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68 クーデリカの秘密

 ディオールでここまで観光してきたのだが、その合間にも俺達は世界樹や空中都市の存在、次に向かう東の大陸や北の大陸に関する情報の収集もしていた。


 世界樹の情報はやはりというべきか皆無だった。空中都市も噂程度のものばかりで信憑性に欠けている。東の大陸は人族の住む帝国の他にもドワーフの国があるそうで、北の大陸は迷宮などが多く、あまり訪れる者もいないようだ。


 あらかたの目的は為したので、そろそろ次の街を目指すことにした。クーデリカには旅の目的が世界崩壊の危機を救うことだと伝えたが特に離れる気も無さそうなので、予定通りに魔物と戦ってクーデリカを怖がらせてお別れする事になった。


 俺達はディオールの街を出た。



 ***


「クーデリカは剣とか魔法とか使える?これから魔物と戦うことになるんだけど。」


「どちらも使えない。無駄な殺生は好きじゃない。でも大丈夫。魔物は勝手に逃げる。」


「魔物が逃げる、ですか?魔物が逃げるのは本能的に死を恐れた結果とされており、相手との大きな力量差を感じた時に逃げ出すそうです。クーデリカからはそのような力は感じませんが………。」


 セフィリアはクーデリカの所作や自身のアーティファクト『絶対領域』によりクーデリカのマナを見たのだろう。


「なぁ、クーデリカは何か特別な体質とか力とかあるのか?」


「それはヒミツ。世の中には知らなくてもいい事、知るべきでない事もある。違う?」


「あ、あぁ。……そう、だな。」


 クーデリカの無垢な笑顔は今までと何ら変わらない。だが、その深紅の瞳の奥には踏み込んではいけない一線があるように感じた。


「安心していい。知る必要があれば自ずと知ることになる。運命とはそういうもの。」


 ルーはその言葉に一瞬訝しげな顔をしたが、特に何かを言うことはなかった。




 しばらく林道を進んでいると、茂みの奥に大きなハサミが動くのが見えた。


「おっ、来たぞ。シザーハンズだ!」


 両手が巨大なハサミのようになった魔物。ぶっちゃけ巨大蟹だ。胴はそれ程大きくもないが、両手の先にある刃物のようなハサミに捕まると上半身と下半身がサヨナラする事になる、いわば危険生物だ。ここまで何度か戦ったことはある。腕の振りは速いが移動スピードはそうでもないので、油断しなければ俺達なら問題ないレベルだ。


 そして、目の前にシザーハンズが二匹現れた。


「二手に別れましょっ!アーサーとセフィリアは右を、私とクーデリカは左をやるわ!」


 ルーの合図で左右に散開し、セフィリアが右のシザーハンズを引き付ける。大きく振りかぶったハサミを叩きつけるように振り抜いてくるが、セフィリアは剣でそれを確実に受け止める。俺はその間に伸びきった関節を剣で両断した。ハサミのある腕がボトリと地面に落ちた。

 甲殻の薄い関節を狙いハサミを落とす。これが定石通りの戦い方であり、同様にもう片方の腕も斬ればあとは問題なく終わる。


 一方のルーとクーデリカだが、ルーは密かにクーデリカの能力を見極めようとしていた。


「クーデリカ、シザーハンズを退けてみて。」


「……わかった。」


 小さく頷いたクーデリカが一歩、また一歩と凶悪なハサミへと近づいていく。シザーハンズは無防備に接近してくる彼女に狙いを定め、腕を振り上げた。しかし、その腕が振り下ろされる事はなかった。彼女と目が合ったシザーハンズがその体勢のまま後退りし始めたのだ。


「あぁ、そういう事なのね。」


 ルーは一言そう呟くと、方向を変え向かってきたシザーハンズを特大のファイヤーボールで焼き蟹にしてしまった。


 戦闘終了後、ノアとフェイが焼き蟹を食べ尽くしている間、合流した俺達はクーデリカについて尋ねた。


「本当に逃げ出していましたね。」


「ルー、魔法とかスキルとか使ってなかったの?何か分かった?」


「えぇ、何もしてないわ………。」


 ルーはどこか言いあぐねている様子だった。


「どうした、ルー?」


「そう………ルーテシアは知っているの?」


 クーデリカはそんなルーを見て、自分の秘密に気づいた事を察したようだ。

 ルーは一考した後、顔を上げて口を開いた。


「クーデリカとはここで別れた方がいいかもしれない。」


「えっ?」


「どういうことです?たしかに変わった子ですが、害意は感じられませんが?」


 突然のルーの言葉に俺達はただただ驚くだけだった。しかし、そんな俺達に向けてルーは言葉を続けた。


「彼女は恐らく………巫女よ。」


 巫女………たしか巫女といえば、世界を構成する再生、破滅、運命の三神に各々仕える者だったはずだ。それ以外にもソフィーラやナディアのような海神の巫女などもいる。ルーが何故クーデリカを遠ざけようとしているのか、いまいち理解できない。


「巫女だったらソフィーラ姉妹もいただろ?あいつらは大丈夫でなんでクーデリカはダメなんだ?」


「巫女っていうのは本来、三柱神の巫女のことを指すの。海神とか他の神っていうのは神格化したものであって、根源的な意味合いが違うのよ。」


 海神などは本当の意味では神様ではないという事なのだろうか? ルーは、クーデリカが三柱神の巫女の一人であるということが言いたいようだ。


「巫女だと何か危険なのか?」


 巫女、巫女と連呼されても、正直俺は予言を残す人くらいにしか認識していない。今も伏し目がちなクーデリカが危険人物とは思えなかった。


「そういうことですか。アーサー、彼女が破滅の巫女だった場合、我々の情報は破滅神に筒抜けとなります。下手すると敵組織にも。」


「そうね。それ以外にもあるわ。巫女には各々が仕える神の力の一端を授けられているの。つまりその場合、私達を消す事も可能かもしれないってこと。」


 運命神の巫女だと予言、他は再生、破滅に関する力ということか。まだ三日くらいしか一緒にいないが、それでも俺にはクーデリカが世界を崩壊に導こうとしているとは到底思えない。むしろ同年代の子どもと同様、純粋に今を楽しんでいたと思う。俺にも人を見る目くらいはある。


「で、でも巫女っていうのも憶測にすぎないだろ?根拠はあるの?」


「魔物を退ける力よ。彼女は何の力も使っていない。何も使わずに退けたのよ?それは異質な事だわ。でも例外はある。世界を構成する神は魔物にとって生みの親とか信仰の対象みたいなものなの。だから本能的に恐れを抱くの。力を見せつけることなく逃げ出したのは、存在そのものが魔物に畏怖を与えたからよ。それが証拠よ。」


 俺はクーデリカに視線を向け、問いかけた。


「クーデリカ、お前は巫女なのか?」


「………そう。巫女。」


 クーデリカは俯いたまま、素直に肯定した。


「そう、か。………じゃあ、破滅の巫女なのか?」


「言えない。自らそれを名乗ることを許されていない。もしそうだったら………どうする?」


 クーデリカが何を思っているのかは分からない。俺も彼女を信じたいが、どうしたら良いのか分からなかった。


「その前に教えてくれ。お前は俺達の敵なのか?」


 困惑した気持ちの中、俺はクーデリカの肩をそっと掴み、その深紅の瞳を真剣に見つめた。


「違う!」


 クーデリカは珍しく強い語調で否定した。その瞳の奥には不安が混じっているのが感じられる。


「クーデリカは巫女らしいが、これからどうしたい?」


「アーサー達と一緒に旅したい。一緒にお腹いっぱい食べて、遊んで、いろんな物見たい。」


 クーデリカは真剣な顔つきで俺を見つめ返してきた。


「………プッ。アハハハハッ、何だよ~その答えっ!こっちは真剣なんだけど~。もう、クーデリカ最高だよっ!」


 クーデリカの気の抜けるような返答に思わず緊張が解けてしまった。シリアス展開でもクーデリカはお構い無しのようだ。


「むっ、私も真剣。アーサー、バカにしてる?」


 セフィリアからフフッと笑い声が漏れる。どうやら俺と同じ気持ちらしい。


「ちょっと何なのよ!クーデリカは敵かもしれないのよ!?破滅神の手先かもしれないのよ!?」


 ルーだけは納得いっていないようだ。


「ごめん、ルー。クーデリカは連れていく。彼女は敵じゃないよ。もし敵に回ったとしたらそれは彼女以外の意思であり、それが敵だ。後はそいつを叩くだけ。単純明快だろ?」


「………そうかもしれないけど。不利になるよ!?」


「それにアルハザルドの王城でルー言ったよな?人生を楽しんでって。楽しむってのは自分だけじゃなくて、周りも楽しまなきゃ成り立たないと思うんだ。だから疑ってばかりより──」

「あーもう、分かったわよ!アーサーがそれでいいならもういいわ!ほんっと甘々なんだから。」


 俺が全部を言う前にルーは折れてくれた。


「さっすが、ルーだね!俺の事よく分かってるよ。よっ、闇の大賢者様!」


「ばかっ!だだ、だ、誰が世界一できた嫁よ!当然の事言わないでよ!」


「いや、言ってない言ってない。」


 ルーが暴走し始めたところで、クーデリカのこの件は話が纏まった。


 しかし、話はこれで終わりではなかった。

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