79 肝が冷え性
「おいおい、こりゃあどうなってんだ!?」
ガディウスからこぼれた声と共に、一同は眼前の光景に呆然と立ち尽くした。そこには瓦礫と化したドワーフの都市が広がっていた。都市を取り囲む外壁を境に、内側は一転してひどく荒れた状態だった。
「どうやら何者かに攻め込まれたようだね。」
「一体誰がこんな事を………。」
「そうね、まず考えられるのは、あの変態科学者みたいに土のファクターを捕らえにきたって事だけど………それにしても敵の姿が見えないわね。」
ルーの読みに俺達も同意する。
あの時はケリアン・ブラッキオが魔物の軍勢を率いて海底都市アリアスを攻めてきた。もしも俺達があの場におらず、そのまま攻め込まれた場合にはこうなっていたかもしれない。
「今はまだ情報が足りない。ひとまず散開して生存者を探そう!敵がいるだろうから油断しないようになっ!」
俺の意見に頷き、二、三人の組になって別れた。
組分けとしては、俺とノアとクーデリカ、ルーとセフィリアとフェイ、クレイとクリシュトフ、ガディウスとキリウ。ただナインだけは隠密行動が得意なので単独行動のようだ。
各方向に別れ、俺達は都市の奥へと進んでいく。瓦礫などの下敷きとなって動けない人がいないか調べてみるが、今のところはまだ誰も発見できていなかった。
「それにしても、街はこんなにボロボロなのに死傷者どころか住人の姿すら見えないな。どこかに避難したのかな?」
「私が調べてみる?」
クーデリカの思わぬ返答に少しキョトンとしてしまった。
「そんな事できるのか?出来るんなら頼む!」
クーデリカは一度首肯すると、静かに目を閉じた。そして、一方向を指差すとそっと口を開いた。
「向こうに多くの生命を感じる。たぶんそこに集まってると思う。どう?凄い?」
「でかした!さっすがクーデリカだな!!」
「えっへん。」
得意顔をしているクーデリカの頭を撫でて褒めてやると、彼女は満足気な笑顔を浮かべた。
(これって巫女の力ってやつなのかな。)
思えばそこそこの時間クーデリカとは一緒にいるが、彼女については知らないことばかりだ。彼女に関して知っている事といえば、何かしらの巫女である事と魔物を威圧する能力くらいだろうか。他にどんな力があるのかも謎である。
(しかし、世界を股に架ける行き倒れ少女が世界を支える神様の巫女っていうのも、なんだかちょっと滑稽な気もするな。)
そんな事を考えていると、クーデリカがこちらに訝しげな視線を向けてきた。
「アーサー、何がおかしい?」
「いやいや、クーデリカも大変なんだなと思ってさ。」
「ぷー、なんかバカにしてる?………まあいい。先に進む。」
そんなほのぼのとしたやりとりをして先に進もうとしたその時だった。脇道から何者かが突っ込んできた。
「ウガルァーーッ!」
慌てて剣を抜こうとするが、虚を突かれたこともあり、相手の手が顔を掴むように眼前に迫ってきていた。ほとんど無防備な状態で襲われそうになる。
「うぉわっ!?」
「ピキッ!」
だがそんな中でもノアだけは気を抜いていなかったのか、間一髪のところでノアからウォーターカッターが放たれ、何者かの首は落とされる事となった。
「あー、ビックリした~。ノア助かったよ!助かった………けどさ、これはちょっとやりすぎじゃないか?首チョンは流石にマズいよ。ハッ、もしかしてこの人、ガイナスの住人だったんじゃ!?どうすんだよ~!!………くそっ、こうなったらもういっそ!!」
「アーサー、悪い顔してる。」
襲われなくて済んだのはいいが、相手の首を落として人を殺めるなんて、最悪だ。俺は恐ろしすぎて、もはや首なし死体なんてものは直視することができなかった。そして、この事実を無かったことにするべく、魔法の鞄からおもむろにスコップを取り出し、地面に穴を掘り始め──
「ピキー!ピピキピキッ!」
「なんだ、ノア?俺はさっきの死体を埋めるのに忙しいんだよ。イテテテッ、何すんだよっ!?」
──ようとする俺の腕にノアが絡みつき、無理矢理引っ張ってきた。
「アーサー、アレ見る。」
クーデリカが指差す方向にはさっきの死体がある。
「やだよ。可能な限り俺は断固拒否する!」
「遊んでる場合じゃない。早くしないと動き出す!」
なぜか俺が怒られる形になっていた。納得いかない!いや、それ以上に腑に落ちない事を言っていたように思う。俺はクーデリカの言葉を頭の中で反芻してみた。
「動き出すって………何が?」
「アレが。」
「ピキッ。」
首が錆び付いたかのような動きでギギギっとクーデリカの方を振り返ると、ノアとクーデリカは揃って再び死体を指差した。
そこには首を探して地面を匍匐する首なし死体の姿があった。
「………な、なぁ、クーデリカさんや。俺はこの世界の事を未だによく理解していないようなんだが、この世界の死体って動くものなのかな?」
クーデリカはブンブンと首を横に振った。
「答えはノー。あれはゾンビ。操り人形。」
「へぇ、アレがゾンビってやつか~。初めて見たよ!………ゾンビかぁ。………って、はぁっ?ゾンビィーーッ!?」
首なし死体は頭を装着し、首あり死体になった。と同時に背後の建物の影からも数体のゾンビが現れてきた。
「ちょ、これどうなってんの!?ヤバイよ!どうすんの?いやいや、こういう時こそ落ち着け~。とりあえず、だ。二人とも………」
俺は回れ右をすると、ノアを肩に乗せ、クーデリカを抱っこした。準備オーケーだ。
「逃げろーーっ!!」
もはや相手が強いかどうかなんて事は今は問題ではない。ただ怖いから逃げる。人はそれを本能と呼ぶのだ。リアルゾンビなんて関わりたくもない。ただ本能に従って走るのみである。
だが、奴等はそんな俺の感情を知っているかの如く、ゾンビのくせに走って追いかけてくる。そして、行く先々で遭遇するゾンビを俺が従えているかのように、大量のゾンビを引き連れて俺達は街中を駆け巡った。
「無理無理無理っ!誰かーっ、ヘルプーーッ!!」
どこをどう走ったか分からない程必死に逃げていると、前方にある建物から女性が手招きするのが視界に入った。
「君っ!早く、こっちだよっ!!」
誘われるがままに俺達はその建物に飛び込んだ。
俺はその場に座りこみ、息を切らし激しくのたうつ鼓動を落ち着かせつつ、暫しの安堵に浸る。
「あー、生きてるって素晴らしいな。」
「安心して。今はボロボロだけど、元々ここは教会だったんだよ。今でも聖結界は機能しているから、ゾンビ達は入ってこられないんだ。」
彼女は腰に手を当てて、にこやかに笑っていた。
金色の髪をショートカットにしている彼女は、少し色黒でスラッとした体型であるが、そこそこ鍛えていそうな筋肉質の腕をしている。その手には肩程まである巨大なハンマーが握られており、彼女とは明らかに不釣り合いに思えた。
そんな彼女はへたりこんでいる俺に手を伸ばしてきた。俺はその手を取り、立ち上がって握手を交わす。
「助けてくれてありがとう。君は?」
「アタシはラナ。君達は旅人かな?」
挨拶代わりにお互いに軽く自己紹介をしたのだが、どうやら彼女はこのガイナスの住人であるようだ。今は教会の階段を下り、地下に向かって移動している。俺達が飛び込んだ教会は安全地帯なのに何故誰もいないんだと思っていたが、どうやら地下に皆避難しているとの事だった。
そして、長い階段を下った先に明かりが見えてきた。
「ようこそ、アーサー御一行!ここが裏ガイナスだ!!」
そこには地下世界を彷彿とさせるような、爛々と輝く灯火に照らされた幻想的な空間が広がっていた。




