヤモトだ!凄い偶然だよね。不運なのはお互い様だろ?」


 ソウマはこんな状況でも前に見た時と変わらず、笑顔の絶えない少年だった。


「あっはは、そうかもしれないね!あぁ、そちらのお姉さん達を待たせちゃったね。余裕ができたらまた話でもしようか。」


「そうだな!俺も、この件が一段落した時にでもまた話せたらって思うよ。」


「うん。じゃあ、またね!」


 ソウマとは軽く挨拶をする程度に留め、俺達はその場を後にした。


『次……る時を……に楽し……てるよ。』


 去り際、彼が何か言ったような気がしたが、広場のざわめきに掻き消され、その声は俺の耳まで届く事はなかった。




「アーサー、今の誰?」


 ソウマと別れて歩き出した後、クーデリカが袖を引いて尋ねてきた。


「ディオールでクーデリカ達が買い物してる間に、俺と同じように広場で暇してた人だよ。ベンチで隣になって少し話をしたんだ。」


「ふーん………そう。なんかお腹空いてきた。腹ペコは罪。」


「?? お、おぅ。もうちょっと我慢してくれな?」


 一瞬クーデリカの表情がどこか曇ったように思えたが、それは空腹のせいであり、どうやら完全に気のせいだったようだ。世界を支えているらしきウチの巫女さんは、こんな事態でも変わらず食欲魔神だったらしい。



 ***


(ていうか、俺達どこに向かってるんだろうな?案内されるままについてってるけど………。)


 ラナに連れられて裏ガイナスを進んでいくと、やがて一つの建物へと辿り着いた。戸を開けると、中には小柄でずんぐりむっくりした髭面の、いかにもドワーフといった風貌のオッサン集団と、普通体型で精悍な顔立ちのドワーフらしからぬ青年が数名いた。


(あの人達もドワーフだよな?この世界のドワーフは年を取るにつれてドワーフっぽさが出てくるのか?でも途中で見た女性のドワーフはあんまり変わっていなかったような………。しっかし、身長があんなに縮むってどんな構造してるんだ?)


 ドワーフの外見に関していろいろと考察していると、青年達が俺の前に並び始めた。なにやら悲痛な面持ちである。室内の空気もどこか重々しい。


「すまない!地上に上がった建物がゾンビで囲まれいて、君の仲間を助けられなかった!」


 そう言って、彼らは一斉に頭を下げた。俺には一瞬意味が分からなかったが、どうやらラナ同様、俺の仲間を救いに行こうとしていたようだ。頼んでもいないのに、頭まで下げられてはこちらが恐縮してしまう。


「そんなに気にしないでください。大丈夫、彼らは強いので心配ないですよ!戦闘狂なので、行ったらむしろ邪魔だと言われたかもしれませんね。なので、気持ちだけ受け取っておきますよ。」


 ルー達はともかく、クリムゾンクローは実際そんな気がする。

 俺が特に焦りも見せなかった事に彼らは少し動揺したが、助けに行こうとした連中がどんな連中なのか説明してあげると、室内の空気も徐々に安堵に包まれていった。


 少し話して分かったのだが、ここは長老会議の場で、今回の件についての策を練っていたところらしい。他にも滞在していた旅人もいたので、その保護も指示していたのだという。


「それにしても、彼らがあの有名なクリムゾンクローであったとは!もはや徹底抗戦しか道はないと諦めておったが………これはまさに天啓じゃ!!」


 長老は祈りを捧げるように両手を組んだ。行き詰まったこの状況で、世界トップクラスのパーティーの来訪。それは神の采配であると錯覚しても無理はない。いや、実際神はいるのだから、あながち間違いではないかもしれないが。



 クーデリカが俺の袖を引く。


「アーサー、これからどうする?」


 机に置かれていた砂糖菓子をつまみ食いしていたようだ。口元に砂糖屑がついている。


 彼女の言う「これから」とは、これからの作戦という意味だろうが、まずは状況を整理してみる。

 勝利条件は敵を倒す、又は撤退に追い込む事だ。逆に敗北は土のファクターを渡す事。素直に渡せば手出しはしないそうだが、このまま膠着状態だといずれ何らかの方法で結界も突破され、地下まで攻め込まれて全滅という結末だろう。


 彼らは基本鍛治師だし、すでに追い込まれているので兵力的な面は期待できないそうにない。こんな時は一発逆転の決戦兵器とか眠っていそうだが、そんなものは所詮本の中の話。現実はもっと酷である。

 どうにかルーと連絡が取れれば良かったのだが、ルーが作った通信の魔道具も向こうに預けたまま。地上へ攻勢に出ることも難しいとなると、やはり地上にいる仲間頼りだろうか。クーデリカの威圧する力も魔物でないゾンビには効かないようだし。


「上の皆がやってくれる事に期待して待つしかない………か。」


「そう、分かった。ならここにいても仕方ない。あの広場で映像を見る。何か分かるかもしれない。」


「そうだな。」


 クーデリカに促されて広場に向かおうと、建物を出た。

 昼とも夜とも分からない、灯火が照らし出す地下の空間で緊張した頭や身体をほぐすように伸びをする。


「アーサー達って意外と凄いパーティーだったんだね。本当は心配だろうに、クーデリカちゃんもこんなに小さくてもしっかりしてるし!私は、なんかダメだね。上にいる君の仲間がやっつけてくれたらいいんだけどな。」


 俺達について外に出てきたラナは、どこか弱気な台詞を口にしていた。振り返ると、俯く彼女が目に入った。


「アーサー………お願い、私達を………助け、て。」


 彼女から地面に一滴の雫が落ちる。それはすぐに二つ、三つと円い後を残していった。止めどなく流れてくる涙に彼女は声を震わせながら、すがるように助けを求めてきた。

 きっと、兄を差し出すか、全滅の道を進むかという絶望しかない中で、唯一見えた希望の光に緊張の糸が切れてしまったのだ。


 泣き崩れる彼女が落ち着くよう、軽く抱擁して優しく背中を擦ってあげる。


「ここまで随分気持ちを張り詰めてきたんだな。ウチには天才大賢者もいるから、きっとどうにかなるよ!だから信じて待っててくれ!」


「うん。アーサー………ありがと。………っと、お姉さんとしてはこれ以上恥ずかしい姿は見せられないねっ!会議に戻るよ!」


 彼女は泣いて少しすっきりしたのか、恥ずかしさの混じった笑みを見せた後、今しがた出てきた建物の方へと向き直った。


「私も、出来ることをしてみるよ。」


「そうだな。俺も今出来ることを考えるよ!」



 きっと無事に何もかも、直ぐに終わるさ。そう思っていた俺はまだ現実というものを理解していなかった。


 運命というのは時に残酷なもので、全てがなるようになるとは限らない。



 室内へ入ろうとドアノブに手を掛けるラナ。彼女を見送る俺達。そこへ駆け込んできた一人のドワーフ。


「た、大変だっ!ラハートがっ!!ハァハァ……いねぇと思ったらアイツ、一人で乗り込んで行きやがった!!」



 何もかも無事に終わる。


 そんな楽観的に思えていた運命の歯車は、この一報を受けて徐々に方向を狂わせていく。

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