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57 仲間との一歩

 再び立ち上がった俺は、ノアとフェイと共にケリアンの元に歩き出した。


「フェイはこれを頼む。いくぞ、ノア!」


 フェイは小瓶を抱えてその場に留まり、俺とノアはさらに前へと歩を進める。


「セフィリアさんは一旦離れて!こいつは俺達が相手します。」


「アーサー!?」


「このイカレ科学者っ!もう俺を倒したつもりか?やっぱお前には一発入れとかないと気が済まないんだ!かかってこいよっ!!」


 俺の言葉にセフィリアは困惑した様子だった。それも当然の反応だろう。俺がこんな化け物じみた相手に敵うはずもないのだから。


 だがそれは、一対一ならば、の話だ。


「おぅ、イカレ科学者とは嬉しい事いってくれるじゃねーか。まずはオメェから実験終了してやるよー!」


 そう言うと、ケリアンの姿が消えた。しかし、俺の目も慣れてきたのか、少しはケリアンの動きを捉えることができていた。


 目の前に鋭い爪が迫る。


「アーサーッ!逃げてくださいっ!!」

 

 焦るようにセフィリアが叫ぶ。


 だが、俺はヤツに向けて微笑を浮かべてみせた。


「とりあえずいっぺん謝っとけ!!」

「『ピキキピーキーッ』!」


「ぐおっ!?」


 俺への猛威は眼前でガクンと地に落ちた。


「くっ………何………だ?体が重………い。」


「重力魔法さ。あいにく俺はまだまだ発展途上だからね。仲間と共にお前を倒すことにしたんだ!」


「ピキッ!」


 俺の背中からノアが顔を覗かせる。


「スライム………だと!?何故スラ……イムが……魔法を使……え……る………?」


「ウチのノア嘗めんなよっ?それから俺もなっ!」


 重力に抗い、立ち上がろうとするケリアンに、俺は剣を振るった。


「くらえっ!シャドーブレイクッ!!」


 旅の途中で身につけた俺の唯一のスキル。それを全力で放つ。だが振り降ろされた剣に対し、ケリアンは腕を前に出して受けの構えをとった。


「気持ち悪ぃ剣閃だな。ぼやけてやがる。だが遅ぇし、ヌルすぎだ!そんな技でオレに傷をつけられるとでも思っているのか?」


 腕を覆う緑の鱗と鉛色の剣がぶつかる。ヤツにはそう見えただろう。その直後、剣が揺めき、腕をすり抜けた。


「ゴフッ。なに……ぃ!?」


 剣が腕の下の、鱗を持たない胸を切りつけた。



『シャドーブレイク』は気配遮断を組み合わせて生まれたスキルだ。スキルは通常だとマナを収束させることで発動する。気配遮断は相反する行為なので、普通は組み合わせてもスキルには昇華しないというのがセフィリアの話だ。俺のその独特なスキルには剣筋を誤認させる効果がある。


 俺は返す刃で切り上げた。ケリアンの身体から血が吹き上がる。


(く、浅いか!?なんでこんな硬いんだよ!!)


 手応えはあるが、硬さがあり、大きなダメージを負わせられなかったのが理解できた。

 だが、それでもいい。その間にフェイがセフィリアに小瓶を渡している。それはポーションと呼ばれる回復薬だ。


 血だらけのセフィリアだが、どうやらポーションの効果で傷が癒えたようである。苦しそうな表情が消えている。



「感謝します!ヤツは………攻撃はあまり効いていないようですね。竜と同じ力と言っていましたが、比喩ではなく、どうやら竜をその身に取り込むのがあの薬だったようですね。」


「つまりヤツは今、人型の竜ってことですか?それ、シャレになってないですね。」


 思わず苦笑した。


 この世界の竜がどれ程強いかなんて俺は知らない。しかし、竜はどの世界でも竜。強い存在であることに違いなかった。



「私の絶対領域でもヤツのマナの流れが激しすぎて弱体化が追いつかなかったようです。戦況は極めてマズイですね。」


「………俺に作戦があります。セフィリアさんは絶対領域でヤツのマナを全力で削いでください!コイツが効くかもしれません。」


「そういう事ですか。やってみましょう!………チッ!」


 むくりと起き上がったケリアン。体からは赤いオーラが吹き上がっている。


「くそが、くそったれがぁーー!!こいつでお前らまとめて終わらせてやる!」


「それは、まさか!?」


 その赤い鎧のようなオーラは以前にも目にしたことがある。武術祭決勝でガディウスがセフィリアに見せた『竜闘気』、それと酷似していた。


「竜の肉体になるとマナが溢れてるからな。丁度いいスキルを耳にしたんで使ってんだよ。」


「竜闘気。ドラゴン狩りも使っていましたが………それとは違うようですね。これならどうにかなりそうです。所詮は紛い物の力。戦闘に明け暮れる彼のそれとはまるで似て非なるものです。」


「じゃあ、その命で試すんだなっ!!」


 ケリアンが圧倒的力でもってセフィリアに押し迫る。セフィリアは絶対領域をフル稼働させつつ、防御に徹することで次々と受け流していく。聖騎士隊長の名は伊達ではなく、その洗練された動きは演舞のように流麗であった。


「何で当たらねぇ!パワーもスピードもオレが勝るはずだ!!」


「さっきも言ったぞ?動きが単純だ、と。貴様は所詮は学者。戦士のそれとは別なのだ!どんなに基礎能力が上昇しようとも、それまでに積んできた経験の重みまでは補うことはできん!!」


 全開の絶対領域がチリチリと赤いマナの鎧を剥がしていく。


「貴様はガディウスとは違い、自身の膨大なマナを纏っているにすぎない。ならば、その全てを削ぎ落とす!」


「くそがっ!それならその前に片付けるまでだー!!」


 さらに速度を上げ、荒々しく爪を振るうが、セフィリアはどうにか紙一重で捌いていく。 だが、全力での絶対領域の発動は消耗が激しいのか、徐々に疲れが見え始めていた。



「俺も忘れんじゃねーよ!」


「ぐっっ!」


 気配を完全に消して近づいた俺は、ケリアンの腹部へ横凪ぎに剣を振った。その一撃は鱗に阻まれたが、そこに完全な隙が生まれた。


「今だ、ノアッ!」


「ピキーッ!!」


 ノアはそのわずかな隙をついて『射出』をした。高速で飛来するそれは、口の空いた酒瓶。中には銀色の魔酒が入っている。島で魔法陣に使った魔酒の残りだ。


「この量ならお前もイチコロだろ!?」


 ケリアンの口目掛けて射ち出される瓶。それが口に入ると思われたその時、危険を感じとったのか、ヤツはその硬い手を振り、瓶を砕き割った。

 眼前で割られた魔酒は、ケリアンの口には入らず体へと降り注いだ。ケリアンの体が銀に濡れる。


「くっ、失敗………か。」


「何だ、この液体は?口に入るとヤバかったのか?そりゃあ悪いことしたな!キャハハハハッ!!」


 俺の落胆の深さに、ニヤニヤとしながらよろけた体勢を立て直すケリアン。


「お前さっきからいろいろと鬱陶しいよな?ほんと邪魔だなっ!てめぇから先に死ねぇー!!………何だ、これは?」


 俺は首を掴んで持ち上げられ、胸を貫かれようとしていた。しかし、構えられた爪先はその寸前で止まる。

 同時にヤツの纏う赤いオーラが消えていった。


 突然の事態に動揺したケリアンは掴んでいた俺を手離し、一歩飛び退く。


「力が………消えていく!?お前、何をしたぁーーー!!」



 その時、ルーの戦っている方角で動きがあった。視界に入ってきたそれは、燃え盛る太陽のような、恐ろしいほどに赤で満ちた空間だった。

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