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73 森林火災

「アーサー、いくら何でもこれはないでしょう。」


「さすがにこれは想定外。どうするの?」


 セフィリアとクーデリカが俺を責め立てる。


「ふっ、悪い。どうやら俺の左手が暴走してしまったらしいな。」


「えっ?大変。アーサーの左手、呪われてる!?なら早急に切り落とした方がいい。」


 クーデリカは真に受けてしまったのか、驚いた顔で何処からともなく取り出した斧を手に振り上げていた。


「落ち着いてください、クーデリカ。これはアーサー特有の痛々しいジョークです!痛ジョークですから!!」


「ごめんなさい。冗談です。調子に乗りました。反省してます。」


 クーデリカは何やら少し考えた後、思いついたように口を開いた。


「………うん、知ってたよ?」


(えー、今の妙な間、何?本当に知ってたの?なんか声も上擦ってるよね!?お前っ、絶対素だっただろうがっ!!)


 吹けていない口笛を吹きながら、クーデリカはそそくさと斧を背後へと隠していた。



 話は冒頭に戻るが、俺はあれから二度行われた地獄の猛特訓を生還し、ついにルーとのユニゾンスキルを体得したのだ。そして現在、セフィリア達にその成果の御披露目をしたところなのだが………周りの木々が燃えている。どうしてこうなった?


「さて、周囲に燃え拡がっていますが、これどうやって消すつもりですか?」


 ルーテシアの火の魔力と俺の魔力を同調させ、生み出された炎の剣。それを格好良く丸太の的目掛けて全力で降り下ろしたのだが、剣からは炎の波が吹き出し、背後の森林を飲み込んでしまったのだ。俺達が茫然としている間にそれは木から木へと燃え移り、瞬く間に大規模森林火災という状況を作り出してしまっていた。


「ルー、水魔法で一丁頼むよ。」


 まぁ、ルーの魔法で消火すれば良いだけの話。ルーならばそのくらいの事は朝飯前なのは皆分かっているはずである。だから他の二人も焦りが少ないのだろう。

 ルーは笑顔を浮かべ、こちらを見る。


「ごめん、無理!魔力切れ~!」


「そうか、魔力切れか~って、あまり冗談に付き合ってる時間はないぞ?………んん?ルー?」


 よく見るとルーの様子が変だ。その笑顔はどこか苦々しく、冷や汗でもかいているように見える。


「おい、まさか本当に魔力切れなのか?」


「うん。だからあんまり動けないの~。あっ、折角だしお姫様抱っこで連れてって!」


 ルーはここぞとばかりに倒れ込むように抱きついてきた。俺のまだ小さなこの体には正直堪える。そして、今はこんな事をしている場合じゃない。すでに炎に取り囲まれてしまっていた。


「ルー、重い。馬車までぐらいは歩けるだろ?」


「ちょっと、重いとか言わないでよ!酷くない!?」


「重いルーテシアは早く降りる。次は私が抱っこされる番。」


 ルーがポカポカと俺の頭を叩きながら頬を膨らませていると、背後でクーデリカが順番待ちしていた。


「あぁー、もうっ!お前ら、そんな状況じゃないだろ!?クーデリカも並んでないで早く避難準備して!ノアッ、上空にウォーターカッター頼む!」


 ノアが上を向きウォーターカッターを放ち、俺はその間にルー達を馬車まで届けた。打ち上げられた水が雨のように辺り一帯に降り注ぐ。あまり効果はないだろうが、時間稼ぎくらいにはなったはずだ。


 馬車からノアの元へと戻ってきた俺は炎を前に構えをとった。


「ノア、俺にウォーターカッターの魔力を流してくれ!」


 ノアの魔力が伝わり、両手で握る剣がカタカタと震えながら青の魔力を宿していく。そう。俺はノアとのユニゾンを試みたのだ。


「これでどうだぁーーっ!!」


 剣から放たれたのは、ウォーターカッターを巨大にした水柱だった。水柱は前方の木々を薙ぎ倒し、やがて消えていった。炎を消すには威力が強すぎたようだ。


「アーサー!だから、さっきからやりすぎだと言ってるじゃないですかっ!火を消すだけでいいんですよ!?」


 セフィリアの指摘も尤もなのだが、俺としても予想外なので許してほしい。どうもウォーターカッターの特性上、貫通力が高く、さらにはユニゾンのせいで磨きがかかったようである。鎮火するどころか、更なる森林破壊をしてしまった。抉られた左右の木が次々と倒れていく。このまま続けても生き埋めになってしまいそうだ。


「ぐわー!どうしましょう!セフィリアさん、このままじゃ全員御陀仏ですよ?こんな終わり方じゃ成仏できませんよ?」


 特訓成果の御披露目会で森林火災を引き起こし、勝手に巻き込まれて敢えなく焼死。そんな笑い話にもならない最期は御免被りたい。

 迫り来る炎の中、パニック寸前の俺の耳に聞き慣れない声が届いた。


「火食い」

「ウォーターネプラ」


 二つの声が響き、俺達を取り囲む炎は意思を持つように炎の向こうの一点へと吸い込まれた。それと同時に水の蛇が木々の間を縫うように走る。


「ちょっと範囲が広いね。アクアリウムッ!」


 続いて聞こえてきた魔法名とともに燃え盛る木々を水のドームが包み込んだ。

 やがて炎は完全に鎮火され、煙が晴れたそこには二人の男の姿があった。


「うむ、なかなかに美味い炎だったな。」


 そう言って腹部を叩く男は、少し色黒の肌で白い針ネズミのような髪をした青年だ。


「どうやら無事に鎮火出来たようだね。そこの人達、大丈夫かい?」


 もう一人の男は、青紫の長い髪に眼鏡をかけた、いかにも理知的な雰囲気の漂う優男だった。





 二人はゆっくりとこちらへ向かって歩き出し、俺達の前に立った。


「怪我はなかったかい?」


「ええ、お陰様で全員無事です!本当に死ぬかと思いましたよ。ありがとうございました!」


 俺がすかさず礼を言うと、彼はニコッと微笑みを返してきた。なんか凄いイケメンオーラを感じる。


(それにしても本当に危なかった。ここまでハイスペック揃いなウチのパーティーがまさかこんな自滅みたいな状況になるなんて………。そういやこの兄さん達、なんか魔法とかも凄かったな。あの炎を食べたようなことも言ってたような。)


「お前達も災難だったな。こんな大規模な火災に巻き込まれるなんて。しかし、変だな。何故起きたのか原因が分からん。」


 まさか「自分でやりました」なんて言える筈もなく、話を逸らす。


「お兄さん達、魔法が上手なんですね!もしかして名のある御方ですか?」


「いやぁ、大したことはないよ。私達は………おっと、仲間が来たようだ。私達は五人でパーティーを組んでいるんだよ。ついでに皆の事も紹介しておくよ。」


 まだ燃えていない木々の間を道なりに進む馬車が視界に入り、それはやがて俺達の前でゆっくりと停車した。


 中から一人、また一人と馬車を降りてくる。どちらも屈強な戦士といった出で立ちだ。そして、最後の一人が姿を現した。


「ん?………貴様はっ!?」


 セフィリアの反応にその人物を見ると、俺もどこかで見たことのある顔がそこにはあった。

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