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60 甲羅の中身

 ムシャムシャボリボリ………ゴクン。


 咀嚼音がダイレクトに伝わってくるのは、思いの外恐怖を煽るものだった。


「マジで何なの?何食ってんの、この亀?」


「あー、気にしないでください。たぶん好物のマグマグがいたんすよ。」


「いや、気になるでしょ、この咀嚼音は!マグマグって何?聞いたこともないし。」


「マグマグ知らないっすか?ほら、アレっすよ。脂がのって美味いっすよ?」


 目を凝してよく見れば、薄暗い海中をマグロに似た魚が群れで泳いでいた。シャルアが言うマグマグとはこの魚のことらしい。亀は魚群に向かって大きく口を開いては次々と糧にしていく。


「亀の癖に肉食系?ていうか、これはもう暴食系かしら?」


「そういえば、俺の知ってる亀の甲羅って実は骨なんだけど、交換できるってことはこの亀は亀じゃなくて別の生物なのかな?それともこの世界の亀は皆違うのかな?」


「それはどっちでもいいです。アーサー、現実から目を逸らそうとしてませんか?今気にするのはそこじゃないですよね?こんな危険生物に乗ってて大丈夫かってことですよね?」


 今の気持ちを例えるなら、虎や熊に跨がってる感じだろうか。調教されているとしても一歩間違えばパックンチョされそうな気分だ。そんな不安を頭の隅に追いやろうとしたのに、セフィリアに容赦なく突きつけられてしまった。

 沈黙の中延々と響く咀嚼音を背景に、俺達の訝しげな視線がシャルアを一斉に射抜く。


「やだな~心配御無用っすよ~。この子はそんな獰猛じゃないっすから。ちょっと食いしん坊なだけっすよ~。あっ、ほらほら、光が見えてきたっすね!もうそろそろ着くっすよー!」


 無理矢理に話を逸らされた感は否めないが、前を見ると、たしかに深海の暗闇の中、遠くに仄かな光の輝きが見えてきた。



「魔物の群れはどうする?奴らが邪魔でこのままじゃアリアスに入れないぞ?」


「そうね。いつまでも海中に居たくないし、とりあえず魔法で一掃して道を切り開くわ!」


 アリアスの灯りが近づくにつれ、その周囲を覆う魔物の影も見え始めていた。


「それならその水晶を使うっすよ。」


 シャルアが指差したのは、部屋中央の台座に置かれた水晶だった。これは甲羅が透明になった時に使っていたものだ。


「これに魔力を込めれば、魔力砲も撃てるっす。」


「そんなナイスな物まで完備してるの?シャルア、あなた出来る子だったのね。………それじゃ早速やるわよ!」


 褒められたシャルアは嬉しそうに水晶に手をかざした。どうやら魔力砲を準備するようだ。


「主砲発射用意っす!さあ、ルーテシアさん。魔力を流すっす。」


 シャルアの号令に亀は動きを止めた。砲身が見当たらないがどこから発射されるのだろう?疑問に思っている中、ルーが魔力を流し始めると同時に亀が大きく口を開いた。

 そして………


「発射ーっ!」


 ルーの掛け声で亀の口から強力な砲撃が放たれた。シリシリグランのレーザー砲のようだ。魔物の群れが次々に焼け爛れて殲滅されていく。


「これ凄いわよ!見て、アーサー!魔物がゴミのようだわっ!」


「その台詞、もしかしてルーテシアさんも好きなんすか?『大海溝の城バミュダ』!僕も好きっすよ~。いやはや、こんなところに同志がいたとは。最近は『深海の巨人』とか『海人21面相の娘』とかもいいっすね。でもやっぱり『深海記ヤバンゲリヨン』が一番っす!ルーテシアさんはどうっすか?」


 急に生き生きと語り始めるシャルア。俺達には全く馴染みのないタイトルを列挙しているようだが、映画とかだろうか?なんとなくシャルアからオタク臭がするのだが。


「全く何を言っているのか理解不能だけど、あなたと一緒にしないで欲しいわね。」


 シャルアに貶められたような感じで熱が冷めたルーは、それから淡々と魔物を凪ぎ払い、進路確保どころか全滅にまで追い込んでしまっていた。


「一人で全部倒しちゃったな。これにて終結、か?」


「はぁはぁ………誰がオタクよ。そんな台詞知らないってゆーの!」


 魔力を消費しすぎたルーは、肩で息をしながら納得いかないといった語調だった。普段から魔法少女とか言ってる上に、リアル魔法少女が存在する世界ではオタクもクソもないと思うんだが。


「同志じゃなかったっすか。これは失敬っす。でもアリアスじゃ有名なんすよ?一度見てみるといいっす!じゃあ、そろそろ帰還するっすか。」




 最後の関門であった魔物の群れも拍子抜けする程あっさり片付いてしまったわけで、アリアスへの帰途で俺は考え事をしていた。


(もしかするとラストまで市民一丸となった死闘になるかもと構えていたんだが、なんかグダグダに終わっちゃった感じだな。でもルーがいなけりゃ今回確実に死んでたよな。下手すりゃ都市ごと吹っ飛んでたかもな。)


「ルー、ありがと!」


「な、いきなり何よ!?びっくりするじゃない。何か企んでる?」


 突然の俺の言葉に、ルーは驚いてどぎまぎしている。


「ははっ、何も企んでないよ。今回ルーがいなかったらこんなに無事に終わらなかったと思ってさ。ルーだけじゃない。皆がいたから誰も死なずに済んだんだよな。命懸けの戦いだったんだなと考えたらお礼言いたくなったんだよ。」


「そういう事ですか。では戦いに身を置く者として、先に一言言っておきましょう。私達は望んだ行動をして今ここにいます。ですので、仮に誰かが死んだとしても、それは望んだ行動の結果の死です。つまり皆覚悟を持って戦いに臨んでいるということです。アーサーはその点が足りてないかもしれませんね。自分が死ぬ覚悟も、仲間が死ぬ覚悟も。」


 セフィリアは聖騎士として戦場では優秀であり、様々な経験をしてきたのだろう。騎士の見習いに聞かせるように、この世界の在り方を俺は諭された。


「命を軽んじるということではありませんよ?この世界は常に死と隣り合わせということです。その手は、剣は何の為に振るうのですか?仲間を失いたくなければ強くなりなさい。自分の道を切り開きたければ強くなりなさい。そして、後悔しないように行動できる力をつけてください。」


「その通りだと私も思うわ。にしても、その結果、セフィリアは聖騎士脱退してこんな旅してるの?本当にバカね。」


「ふふ、いいんですよ、これで。これが私の人生を賭けるものだと思っていますから!それに守りたい仲間も増えましたしね。」


 そう言ってセフィリアは肩に乗っているフェイを撫でた。


 セフィリアの言葉を反芻する。剣や魔法を覚えてきたが、これまで戦いで仲間が死ぬかもなんて、俺は考えてもこなかった。皆強いし、大抵の事はどうにかなると思ってきた。不意に考えた『もしルーがいなければ』という状況が今回でなくて心底良かったと思う。


「………そっか。うん。ありがとう、セフィリアさん。本当の意味で理解は出来てないかもだけど、少しスッキリしました。」


「いえ、命の重みを考えることは大切なことですから。旅はまだ始まったばかりです。戦いにどう向き合うか、自分自身の答えをこれから見つけていくと良いでしょう。」


「今は私達が守ってあげれるけど、アーサーにはもっと強くなってもらわないといけないしね!これからアーサーの力が絶対必要になるから。」


「うん、大丈夫。分かってるよ。」


「えっ?分かってるってどういう──」

「そろそろ到着っす~!」


 予想とは違う返事にルーは身を乗り出してきたが、シャルアの到着の声に遮られてしまった。


「うるさいっ!今大事な話してるのっ!」


「え、えぇ~!?」


「まあまあ。ルー、落ち着いて?それについては城に着いてから後で話すよ。」


「……分かった。後で話してよ?絶対よ?」


 ルーが渋々ながらも納得した後、俺達は大歓声に満ちたアリアスへと到着した。

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