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75 彼らの強さ

 人数の関係上、クリムゾンクローは戦うメンバーを選出することとなった。彼らは、相手がスライムであるノアも出る事を聞いて、「スライムなんか指先一つで吹き飛んじまうぜ?」と鼻で笑っていた。しかし、そんな中でクリシュトフは静かに表情を引き締めていた。


「今回は私が出るよ。」


「………あぁ。」


 他の仲間に有無を言わさず、彼はこの勝負の一枠に収まった。どうやらこういった事は日常茶飯事であり、パーティーの頭脳である彼が様子を見たい時はそれを優先させるという取り決めが既にあるようだ。その後行われたジャンケンにより、残りはクレイとガディウスが選ばれた。



 クリシュトフは考えていた。成り行きで勝負を受ける形になったが、彼らの強さはいかほどなのだろうと。


 元聖騎士隊長を自称するセフィリアという女性は立ち姿には隙がなく、ガディウスにも勝ったというのだから強いというのは納得できそうである。逆にアーサーという少年はあまり実践慣れしていないような雰囲気だ。仮に魔法メインだとしても場慣れした者とは受ける印象が異なる。そしてスライム。魔物が人になつくなど聞いたこともない話だが、それは横に置くとして、野生の魔物とは違い荒々しさはない。正直雰囲気だけでは判断できない。だが所詮はスライム。それほど強いとは思えなかった。馬車にはもう一人魔法使いがいるらしいが、その女性は今は魔力切れで出てこれないという。


(彼らの自信はどこから来るんだ?)


 様々な思考を巡らせる中、最初にガディウスとセフィリアの再戦が行われる事となる。始まると同時に、ガディウスがこの時を待ちわびたと言わんばかりに全力で踏み込んだ。そこから二人の激しい打ち合いが続く。見る限りでは、力はガディウス、技とスピードはセフィリアに僅かだが軍配が上がりそうだ。ここまではほぼ互角の戦いが繰り広げられている。


 では、何が勝敗を分けるのか。

 いろいろあるだろうが、スキルの使い方とタイミング。そして切り札の存在だろう。


 白熱する攻防に、観戦する他の仲間の表情は変わっていた。恐らく自分が戦う場合をイメージし、セフィリアという至高の食材を分析、洞察という舌の上に転がして味わっているのだろう。


 そんな彼らの眼が更に鋭くなる。それはこの勝負の決着が近いことを意味していた。


 竜闘気を纏うガディウスはセフィリアに向かって、瞬閃の構えをとる。それはまさに武術祭決勝の最終局面を再現していた。対するセフィリアも絶対領域をフル発動させ、アーティファクトの特殊スキルである『パーフェクトカウンター』を準備し、迎撃体勢をとる。


 決着は一瞬だった。


 ガディウスの赤光する瞬閃がセフィリアと衝突し、甲高い音と共に互いに弾き飛ぶ。結果、二人はかろうじて立っていたが、どちらも全身を負傷していた。


「貴様、何をした。パーフェクトカウンターを潜り抜けたというのか?」


「くっ、前回はまんまとやられたからなぁ。先に一瞬軽い攻撃を加えてカウンターを誘発すれば、その直後に続く瞬閃にはカウンターは間に合わねぇと思ったんだがな………やっぱお前、とんでもねぇ化け……もんだ……ぜ……。」


 ガディウスは死力を尽くしたように膝から崩れていった。


「ふむ、腕を上げたのだな。精進が足りないのはどうやら私のようだ。ぐっ……アーサー、あとはよろしく頼み……ま……す。」


 そして、セフィリアも同様にその場に倒れ込んだ。


 二人の再戦は引き分けという結末で幕を閉じた。




 二人に応急処置が行われる中、クリシュトフは更に思考を深めていた。アーサーの自信に繋がるもの、それが何なのか。


 彼らと出会ったのは燃え盛る森林の中。林道を進んでいると突如として前方の森が燃え盛る炎に飲まれたように見えた。たしかにあれが個人の技ならば凄まじい威力であるが、まさか彼らがやった訳ではあるまい。なぜなら、声のする方へ向かうと彼らは炎に取り囲まれ、すでに危険な状態にあったのだから。


 それに加えて気になったのが、あの木々を抉りとったような巨大な砲撃の跡だ。轍のように向こうまで続いていた。仮に魔法だとしてもそんな物が使える存在など世界でも一握りだろう。一体何だったのか。


 疑問は深まる一方であるが、不意にアーサーから提案が為された。


「そうだ。俺弱いんでノアと一緒にやってもいいかな?そちらも二人でいいんで。」


「……いいよ。クレイも構わないよね?」


 クレイは首を縦に振った。しかし、彼の顔も若干訝しげではある。二人になったところで、しかもスライムが一緒になったところで、自分達二人が組んでしまえば更に差は開くだろうに。当然のようにそう思っていた。



 場が整い、二対二のバトルが始まる。


 クリシュトフとクレイは、まずアーサー達がどの程度なのか様子見をしようと考えていた。剣を抜いたアーサーが大上段に構えをとる。未知の相手にそんな構えでは隙をさらすようなものであり、やはり経験が浅いのだろうと思われる。クレイの方にも少し落胆の色が見てとれた。


 だが、次の瞬間、


「先手必勝ーーっ!!」


 ノアを肩に乗せたアーサーからの声が周囲に響き渡った。


 途端に体が鉛のように重くなり、思うように動かなくなった。混乱の中、悪寒がして顔を上げると、アーサーの頭上に構えた剣が目に見えるほどの水の魔力を纏っていた。


「まずいぞっ!避けろっ!!」


 クレイの焦燥にかられた声がクリシュトフの耳に届いた。マナを全開にして辛うじて体が動くようになった彼らは、急いでその場から横に跳ぶ。その直後、アーサーが降り下ろした剣の先からは巨大な水柱が放たれた。


 轟音と共に背後に大きな爪痕を残して水柱は消え去った。


(………あの砲撃のような跡はこれだったのか!!)


 かろうじて難を逃れた二人は唖然とした。いや、観戦していたクリムゾンクローの誰もが驚愕の一言に尽きていた。


「うそーん!二人とも避けちゃったよ~。」


 沈黙の中、アーサーの落胆した声のみが響く。


「アーサー………な、何なんだい?今のは。」


 クリシュトフは驚きのあまりそんな陳腐な言葉を発していた。あんなものは見たことがない。倒す手段はあるだろうが、彼らは謎に包まれ過ぎている。だとすると、あの火災も彼らが引き起こした可能性は濃厚である。危険かもしれない。そんな考えが過っていた。


「あぁ、これは──」


 そこまで言いかけた所に、馬車から人が降りてきた。銀色の髪をした少女だった。彼女はまだ眠そうな眼でこちらを見た後、こちらを向いて正面に手をかざした。周囲の魔素が励起しているように、どこか空気が張り詰めた感覚に陥る。


 その時である。突然、アーサーが叫びを上げた。


「ヤバい!爆裂魔法か!?皆急いで退避だーーっ!!」


 叫ぶや否やアーサーは慌てて走り出し、その場を離れた。唐突すぎてその場に残された彼らにはどういう事態なのか全く理解不能であった。


「さっきからドッカンドッカンうるさいのよ!お陰でゆっくり眠れないじゃない!!もう全員ぶっ飛んだらいいのにっ!エクスプロージョン!!」


「えっ!?」


 目の前が閃光に埋め尽くされる。彼女が何を思って、今から何をしようとしているのか、クリシュトフの中で点と点が繋がった時にはすでに手遅れだった。




 ***


「ルー、やりすぎだぞ!俺達まで殺す気か!?魔力眼がなかったら今頃巻き込まれてたぞ?」


「あっ、アーサー。おはよう。私、魔力切れから起きると低魔力圧で寝起き悪いのよ。ごめんね?」


「何、その低血圧みたいな言い回し。そんなもん聞いたこともねぇよ!クーデリカとフェイも救急箱もってついてきて~」


 俺は吹き飛んでいったクリムゾンクローの人達の救護に向かうのだった。



 一人取り残されたルーはぼそりと呟く。


「大体あの人達は誰なのよ!私が悪いって言うの!?」


 何もかも消し飛んだ眼前の爆心地には、只々乾いた風が吹きすさぶのみだった。

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