53 海底都市アリアス
目を覚ました俺は体を起こし、辺りを見回す。さっき見た部屋の風景と同じだ。
「良かった。俺、ちゃんと生きてたんだな。」
俺の独り言に対して予期せず返事が返ってきた。
「当然よ。夢だと思ってたの?」
思わず振り返ると、背後の椅子に腰掛けて本を読むルーの姿があった。
パタンと本を閉じ、こちらを見る。ルーの目が少しコワイ。
さっきの件でご立腹なのだろうと思い、俺はとりあえず怒られる覚悟をした。しかし、なかなか続く言葉が投げかけられて来ない。
少し顔を上げ、チラッとルーを覗き見ると、ルーは大きな溜め息を吐き、ようやく喋り始めた。
「今回の事は大目に見てあげる。私達と離れてアーサーも死にかけたんだもんね。ごめんなさい。」
(あれ?ルーがいきなり謝り始めた?普段なら丁寧に誤解を解いたりしなきゃなのに。)
「いいよ。分かってくれたんなら。それよりいきなり消えたのは、やっぱり転移魔法陣が勝手に発動したから?」
ルーはコクリと頷く。
「ホント焦ったわ。………まずはここまでのあらすじを教えなきゃね。」
ルー達が魔法陣の修復を終えると、溝に溜まっていた魔酒が繋がって綺麗に魔法陣を描き、転移魔法が発動してしまったようだ。
着いた場所は海底都市の転移部屋。部屋を出たところを不審者扱いされたという。そこで、魔酒の空瓶とマスターの手紙を見せて説明し、危険人物ではないと誤解は解けたらしい。
もちろん『ゲート』の魔法で俺を回収したかったのだが、転移でいきなり飛ばされたため、正確な位置情報が把握出来なかった。しかも、満ち潮になっているので、下手したら海中にゲートが開く可能性もある。そういった事情で戻れなかったそうだ。
そして、俺が予言にある魔酒を飲める者かもしれないと告げ、救援に向かってもらったのだった。
「うん、よく分かったよ。ありがとね!」
「ううん、こっちももっと早く迎えに行けなくてゴメンね。」
そこへ誰かがドアを開け入ってくる音が聞こえた。
「ピキー!」
「キュー!」
「アーサー、無事で良かったです。心配しましたよ。」
入ってくると同時に、ノアとフェイが飛びかかってきた。
「皆、心配かけてごめんな。ていうか、完全に詰んだ状態で一人って相当心細かったぞ。しかも、魔物を連れたヤツに本気で殺されかけたし。ホント間一髪だったよ。」
「魔物を連れたヤツ?私達みたいにってことですか?」
「魔物の軍隊を指揮する人、みたいな。巨大魚に乗って群れを率いてました。手を振ったら、いきなりレーザーを撃ってきたから慌てて海に飛び込んだんですよ。」
今思い出すと、なんか無性に腹が立ってきた。
(出会い頭に一発なんて。あの野郎、今度あったら一撃………は無理かもだけど、一言物申してやる!)
そんな小さな決意を立てたところで、ドアがノックされる。返事とともにドアを開けると、先程の青髪の女性が立っていた。
「お目覚めのようですね、アーサー様。御加減いかがですか?先程はご挨拶が遅れました。私、海神様の巫女を務めております、ソフィーラと申します。アーサー様御一行のお世話を海皇様より仰せつかっておりますので、よろしくお願いします。」
「先程は目覚めたばかりで挨拶もそぞろに見苦しいところをお見せしてしまいました。様付けは勘弁してください。アーサーでいいですよ?こちらこそよろしくお願いします!ソフィーラさん。」
「ソフィーラ、です。」
(ん?名前間違えたか?)
「すみません。ソフィーラ、さん?」
「呼び捨てにしてください。ソフィーラ、でお願いします。アーサー様。」
「………じゃあ、よろしく頼むよ、ソフィーラ。」
「はい、アーサー様!」
海神の巫女ソフィーラは嬉しそうに返事した。
このやりとりにどこか疲れを感じたのは、俺が悪いのだろうか?きっと掴み所がいまいち分からないソフィーラのせいだと思いたい。
「それでは海皇様がお待ちですので、これから皇の間へご案内しますね。」
彼女の第一印象をそんな風に考えていると、ソフィーラは皇の間へと俺達を促した。
「ここは皇の城、アクアパレスと申します。」
部屋を出ると、そこは城の中だった。空気もあるし、何ら普通の城と変わらない。海底であることを強調するような淡い青の石造りの城だ。
廊下を通り、巨大な扉が開かれる。
そこにいたのは、一人の若者。群青色の髪を逆立てた凛々しい容貌の青年だ。玉座に座る彼は、正に威風堂々といった風体でこちらを待ち構えていた。
「海皇様、アーサー様をお連れいたしました。」
「ありがとう、ソフィーラ。さて。よくぞ参った、アーサーよ。私はこの海底都市アリアスを治める海皇サリューアだ。まずは魔法陣の不備で迷惑をかけた事を詫びておこう。」
「いえ、御初御目にかかります。アーサー・バレンタインと申します。こちらこそ危ないところを助けて頂き、感謝します。」
「うむ、無事でなによりだ。この海底都市の予言はもう聞いていると思うのだが………」
たしか、魔酒を飲める者が海底都市を災いから守る、みたいな内容だっただろうか。
「せっかく予言の人物として来てもらったのだが、これと言って大きな災いは今だにないんだよ。だから、特に君に望むことはないんだ。」
「えっ、そうなんですか?うーん………ということは、俺が予言にある人物というわけではないかもしれませんね。ですが、こちらにはここへ来た理由がありまして。」
俺は世界の危機が迫っている事、四属のアーティファクトを持つ者を探している事、世界樹の情報を求めている事など、旅の目的を伝えた。
「そんな事が起きているのか。確かに水のファクターは存在する。しかし、こちらも見知らぬ相手においそれとファクターを預ける訳にはいかない。」
(ファクター?ああ、アーティファクト持ちのことか。しかし、困ったな。とりあえず顔合わせだけでもしておきたいな。)
「ところで、アーサーはこの魔酒『魂の誘い』を飲むことができるということだったが、本当か?」
海皇サリューアが魔酒の酒瓶を取り出しながら尋ねてくる。
「三杯飲んでも倒れる事はありませんでした。でも、自分の意識とは無関係にその酒を欲するようになってしまいましたよ。」
「そうか。早速で悪いのだが、確認したい。飲んでみてはくれまいか?いざという時はソフィーラが解毒の魔法で止めに入るから、何も心配はない。」
ルー達を見るが、皆が頷いた。
(まあ、飲まないままじゃ進展もしないか。)
俺はまた無自覚の行動に陥りそうで少し不安だったが、皆を信じて飲むことにした。
ソフィーラから銀の酒が注がれる。
一杯、二杯と飲む度に、その甘美な口溶けに気分が高揚する。そして、次が三杯目。俺がおかしくなってきた量だ。
意を決して、俺は杯に満ちた銀の液体を流し込んだ。
意識もハッキリしているし、以前と比べて、次が欲しくてたまらないという強い衝動もない。
「二杯目と変わらず全然問題ないよ。耐性でもついたかな?次いってみようか!」
そう言って四杯目を注ぐよう、杯を差し出した。
四度注がれる魔酒。それを一気に流し込んだ。
「うっ………ぐあぁーーっ!!」
飲み干すと同時に、何かが俺の意識の中を暴れ回っているような感覚に襲われる。ヤバイ。頭が割れそうだ。
しかし、それも一瞬で収まりをみせた。
慌てて俺を押さえようとしたルー達やソフィーラが近寄るが、俺はそれを手で制した。
「大丈夫。問題ない。もうこれを飲む必要はないよ。この魔酒は役割を果たしたんだ。」
「えっ?………それってどういうこと?」
「うん、実はさ──うわっ!!」
突然、大きな衝撃音が海底都市に響き渡った。




