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64 動き出す運命

「ハァ、ハァ、ハァ」


 とある森を一人の少年が走っていた。

 晴れ渡っていた空にはいつの間にかどんよりと雲が広がり、スコールのように激しい雨が降り始めた。生い茂った木の枝が駆ける彼の行く手を阻むように腕や顔に切り傷をつくる。ズボンにも泥が跳ね、彼が進む分だけ付着する汚れや傷が増していく。だが、それにも気付かない様子で彼は必死に走った。焦燥感を露にし、まるで何かから逃げるように。


「くそっ、盗賊に出くわすなんて最悪だ!何とか逃げないと。ハァ、ハァ、うわっ!」


 捕まってしまえば命の保証もない。しかし、焦りか、恐怖か、それとも疲労が原因なのか、彼は飛び出した木の根に足を取られ、ぬかるんだ地面に顔から滑り込んでしまった。


「いてて。ぐっ、足捻ったのか?くそっ、こんな時にっ!………ッ!?」


 躓いた際に捻ったのか、足首に痛みがある。思わず顔が歪むが、捻挫によるその痛みはすぐに頭の片隅に消えていった。状況がそれを許さなかったのだ。少年の背後からは嫌な気配が感じられた。


 振り返ると、来た道は鬱蒼とした木々に覆われ、更には土砂降りの雨で視界が閉ざされている。それでも捕食者に追い詰められる獲物のように、追っ手が近づくのが分かる。


 影はすぐに現れた。


「逃げられるわけないだろ?お前はこれから奴隷として売られるんだからなぁ。女の方が高く売れるんだが、まあ金になることには変わりねぇ。」


 そこには盗賊の男が数人いた。足が思うように動かない少年に盗賊の一人が近づく。


「くそっ、くらえ!」


 最後の足掻きとばかりに、彼は胸元に隠し持っていた吹き矢を放つ。空を裂く命懸けの一矢は偶然にも男の目に突き刺さった。


「ぐあぁぁぁ!目がぁ!!こ、このクソガキがぁーー!」


 血が流れ出る右目を押さえながら、激昂した男は剣を抜き、そのまま彼を斬りつけた。少年の肩口からはおびただしい量の鮮血が赤い雨となって降り注ぐ。


「チッ、この馬鹿野郎がっ!せっかくの金が水の泡だろうがっ!!ん?………そこにいるのは誰だ!」


 盗賊の頭は少年を斬った男を罵倒していたが、茂みの奥に気配を感じ、誰何した。


 茂みの奥から現れたのは、この雨を降らせる空と同じ灰色のローブで全身を覆った一人の人物だった。背の高さから大人ではないように見える。


(ダ……メだ……逃……げて)


 朦朧とする意識の中、彼はその人物が盗賊から逃げてくれる事を祈った。しかし、その願いは届く事はなかった。


 盗賊の一人が近づき、フードを捲る。


「うひょー!頭っ、上玉ですぜ!これは金貨五百はくだらねぇんじゃないっすか!?」


 フードの下からハラリと金の髪が流れ、肩口の高さで揃った。現れたのは白い肌に赤い目が映える、人形のような少女だった。


 男は上機嫌で振り返り、仲間の方を見た。仲間達も驚いた顔をしている。それはそうだろう。売ろうとしていた少年は斬ってしまったが、代わりに何倍も金になりそうな少女が飛び込んで来たのだ。小躍りしそうな男だったが、ふと違和感に気がついた。驚く仲間の表情が自分とは異なるように思えたからだ。


「どうしたんで?頭?」


「お前、手………」


「へ?………手?」


 盗賊の頭に言われて視線を落とすと、手首から先が消えていた。


「えっ、何っすか、これ?………か、頭っ!手、手が!俺の手が!俺の手は?手、手、手ぇ探し──」


 自分の手が消えてパニックに陥った男だったが、次の瞬間、その叫びと共に塵となって霧散した。

 再び雨音がその場に響き始める。


「風化したみたいに消えたぞ。………一体何なんだ、お前は!」


「か、頭、ヤバイって!はは、は、早く逃げんだよっ!……あれっ、足が動かねぇ!なんでだ!?どうなっ──」


 少女はゆっくりと前進し、邪魔な物を払うように軽く手で薙いでいった。降りしきる雨の中、一人、また一人と塵となって消え去っていく。その場にいた全てが塵となった後、感情のない深紅の瞳だけがその場にはあった。


 その頃にもなると、激しかった雨足もしだいに収まりを見せ始めていた。弱まる雨に打たれながら地面に臥せっている少年の霞む視界に、深紅の二つの光が近づくのが映る。しかし、彼にはもう声を出す力は残っていなかった。


(ぼやけて……ほとんど何も……見えないけど……無事み……たいでよかっ……た。)


 少女は彼に手を伸ばした。


「私は破滅の巫女。死にゆくあなたにせめて安らかなる終わりを。」


 耳もすでに聞こえなくなっていたが、彼女の思いが伝わったかのように、彼は穏やかな顔をした。雲間から陽光が射し込み、二人を照らす。


 そして、彼もまた塵となって消えていった。


「来世では良い生を全うできるよう祈ってあげる。」


 そう言い残して彼女もまた森の奥へと消えていった。


 雲が過ぎ去り晴れ渡る空は、何事もなかったように森を照らしている。彼が流した血も雨に洗われ、森での出来事は何もなかったかのように………。




 ***



「いやー、ひどい雨だったな。」


「なんでこんな急に降りだすのよ!ここ最近びしょ濡れになってばかりだわ!」


「この地域特有の天候みたいですね。これでは洗濯物がなかなか乾きませんね。」



 カドカニを出て数日、俺達は南の大陸最大の都市、ディオールに向かっていた。


 次の目標である土のアーティファクトの反応はレーダーから予想するに東の大陸の南側のようなので、別の目的である情報収集と人生の充足を兼ねての観光がメインだ。道中を修行をしながら楽しく進んでいる。


 しかし、カドカニを出てからというもの、スコールのように急に大雨が降るので、慣れない俺達は四苦八苦していた。


 そして現在、旅の途中で洗濯物を干していたのだが、まんまとびしょびしょにされたところだ。



「ちょっと、アーサー!服が透けてるからってそんなにジロジロ見ないでよ!」


 両腕を組むように胸を隠すルー。


「はぁ~。アーサー、またですか?いい加減自重してください。」


 溜め息を吐くセフィリア。



 ………おかしい。


「おい、ちょっと待て!俺、今あっち見てたよね?セフィリアさんも知ってたよね?二人して俺を変態に仕立てようとするのやめてくんないかな?大体セフィリアさんならともかく、ルーは胸ない………こともないです、はい。ごめんなさい。」


 おっと、口が滑りかけてしまった。ルーの手にはすでに小さな火の玉ができていた。

 それにしても、全くの冤罪で俺に変態の称号でも取らせようというのだろうか。俺達は最近よく降るスコールの度にこんな感じのやり取りだ。セフィリアに至っては、馬車内に洗濯物を干しながら棒読みのように俺を罵る台詞を口にしている。まるで主婦のようだ。



 ぬかるんだ道を馬車で進みながら、会話は続く。


「最初に会ったときから思ってたんだけど、アーサーは私に魅力を感じないの?こんなに美少女で天才なのに………おかしくない?計算では今頃アーサーは私にメロメロなんだけど。」


「いやー、最初は死んだばかりな上に殺されるかもと思ってたし。最近は………慣れ?慣れって怖いよね~。」


 慣れという言葉にルーはショックを受けたのか、膝をついてしまった。


「慣れ……だと?まさか、私の計算が狂うなんて。そんな想定はしてなかったわ!………あっ、でも慣れたってことは、これで私がいなくなったらたぶんアーサーは私への愛に気づくことになるわね!」


「ふっ、ルーテシアくん。君の間違いを指摘してあげよう。人の営みはそう簡単に計算では語れないものだということを!でも、失って初めて気づく気持ちか~。どうせなら失う前に気づきたいよね。」


「なら、は、や、く、気づいてよっ!」


「はいはい、善処しますよ。」


 二人して馬鹿なことを喋っていると、セフィリアが声をかけてきた。



「お二人とも、見えてきましたよ。ディオールが!」


「本当ですか!?」


「えー、どこどこ~?」


 馬車から顔を出し、前を見ると、雨はいつの間にかあがっていた。そして、陽が照らす遠く先には大きな街並みが広がっていた。


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