61 勇者の帰還
アリアスのバリアをくぐり、俺達は街の入口で亀から降りる。どうやら亀が大きすぎて街中へは入れないらしい。亀を戻すためにシャルアとは一旦別れ、俺達は仕方なく海皇の城アクアパレスまで大歓声の中を歩くことにした。
道の両サイドに市民が集まり、兵がそれを押さえる。さながらパレードのような構図になってしまった。
「キャー、きっとあれが勇者様よ!なんて凛々しいの!」
「勇者様は女だったのか?だが凛々しいだけじゃねぇ。首のフワフワでエレガントさをアピールしてる。立ち姿だけでも絵になるな。」
「それより隣の美少女だろ!胸はあれだが、まるで美の結晶だ。あれが地上人の本気か!?」
「どうかお名前を~!」
「もう一人の男の子は………見た目は普通だな。他よりもまだ子どもじゃないか?従者ってやつか?」
「お母さんっ!たぶん本当はあの子が勇者様で、これから覚醒してイケメンになるのよ!そして私を迎えにくるのよ!どうしよっ!?」
「この子ったら夢見すぎよ。しかもそれ、この前見た舞台の話じゃないの。『マリンクエスト』略して『マリクエ』だったかしら?」
中央を歩く俺達の耳に、様々な観衆の声が入ってくる。概ね外見からセフィリアが勇者だと思われているようだ。たしかに、セフィリアにはそれっぽい風格はあるし、恥ずかしがらず堂々としている。ルーも特に気にした様子もなく、昔とった杵柄か、アイドルっぽく愛想を振り撒いている。一方、俺はこんな大観衆の前に立つ経験などなかったので、少しぎこちない笑顔を浮かべて歩を進めている。
どこか見せ物のようになりながらアクアパレスへ続く階段に着いた。階段を昇りきると、アクアパレスの入口で海皇サリューアと海神の巫女ソフィーラが出迎えてくれた。
「サリューア様、無事に終わりましたよ。」
「そうかっ!よくぞ災いを退けてくれた。礼を言うぞ。疲れておろうが、先に事の顛末を聞かせて欲しい。」
「会議室へご案内しますわ。」
報告を行う事となった俺達は、着いて早々だが、ソフィーラを先頭に会議室へ向かう事となった。
会議室へと入り、各々がイスに腰掛ける。
「お前たちが消えてからどうなったのだ?あの男や大怪魚は?」
転移してからの展開やケリアン・ブラッキオとシリシリグランが死んだ事を話した。
「話を聞いているだけでも凄まじい戦いだったようだな。無事で何よりだ。ところで、アーサーの力が目覚めて戦況ひっくり返ったとかはないのか?」
「いえ、そんな話はないですよ?特に、全く、欠片も、全然、これといって何も、目覚めてませんが?」
「なっ………バカな!?この前の舞台では、勇者はピンチになると力に目覚め、形成逆転していたぞ?」
「サリューア様、ですからそれは紙の上でのお話ですわよ?現実を見なきゃダメですわ。」
何だろう。さっきからそんな話をちらほら耳にしてる気がするのだが。俺は気になったので聞いてみた。
「さっきから気になっていたんですが、この街の人ってどこか勇者に強くて憧れてないですか?先程も舞台だのなんだの言ってましたが………。」
「ん?ああ、この海底都市には物騒な予言があっただろ?今日現実となったが、それまでのアリアスは至って平和だった。いや、退屈すぎたのだ。危ない時でも魔物程度だし、バリアは鉄壁。たまに地上人が遊びに来るくらいしか変化が無いのだ。そこで先人は考えたのだ。このままでは予言が廃れるかもしれない。ならばもし予言が起きたらという架空の話を作って、皆の意識に浸透させればどうか?そこから娯楽のない海底に新たな楽しみが生まれたのだ!」
歴史小説や大河ドラマみたいなものだろうか。面白い話で興味を持たせたのだろう。
「その話を役者が演じる舞台なるものが、最近のアリアスではブームなのだ!」
(ファンタジー世界でファンタジー小説が流行っているってことか。なんだそりゃ。シャルアが言ってたタイトルもこういう話の事だったのかな?)
「………このオタク共──ふがっ」
「そ、そういえば、水のファクターさんはいつ戻るの?たしかソフィーラの双子のお姉さんだと言ってたけど。」
ルーが海皇まで罵倒しそうだったので、咄嗟に口を押さえて話題を変えた。
「現在、姉は海神様の社におりますが、もうそろそろ帰ってくると思いますよ。」
「奉納だっけ?巫女の仕事とか詳しくないんだけど、それってどんな事をしてるのかな?」
「奉納は海神様へ魔酒を納め──」
バンッ!
ソフィーラが奉納について説明を始めたその時、会議室の扉が勢いよく開かれた。
「こんなところにおったのかぁ!ただいまなのじゃー!」
現れたのは、ソフィーラの幼少期を思わせる顔立ちの幼女だった。
「誰、この子?ソフィーラの顔そっくりだけど………もしかしてソフィーラの子ども?」
「むむ?お主こそ誰じゃ?見慣れぬ顔じゃが?」
目が合った瞬間、俺と幼女の間でバチバチと謎の火花が散った。
しかし一瞬の緊張感はどこへやら、ソフィーラが割って入り、幼女の頭部へチョップが見舞われた。
「ぐおっ、何するのじゃっ!ソフィーラ!」
「ダメでしょ、お姉ちゃん!初対面の人を威嚇しないのっ!」
子どもを叱りつけるように、人差し指を立てて幼女に言い聞かせるソフィーラ。
「何だ、お姉ちゃんか。俺はてっきりソフィーラの子どもかと思ったよ。そうだよね、ソフィーラに子どもなんてまだ早いよね!………え、今なんて?」
俺の聴覚はおかしくなったのだろうか。ソフィーラはこの子を姉だと言ったような………。俺は難聴キャラになった覚えはないんだが。
「紹介しますわ。私の姉ナディアです。」
「うむ、妾は海神様の巫女にして、水に愛されし者。ソフィーラの姉のナディアじゃ。で、お主らこそ何なのじゃ?」
どうやら聞き間違えではなく、この子がソフィーラの姉、つまり水のファクターというやつらしい。それにしてもソフィーラとは体型も全然違う。双子の姉のはずでは?
「双子の姉なんだよね?この子は顔も幼いし、どう見てもまだ子どもだよね?ソフィーラみたいな豊満な胸も柔らかい物腰もないし、似てないよ?」
「ぐぬぬ~、子ども子どもと、さっきからお主失礼じゃぞ!お主らこそなんなのじゃーっ!」
「ナディア、落ち着くんだ。彼らは地上からの来訪者だ。そして、彼が予言の者だよ。」
サリューアがいきり立つナディアを宥め、俺達の説明をする。俺は会釈するが、それを聞いたナディアはキョトンとした顔で固まってしまっていた。
「アーサー様、すみません。ナディアは双子の姉ですが、私とは似てないのですよ。幼い頃はそっくりだったんですが………。」
「成長が止まったんですか?まさか呪いとか?」
「そんなものないのじゃ!きっと背も胸も良いところは全部ソフィーラに持っていかれたのじゃ。妾は可哀想な女の子なのじゃ。………でも、これでもう安心じゃな!」
二人を見比べると、ソフィーラに全部持っていかれたと言われればたしかに納得かもしれない。双子といっても似ているとは限らないしな。
だが、最後の言葉は理解できない。
「ナディアが可哀想かどうかはさておき、なんで安心なんだ?」
ナディアは顔を赤らめながらもじもじし始めた。
「いきなり呼び捨てとは、せ、せ、せっかちな勇者様じゃ。お主が妾をめ、娶ってくれるのじゃろ?」
唐突に何を言っているのだろうか。ソフィーラの思考回路にもついていけない事はよくあるが、ナディアの方はぶっ飛んでいるようだ。
サリューアが苦笑しながらも説明してくれた。
どうやら予言をネタにした小説や舞台では、災いから街を救った勇者が出会った女性に一目惚れして結婚するハッピーエンドが主流らしく、女の子はそのシチュエーションに憧れているらしい。しかもナディアの場合、同年代からはその容姿から見向きもされず、予言の勇者が一縷の望みであるそうだ。
「妾もアーサーと呼んでもよいかの?」
ちょっと面倒な展開になってきた。この場をどうやって切り抜けようか。
「それはいいんだけど、俺ロリコンじゃないよ?俺の中では成人女性以外は基本的に違法なんだよ。ごめんね。」
「がーん。………くっ、でも妾なら合法ロリじゃぞ?レア属性じゃぞ?それに大事なのは容姿よりも心だと思うのじゃ。バッサリ切り捨てずとも少しずつ妾を知ってくれればよいのじゃ。お願いなのじゃ……ア、アーサー。」
「分かったよ。ちょっと頭を整理させてくれ。サリューア様、休憩いいですか?ちょっとトイレ行ってきます。」
展開が急すぎて頭が回らなくなってきた俺は、休憩を無理矢理挟んでトイレに向かった。
アクアパレスのトイレは現代日本に似ており、ちゃんと男女で別れた、清潔感溢れた空間になっていた。
肩幅に開いた足の中央から疲労と共に老廃物を押し流す。そして、解放感と共に一時の安らぎが全身を包む。
「ふぅ~、全く何がどうなったらあんな答えになるんだ?これからどうしようか。」
「なんだかお悩み中っすね~大丈夫っすか~?」
「あぁ、そうなんだよ。やっと戦いも終わって帰ってきたのに変な女の子が登場したり、結婚がどーだとか。もうよく分からん!」
「アーサー様も大変っすね~。」
「海底都市に来てから、もう意味不明の展開ばかりだよ。………えっ?」
用を足しながら、俺はリラックスした気分で独り言を呟いていた。なんだか会話しているように言葉が出てくる。全てを出し尽くし、部屋へ戻ろうと横を向いた時、俺は隣に人がいることに初めて気がついた。それは男子トイレにはいるはずがない人物だった。
「うおっ!おま、なんでお前がいるんだよっ!シャルア、お前はこっちじゃなくてあっちだろ!?」
それは先程まで一緒だった開発少女。黒髪ポニテの小麦肌の少女。シャルアだった。
「なんでって、僕はこっちっすよ?ほら。」
「………。」
向けられた物。それはまさにシャルアが男である証拠だった。リラックスして体も頭もスッキリしたところだったのだが、シャルアが突きつけた証拠は俺の思考を完全にフリーズさせるには十分だった。