8 ルーテシア・バレンタインの記録
水晶に映されたルーのアーティファクト。
「こ、これは!いいえ………まさか。」
それは黒い装丁の一冊の本。
驚きのあまり目を見開いているエレナ。そんな彼女は突然椅子を倒す勢いで立ち上がり、後ろにある本棚へと向かう。そして、迷うことなく手に取った一冊の本を俺達の目の前に置いた。
【アーティファクト百科 製作者エレナ・エルプリシル】
「鑑定結果を転写できるスキルがあってね、私はアーティファクトの情報を記録した本を製作しているの。これには今まで見たのや過去の資料もまとめてあるんだけど………このページを見て。」
さまざまな武具が載った図鑑のような本の中からエレナが開いたページ、そこには映し出されたルーのアーティファクトと同じ黒本が記されていた。
『叡知の書。上位鑑定に失敗のため詳細不明。これを持つものは魔法の全てを知ると現状予想される。所有者、ルーテシア・バレンタイン。
補足。ルーテシア・バレンタインは天才的魔法研究者かつその美貌で全国民の崇拝の的であったが、17歳の頃失踪。以後、消息不明。』
(チート持ちはやっぱりお前かーいっ!!)
こんなところに主人公がいた。
予想通りなのでそこまで驚いたわけではないが、それより気になったのは、この記述。『17歳』。
(ルーのやつ、しれっと若返ってんじゃん!もう何でもありだな。)
横目でちらりと見れば、ルーはふふんっと自慢気な顔を俺に向けていた。対して正面のエレナはといえば、記述を見てあーだこーだとパニック状態だった。
「原則、同じ時代に同一のアーティファクトは存在しないし確認されたのは二百年前だから、この記述にあるルーテシア・バレンタインが死んで、叡知の書があなたに宿ったって見方をするのが普通でしょう。たしかに最上級だからという理由で隠したがるのも理解できたわ。でも………」
エレナはルーに向き直り、興奮のあまり彼女の両の肩を強く握りしめる。
「そんな同姓同名の人物がこんな超レアもの持ってるなんてどんな偶然よ!しかも、記述の通り綺麗だし!でも年齢は若いし。なんなの?あなた同一人物なの?子孫なの?生まれ変わりなの?神なの?」
おっとエレナさん、ほとんどが正解です。
「秘密よ。これからの日々を悶々として過ごすといいわ。」
これはまさに知らぬが仏。エレナみたいなアーティファクトマニアにとっては、ミイラとりがミイラみたいな気分だろうな。いや、こんな歴史的ミステリー、誰が聞いても悶々とするな。
ルー、恐るべし。
エレナはうんうん唸りながらもギルドカードを作成し、こうして俺達は無事冒険者として登録されることになった。
その後、ムジナの家に戻ると俺達の部屋が準備されていた。奥さんのエリーに案内された部屋は二人一緒の部屋だった。
「ゴメンなさいね。部屋は一つしか空いてないのよ。」
「いいえ、む、むしろありがたい………です。ふ、ふふ、夫婦………れすので………。」
ルーは俯きながら、顔を真っ赤にしている。
「こいつの言うことはスルーしておいてください。お部屋ありがとうございます!家事とか手伝えることあれば遠慮なく使ってください!」
俺とルーを交互に見たエリーさんは少し考えた様子のあと、「ルーテシアちゃん、ちょっと」と二人で部屋を出ていった。どうしたんだろうか。
荷物もないし部屋にいても仕方ないので、リビングで遊んでいた娘のアイリに頼んでムジナがやっている鍛治工房に案内してもらった。
着いた工房からは炉の熱とともに、カーンカーンという音が響いてくる。
「パパかっこいいでしょ!」
自慢気な声で、アイリは仕事中のムジナを指さす。
正直に驚いた。
初めて見る真剣なムジナの鍛治姿に。初めて聞くハンマーを打ちつける音の大きさに。初めて感じる工房に充ちる独特な熱量に。そして、強くなる自身の心臓の鼓動に。
今日はこの世界に生まれて1日目。これから先どんな事に巡り会えるのだろう。そんな期待が全身を駆け巡っていた。