52 海抜0メートル
現在俺の置かれている状況を整理しておこう。
まず、俺達は海底都市に通じるという島を訪れていた。船には俺達を残して帰ってもらった。島の洞窟には転移魔法陣があったのだが、壊れていたので修理した。とある理由でちょっと俺だけ洞窟の外に出て、戻った時には誰の姿も消えていた。そして、あろうことか潮が満ちてきて、どうやらこの島は沈む時間を迎えたようなのだ。今ここ。
「 ………うん、ピンチだ。どうしよう。」
そもそも皆どこに消えたのだろう。
「たぶん転移魔法陣が完成と同時に発動したんだろうな。でなきゃ、俺を置いて消えた理由が分からない。というか、こんな隠れる場所も無いような島からどうやって消えたかも他に分からないし。」
ならば、ここから生き延びるにはどうしたら良いのか。
「魔酒もほとんど無くなったから魔法陣は無理だろうな。泳いで帰るのは魔物がいるから不可能っぽいし。通信の魔道具もルーが持ってる。仮に俺が持ってても、助けに来る頃には沈んでるだろうな。」
干満差は前世の日本であればたぶん2、3メートルってところだろう。この世界ではどうか分からないが、壁の濡れ具合からして、どうあがいても洞窟内は完全に水没するという予想はつく。
「状況を把握して落ち着いたのはいいけど、これ完全に詰んだっぽいぞ?くそっ、何か手はないのか!?」
水面が洞窟内へじわりじわりと浸入してくる。それに伴って焦りも大きくなる。時間がない。俺の第二の人生、こんなところで終わってしまうのか?
俺の生き残るためにとった行動は洞窟になっている岩山の頂に登る事だった。
「こんなしょうもないオチで終わってたまるか!最後の最後まで諦めない。自分ではどうにもならなくてもルー達が助けに戻るだろうから、ギリギリまで時間を稼ぐんだ。」
少しずつ海面が上昇し、洞窟の入口はすでに海の中に潜ってしまった。波が打ちつけ、俺はすでにびしょ濡れになっている。
(ルー、早く来てくれ~。)
座りこんで待つ俺は、海を見つめる。祈りを込めながらひたすら待つ。時間はそれほど経っていないが、そろそろ日も沈み始めてきた。南国的な気候とはいえ、濡れた体に吹きつける風が体温を奪う。寒い。
ぶるぶると震え、目が虚ろになってきた俺の視界が海上に影を捕らえた。
「あれは………ルー達か?」
希望を胸に手を振ろうとした俺は、目を凝らすとともにその手を止めた。その影は巨大魚の魔物を先頭にした魔物の群れだった。その巨大魚の上には人影が見えるが、どうやらルーでもセフィリアでもなさそうだ。
しかし、これ以上待つのは危険と考えた俺は、助けを求めることにした。ノアやフェイ同様、人がいるということはその魔物の群れは手なずけられており、危険ではないはずだからだ。
「おーい、おーー………いいっ!?」
ザブンッ!!
大きく手を振っていた俺は、急いで海に飛び込んだ。その直後、光が俺の元いた場所を突き抜けた。そして、岩場の天辺が跡形もなく消し飛ぶ。
何が起こったかなんて、考えるまでもない。手を振った俺に狙いを定め、あの巨大魚が口を開いたのだ。しかも、何やら口に光が集まっていく。このパターンだともう、レーザー砲がくる!というのが俺の中の常識だ。そして、予想通りにレーザーが発射されたのだ。
海流に押し流され、息が漏れていく。徐々に意識が薄れていく。
何だろう………あの光………魔物かな………もう意識………が………なんか………柔らか………くて………きもち………。
「いい~。」
息が苦しかったのはいつの間にか消え、全てを包むような柔らかさが頬を覆っている。何だろう、この柔らかさは。天にも召される気分とはよく言ったものだ。そうか。俺は天に召されたということか。
(短い人生だったな。思えば一年も生きてないじゃないか。まだ何も成し遂げていないし。でも前世と違って濃厚な人生だった気がする。………それにしても、この柔らかいのは何なんだろうな。んんっ?この感触どこかで………。)
ムニムニ。
(この手に吸い付く感じ………そうか!これは、おっぱ──)
パァーン!
頬への衝撃とともに、意識が現実に引き戻される。
「いー!………あれっ、ここは?たしか海で溺れて死んだはずじゃ。あっ、ルーじゃないか!なあ、俺死んだよな?いや、ルーがいるんなら生きてるのか?」
意識がまだハッキリしないのか、俺は混乱状態だ。そんな俺の目の前にはルーが座っていた。ルーがいるのならここは海底都市なんだろうか。呼吸は普通にできるし、海底と言われても不思議な感じだ。
答えを聞こうとルーに意識を向けると、なぜか彼女の表情は怒った時のそれと同じ顔つきをしていた。そして、なぜか片手を挙げている。
このパターンを分析するに、これは通称『ビンタの構え』と呼ばれるものに類似………いや、一致している。そして、弾き出される答えは………俺、ビンタされるのか?
「アーサーの浮気者ーーっ!!」
パチーン!
俺の分析結果は寸分の狂いもなく、未来を予測してしまったようだ。頬に衝撃が伝わる。そして、痛みが走る反対側の頬を、衝撃を吸収する柔らかなものが包んだ。
その瞬間、電流が走ったかのように、俺の中でこの状況の全てが繋がった。
顔を上げると、青い髪をしたふくよかな胸の女性がニコッと微笑んできた。
ひとまず顔を離し、居住まいを正した俺は彼女に向かってお礼を言った。
「今のやり取りで大体の状況は飲み込めました。危ないところを助けていただいてありがとうございました。ルーも心配かけてゴメンな。」
「むぅー。アーサー、なんかやけに察しが良くない?本当は起きてた、とかじゃないよね?」
分析が正確すぎて、逆にルーに疑惑を持たれてしまった。誤解はしっかり解かないと。
「いえいえ、滅相もない。薄れる意識の中、この柔らかさのおかげで、本当に天に召されたかと勘違いしたんだぞ?生きてるか分からないくらい無意識だって!」
「ごめんなさい。私があなたを連れてくる時にしっかり抱き締めていたばっかりに………。」
今度は命の恩人が謝り始めた。むしろ、こっちがお礼を言ってるのに………。
「そんな、謝らないでくださいよ。こちらこそ、ごちそうさまでした!とその事も含めてお礼を言わせてください!」
青い髪の女性は、その緩くウェーブした髪の色とは対照的に顔を少し赤く染め、微笑みを返してくれた。
「もぉ、ばかーっ!」
彼女の微笑みを最後に、俺は横からの衝撃に再び意識を失うのだった。
とりあえず生きててよかった。




