65 南のディオール
南の大陸最大の都市、ディオール。
大陸中央に位置し、様々な獣人が暮らしている。ここでは人族は俺達のような観光者が多いらしい。都市は壁に囲まれており、俺達は街への入口をくぐってディオールへと入った。
「へぇ~、ここがディオールかぁ。」
「外からは分からなかったけど意外にキレイな街並みね。」
「さすがは大陸最大の都市といったところですか。それにしても水路が多くありますね。豪雨対策でしょうか。」
街には水路が張り巡らされており、それはさながら水の都といった景観だった。
そんな街並みに驚いていると、不意に背後から声をかけられた。
「へいへいへーい、お姉さん達ぃ!ディオールは初めてかにゃ?ちょっと寄ってかにゃーい?」
突然の声に後ろを振り返ると、そこには猫耳を頭に生やした女性がいた。
「なっ!?そ、その猫耳に猫尻尾に猫言葉!もしかしてあなた、猫人では!?」
「そうにゃけど?見ての通りにゃ?」
これまでの旅でもいろいろな獣人を見たことはあるが、何気に猫の獣人は今回が初めてだった。リアル猫耳女性との初対面の瞬間なのだ。
「おぉー、ようやく会えたっ!ルー、近いぞ!あとはここにエルフが加われば理想郷の完成だっ!!そもそも俺が描く理想郷はだな、──」
「あー、はいはい。頑張って~。それで、あなたは何用かしら?」
ルーは俺の語ろうとする熱い理想郷への想いを適当に聞き流し、猫娘に用件を尋ねた。
話を聞くに、都市の入口付近にある観光案内店の呼び込みのようで、人気の店や穴場スポットの載ったガイドブックや土産物などを売っているそうだ。怪しいところはないし、折角なので立ち寄ってみた。そこで店員さんに美味しい料理屋や宿などを聞き、ついでに街の情報誌も買ってきた。
店を出た後、まずは食欲を満たそうということになり、水路にかかった小さな橋を通り、その先にある料理屋に向かっていた。すると、なにやら道のど真ん中に金髪の小さな女の子が倒れていた。
「………アーサー、女の子が行き倒れているわ。」
「あぁ、そうだな。………よし、ここは無視して飯屋に行こう!」
「ふっ、さすがはアーサー。倒れている子を見捨てるなんて、やはり外道は一味違いますね。」
全力スルーという俺のスマートな回答に、セフィリアは見透かしたような雰囲気で俺をけなしてきた。
「外道って………いや、だって面倒な展開になりそうですし。こんな街のど真ん中で子どもが倒れてる状況なんて普通になくないですか?」
俺の面倒事センサーはビンビンに反応しているのだ。そして、それは結構当たるのだから仕方ない。
「そうやって見て見ぬふりで自分に責任はないと無関心という名の鎧を纏うのですね。ですが、この子が悪い人に拐われ売りとばれされたりしたらどうするんです?それはもうあなたも加担したようなものです!故に外道なのです!」
「………じゃあ、セフィリアさんお願いしますよ。」
「イヤです。私、金髪女が嫌いなので!」
「いやいや、あなたも金髪ですからね!?鏡で自分の顔見て言ってくださいね?」
「もう、話が進まないわ!アーサー、ちょっと様子だけでも見てあげたら?」
気づかないと思っているのか、自分がやればいいのに、ルーも自然な流れでしれっと俺に押し付けてきた。
「はぁ、もういいや。変な事に巻き込まれても知らないからな!」
うつ伏せに倒れている金髪少女の肩を揺すった。
「おーい、こんなとこで寝てたら風邪引くぞー。暑いけど。」
「うぅ……ごは……」
苦しそうに何か言っているが、聞き取れない。まさか、死に際の言葉か!?
「大丈夫か!どうしたっ!?」
「お腹……すいた……御飯……ほし……い」
「………皆、行こうか。」
ただ空腹なだけのようだ。俺的には関わりたくないのでそっと立ち去ろうとした。だが、彼女はサスペンスドラマの被害者さながらに俺の足首を掴んできた。
俺は溜め息を吐きつつ魔法の鞄に手を入れ、袋を取り出した。
「今は食べ物はこれくらいしか持ってないんだよ。ごめんね。」
そう言って、袋に入ったパンの耳を差し出してやった。
「………チッ、しけてる。でも貰っとく。」
(はぁ!?何なの、コイツ!折角あげたのに今舌打ちしなかったか!?)
「は、ははは………じゃあね。」
本当に空腹で動けないのか、うつ伏せのままパンの耳を頬張る少女に苦笑しつつ、俺達は噂の人気店に向けて足を踏み出した。
着いたお店はビュッフェ形式の店だった。さすがに魔物2匹を店内で堂々と出す訳にはいかないので、ノア、フェイにはこっそり食べさせつつ、持ち帰って宿でゆっくり食べさせる事にした。ビーフかは分からないがローストビーフっぽいものやステーキからポテトサラダ、ピザトースト、フルーツまで様々な料理があり、久々に魚介系の料理から解放された気分で昼食を満喫することができた。
「ふぅ~、満足、満足っ!」
「うん、まあまあイケてたわね。」
「ですね。さすが人気ナンバーワンのお店です。多種類の料理でニーズに応えているにも関わらず、質も悪くありません。少し値は張りますが、これなら妥当な値段ですね。」
「んじゃ、そろそろ行きますか。」
食後のドリンクを飲んで落ち着いたので、店を出ることにした。
しかし、ここで問題が生じた。
「お客様、すみません。料金の方が不足しておりますが。」
「あれっ、三人ならこの値段ですよね?丁度ありますよ?」
どういうことだろう。誰か追加料金のかかる品でも頼んだのか?………あっ、この店、まさかのボッタクリ店か!?
すると、店員はテーブルの方を指した。俺達も示したその先に目を向ける。
「あちらのお客様の分が足りておりません。」
そこには先程の行き倒れ少女が、まさに食の化身と言わんばかりに料理を平らげている姿があった。
俺達はツカツカと彼女の元へ歩いていった。
「おい、なに他人の食事に便乗してるんだよ!」
「ぐもッ!むぐむがごがが──」
「あー、何言ってるか分かんないから。とりあえず飲み込め。」
少女は口いっぱいに詰め込んだ料理を胃袋に流し込むと、満面の笑みをこちらに向けてきた。
「もうお腹いっぱい。満腹、幸福、大満足!」
「なぁ、聞いてる?なんで俺達の勘定に君の分が含まれてるの?」
「さっき助けてくれた。今はこれしかないって言った。今はパンの耳で繋いで後でもっと良い物くれるってこと。違う?」
キョトンとした表情で首を傾げながら、彼女はこちらを見てくる。ここで「それ違うだろっ!」と突き放した場合、彼女は無銭飲食で捕まってしまう。それはそれで何か寝覚めも悪い。
ルー達も俺同様に呆れた、というか諦めたような顔で仕方なく会計を済ませるように手で促してきた。
「ありがとうございました。またの御来店をお待ちしております。」
結局四人分の会計を済ませ店を出た俺達は、立ち止まって少女に向き直る。
「今回のは仕方なく払ってやったんだからな!他の人にこんなことするんじゃないぞ!捕まっちゃうからな。」
「分かった。ありがとう、感謝感謝。」
彼女はコクコクと頷き、礼を言った。俺とはちょっと常識がずれているだけで基本は良い子のようだ。
「俺はアーサー。君、名前は?人族だし、この辺の子じゃないよね?親とかはいないの?」
「名前、クーデリカ。仲間はいない。一人。」
女の子の一人旅ってところか?あぁ、路銀が尽きて食料も尽きて体力も尽きたってとこだな。
「えっと、クーデリカ。こんなんじゃ一人旅も無理だろ。これからどうするんだ?」
「ん、大丈夫。もう一人じゃない。ゴハンにも困らない。」
「んん?さっき一人って……。」
「アーサー達がいる。一緒に行く。だから私の心配、必要ない。」
「………はぁぁ!?」
どうやらクーデリカの常識は俺達の常識とはかなりずれているらしかった。