59 もしもし、亀よ
開いたゲートを抜けると、そこはカドカニの街近くの海辺だった。
「ここに迎えが来てるはずね。」
海底都市へは転移魔法陣で行ったので、自分の足で行った位置情報が必要になる転移魔法『ゲート』は使用できなかったのだ。
「あれかしら?」
見ると、海が盛り上がるように大きな半球が浮上してきた。
「でかっ!?えっ、亀の甲羅?」
「まさか。さすがにこんな大きな亀いないでしょう。」
そんな話をしていると、甲羅らしき物の前にちょこんと海面から頭が現れた。
「………本当に亀じゃないですか!まったく、非常識な大きさですね。」
「アーサーの世界で知ったんだけど、深海って結構予想だにしない生物が多いらしいわよ?まあ、巨大魚や巨大蛸もいるみたいだし、巨大亀もアリなんじゃない?海って不思議よね~。」
現れた亀はまだ甲羅部分と頭しか見えていないが、それでも余裕で数人を一気に丸飲みできるような巨大さだった。
俺達がその大きさに驚いていると、亀の方から拡声器越しの声が聞こえてきた。
「ちわーっす、あなた方がアーサー様御一行っすか?」
「あぁ、そうだけど。迎えの人?」
「そーっす。ちょっと待っててくださいっす!」
そう言って声は途切れた。
波の音をBGMに待つこと数十秒。すると、なにやらカチャッとロックが外れるような音が辺りに響いた。
「お待たせっすー!」
「うん、来てくれてありがとう………って、ちょっと待てー!お前どこから出てきてんだよっ!!」
まるで潜水艦のハッチのように、甲羅の頂上部分がカパッと開いていたのだ。そこから頭を出して手を振るのは黒髪をポニーテールにした小麦色の肌の女の子。まさしく南の島とかでイルカと戯れてそうな少女だった。
「どこからって、えっと、ここから出てきたっすけど?………あれっ、何かマズかったっすか?」
少女は俺達の困惑に不思議そうな顔で返す。うーん、俺達の反応が間違ってるのか?
「よく分からないっすけど、とりあえず皆待ってるっす。早く乗るっすよ!」
そう言って俺のツッコミをサラッと流すと、亀の頭を俺達の方へ伸ばし、甲羅まで歩けるようにしてくれた。
「仕方ない、乗るか。」
俺達は亀の首の上を歩き、甲羅の上に登る。登りきるとそこには穴が開いており、下に降りる梯子が取り付けられていた。
「ささっ、ここから中に入るっすよ~!」
(これ、もう亀じゃないよね。)
そんな事を思いつつ、少女に促されるままに梯子を降りていく。降りた先は広い空間になっており、どこか司令室にも似た雰囲気になっていた。
「なんじゃこりゃっ!」
「亀の甲羅ってこんな風になってるんですね~初めて知りましたよ。」
「セフィリア、普通の亀の甲羅には入口も部屋も無いわよ?」
「………ですよね~。知ってますよ。じゃあ、これは一体?」
俺達が内部の構造に仰天していると、少女が俺達の後から降りてきた。
「んじゃ、行くっすか!いざアリアスへ出発っす!」
少女の言葉で亀は海中へ潜り始めた。そして、少女が中央に置かれた水晶に手をかざすと、なんと甲羅が透けて海中が見えるようになったのだ。
「すっげーな。」
「まさに海中散歩ね。」
天然の水族館というか、海中のプラネタリウムというか。その光景には感動を覚えてしまう。
鮮やかな、色とりどりの魚達に太陽の光が差し込み、陰影がその時々によって違う表情を造っていた。
「驚いてくれたっすか?僕はシャルアって言います。アリアスの開発担当やってるっす。」
「アーサーだよ。よろしくね、シャルア。」
「セフィリアです。」
「神が残したラストインパクト、超絶美少女ルーテシアよ!あと、こっちがノアでこっちがフェイよ。」
「ホント御綺麗っすね!ヤバいっす!興奮するっす!!」
ちょっと問題発言が聞こえた気もしたが、とりあえず今は全力でスルーだ。ツッコミ所が多すぎる。自己紹介も大事だが、シャルアには聞きたいことが山程出来てしまった。
「シャルア、海底都市の状況は?無事なのか?」
「えぇ、問題ない!っす。」
椅子に腰掛け、机に肘をついて顔の前で指を組む司令のようなシャルアの姿はどこか既視感が半端ない。
「………無事ならいいんだ。でも魔物の群れに襲われてるんじゃ?」
「そーっすよ。ですから皆で守りに専念してるっす。最初は皆で魔物と戦ってたんすけど、攻めるのはちょっと厳しくて。バリアは鉄壁なので今頃は皆、予言の勇者様の戦う姿が見れるぞーって楽しみにしてるはずっす!」
たしかに出る時に、攻めるのが無理なら俺達が戻るまで守るようにとか言ってた気はするが………なんかハードル上げられてないだろうか?期待が無駄に重い。
「いや、勇者とかそんな大それた者じゃないぞ?俺は一般人たぞ?」
「おぉ~本物の勇者は違うっすね!どこまでも謙虚っ!そして自分に力はないと言いながらも、ピンチになると目覚めるんすよねっ!ヤバいっす。悶絶級っす!!」
自分の身を抱き締めながら一人妄想の世界の住人と化したシャルアに、俺達はげんなりした顔を見合わせた。たぶん同じ事を思ったはずだ。
やっぱりコイツも変人かっ!と。
何を妄想しているか知らないが、一旦シャルアを現実に呼び戻し、疑問に答えさせた。
まずはこの亀。これはジャイアントタートルという生物らしいが、その亀の甲羅を特注の甲羅に取り換えたのだそうだ。それは前の潜水ヘルメット同様に地上から来る予言の者が海中で移動できるようにとの事だった。つまりは生きる潜水艦のだったのだ。
「よく考えたら、海中でも自由な海人にはこんなの必要ないもんな。それにしてもシャルア達は凄い物作ったな!」
「アーサー様に誉められるなんて至上の喜びっすね。ちなみに地上人対応の道具は全て僕のアイデアを元にしてるっすよ。」
「じゃあ、あのヘルメットも?」
「もちろんっす!自信作だったんすけどね~海人には好評だったんすけどね~どこがお気に召さなかったんすかね~………。」
(全部だよ、全部!こんな凄いもん作れるのに、それと比べるとアレは明らかに手抜きだろっ!)
そう思ったが、どんどん遠い目になっていく小麦色の黒髪ポニテ少女に追い打ちをかけるようなマネは俺にはできなかった。
「全部よ、全部っ!こんな最先端っぽいのを作れる技術があって、なんでアレはあんなにレトロなのよっ!もっとスタイリッシュな物作れたはずでしょ?時代遅れでセンスのかけらもないわよ!やる気あるの?」
かわりにルーが容赦ない追い打ちをかけたわけだが。シャルアはその言葉に胸を刺されるかのようにグサグサと精神的ダメージを負っていく。
「シ、シンプルイズベストという言葉がありまして………あれは強化ガラスを用いた全方位曇らない感じで仕上げたんすよ。」
(シャルア、馬鹿っ!それ以上はお前の精神力が持たないぞ!)
「だ、か、ら、あんなのダサいし、使い難いし、危険度高いし。ホントに没でしょ!もっと空間拡張利用した超小型のボンベとか色々作れるでしょうが!」
ぐはぁ、とトドメを刺されたようにシャルアはついに膝をついてしまった。するとルーが何か視線を送ってくるのが目に入った。俺はその意図を汲み取り、シャルアに優しく声をかけた。
「アレはちょっとあれだったけど、これは凄いじゃないか!これがなかったら俺達、息止めて深海に潜らなきゃならなかったし、何より潜水艦なんて格好いいじゃん!もしかしてシャルアは天才か!?」
「ピキッ!」
「このアイデアは初めてアリアスに来た人間を参考にしたっす。助けたジャイアントタートルに連れられてアリアスに来たんすけど、息が続かなくて死ぬとこだったらしいっす。そこで地上への転移魔法陣ができたんすよ。」
「シャルアはまだ地上の人間を詳しく知らないだけですよ。だからもっと知っていけば、これからより良い開発ができるはずです。頑張りましょう!」
「キュッキュー!」
「私の言いたいこともそういう事よ。」
「み、皆さん………感動したっす。僕、頑張るっす!これからももっと良い物作るっす!」
シャルアの信頼度が上昇した。これぞ困った時の飴と鞭作戦である。泣きそうだったシャルアは、希望を見つけたように明るい笑顔になっていた。ルーの顔も「チョロいわね」と言わんばかりの悪い顔になっている。
そうして、俺達は深海へとひた進む。
どんどん光が薄くなる中、突然亀が大きな口を開けて勢いよく何かを噛みちぎった。
「えっ?」
眼前に広がる濃紺の海中が、血で一気に真っ赤に染まる。
「あの………亀さん?もしもーし?」
静寂の深海に囲まれる中、大きな咀嚼音だけが甲羅の中に響いていた。