54 影の正体
ゴォーーン!
突然の衝撃音とともに地面が揺れた。
「何だ、今の音はっ!?」
俺達は急いで城の外が見えるバルコニーへと出る。
城は一段高い位置にあり、バルコニーからは都市が一望できた。都市の周囲は透明な膜でドーム状に覆われており、海底だというのに太陽光が届いているかのような明るさだった。マスターの言っていたバリアとは、あの膜のことだろう。
城から離れた位置、見上げたバリアの向こうに大きな影が見える。さっきの揺れはあれが原因か?そう思っていると拡声器で喋っているような声が海底都市全域に響き渡った。
「海人のみ、な、さーん、聞こえまぁすかー?」
少しイントネーションに違和感のある、間延びした男の声が聞こえる。
「わたーしは、マーッドゥな、サイエーンティストゥー、ケ・リ・ア・ン・ブ・ラ・ッ・キ・オとぉ申しまぁすー!」
ケリアン・ブラッキオと名乗るその人物に心当たりはあるのか、後ろを振り返り確認するが、海皇であるサリューア達もルー達も、皆一様に首を横に振る。
「わたーしの目的はただひとぉーつっ!水のタマスィーの持ち主!………渡してくださいませんかね?そうすれーば、危害なく撤収!………しーてあげまーすーよっ?」
どうやらヤツの狙いは水のファクターらしい。つまり、ヤツが破滅神復活を目論む連中の一人である可能性が高い。もちろん違うかもしれないが………。
ふと、下の方が騒がしかったので見てみると、兵が隊列を成していた。そして、詠唱の構えをとる幾人かが魔法を放つ。放たれた魔法は『ライト』。光源を生み出す魔法だ。数人分のライトが巨大な影を照らし出した。
明かされる影の正体。それは、俺が島で見た巨大魚だった。その傍らには、研究者のような白衣に身を包んだ細身の男が見えた。
「しぎゃぁーー!目が………目がぁ!!」
いきなり強烈な光を浴びせられたケリアン・ブラッキオはたまらず目を押さえて悶える。
それと同時に、巨大魚を目にしたサリューアが驚いた声をあげた。
「ばかな!大怪魚シリシリグランだとっ!?」
「シリシリグラン?」
「皆さんはご存知ないかもしれませんが、あれは海の魔物の中でも最も危険度が高い部類に入ります。あの巨体に加えて口からレーザーを放つ能力を保有し、その存在自体が災害と呼ばれています。都市を覆うバリアでしばらくは耐えれるでしょうが、どこまで凌げるかは分かりません。」
ソフィーラの説明に何となく今が危険な状況なのは把握できた。では、これからどうするかだが………。
「サリューア様、水のファクターは渡してはダメです!そうなれば、いずれ世界ごと消滅しますから。」
「分かっている!まずは体勢を整える。拡声器を!
」
臣下の一人がメガホンのような魔道具を海皇に手渡した。
「私は海皇サリューア。この海の王だ!貴様は何故水のファクターを求める?」
目を覆っていたケリアンは悶える動きを止め、城の方へと向き直る。そして、礼を持った風に御辞儀をした。
「これはこれーは、海皇様であらーれますーか!直々とーは助かりまーすよ。先程の光は驚きまーしたー。私達が求める理由ーが知りたーいですか?好奇ー心?知識ー欲?探究ー心?たいへーん良い響きでーす。」
「貴様の嗜好など知らん!早く理由を言え!」
「せっかーちな王でーすね!友達になれーそうでーすのに。よーいでしょう。教えーてあげましょう。私ーの研究ーに必要だかーらですよ!」
「研究とは一体何だ!」
「私の研究のー最終目的はーー神っ!を生み出すことでーすよー。そのために神降ろーしをして実際に神を見ておこーうと思いまして。これ以上の事はヒ、ミ、ツ、でーす。ちなみにこの魚もわたーしが作りましーた!傑、作、でーす!」
ケリアンは両手を広げて自慢気にシリシリグランと呼ばれる巨大魚をアピールする。
(神降ろしということは、やはりヤツは破滅神復活を企てる者の一人ということか。)
さらにサリューアの問いかけは続く。
「お前は神を生み出してどうするつもりなのだ?」
その問いに、あっけにとられた声色でケリアンは答えを返した。
「はい?どうもしませんよ?わたーしは知識の探ー究者。全てをーー知りたーいのです!全てーを作りーたいのーです!」
その言葉にルーは呆れたように呟いた。
「あれはもう狂ってるわ。自分の欲求を満たすためなら世界が滅んでもいいと思っているのでしょうね。たぶん諦めてはくれないわ。」
「ここはヤツを拘束し、情報を引き出すのが得策なんだがな。」
「そうですが、あの巨大な魚を海中で倒せますかね?動きも鈍るし、何より呼吸の問題もありますよ?」
海皇がひたすら時間を稼ぐ中、俺達が話し合っていると、ソフィーラが一つ提案をした。
「私と姉が力を合わせれば、シリシリグランの動きを封じられるでしょう。その間に仕留めてください。呼吸の方はアレをお使いください。」
パンパンと手を叩くと、お付きの者が丸い透明な物を持ってきた。この形状………まさか、潜水服の頭部分だけ用意しました、ということなのか?
「これは我が海底都市アリアスの技術の粋を集めて作られた、海中で呼吸ができる装備です!予言の内容からいつか必要になるかもと開発されました。さあ皆さん、これをかぶって戦ってくださいまし!」
技術の粋………ってただの透明ヘルメットじゃん!ツッコミたくなるところを俺達三人は我慢した。ソフィーラの期待に満ちた表情が重い。
(しかし、これはないよな。これ、一撃で割れたりするんじゃないか?もし割れたら、顔中破片が刺さる上に窒息死じゃん!もはや死ねと?)
そう考えた俺は最終手段に出た。
「ちょっと耐久力テスト。」
そう言って俺は、剣束で全力で思いっきりガラスのような透明なヘルメットを叩いた。
蜘蛛の巣のようにヒビが入る。
もう一度叩くとバリッと穴が開いた。
「ちょっと耐久力が足りないみたいですね。」
「これをかぶって戦うなんて、ダサいわ!」
「私もちょっと………お返ししますね。」
口々に言ってソフィーラにヘルメットを返した。ソフィーラは「そんな~」と言いながらうなだれてしまった。
「ところでソフィーラ、当の水のアーティファクトの持ち主はどこにいるの?」
「ぐすん、今は海神様の社にいます。水のファクターは私の双子の姉なんです。社はここから離れていますし、強力な結界に守られているので、心配いりませんよ。」
何だろう。凄く違和感を感じる。
俺と同じ気持ちだったのか、ルーがソフィーラに問いかけた。
「ねえ、ソフィーラ。あなたのお姉さんは何人いるの?」
「社にいる双子の姉が一人ですよ?」
「ちょっと、それじゃあ協力技は使えないじゃない!どうなのっ!?」
「………あ、本当ですね!どうしましょうか?」
「………。」
作戦がどんどん崩れていく。この人、どんだけ天然なんだよ!たぶん三人の気持ちは一つになっていたと思う。
俺達は神妙な面持ちで互いの顔を見合わせ、頷く。
「………俺達で頑張ろう。」
この作戦会議の傍ら、頭のおかしな科学者と一人舌戦で奮闘する海皇がなんだかいたたまれなくなった。




