49 魔酒
宿にチェックインした俺達は、ひとまずティータイムにして、紅茶を飲みながら話の続きをした。
「結局、半々ってどういうこと?」
「場所が海という事を考えると答えは一つです。」
「海?」
カチャリと受け皿にカップを戻したルーが続きを答えた。
「潮の満ち引きよ。」
「あー、なるほど。潮が満ちれば沈み、引けば現れる。半々はそういう意味か。でも、そんなところに人は住めないよな?てことはやっぱり、海の中、か。」
やはり海底都市にいるのだろう。そこで、俺は一つの案を口にした。
「このまま放置するのは無しなのか?海底なら安全そうな気がするけど。」
俺の言葉にルーは首を横に振る。
「安全かもしれないけど、向こうの出方もわからないし、万が一嗅ぎ付けられた場合、こちらが後手に回ることになるかもしれないわ。」
「そうですね。そうなってくるとルーテシアさんの身に迫る危険もより大きくなります。」
「そうか。なら早いとこ四属の持ち主を保護しないとな!」
日が沈み、火を灯したランプの明かりが町に灯り始めた頃、俺達は再び酒場へと訪れた。
ギィー。
扉を開けると、昼間とは打って変わって酒場の中は賑わいを見せていた。余所者の、しかも子供の来客に皆の視線が集まる。
俺達はテーブルに一つ空きがあるのを確認し、そこへ向かった。
「おいおい~、ガキに飲ませる酒はねえぞ~。ミルクでも頼んでろよ~!」
どうやらすでに酔っぱらっているようで、オッサンが絡んできた。酒臭い。
「ならマスター、カルーアミルクあるかな。」
「………あるよ。」
相変わらず無愛想なマスターは、この状況を予期していたように、すぐに注文のカルーアミルクを出してきた。このマスター、できる!
そんな状況にオッサンは自分がナメられていると感じ、怒り出した。
「てんめぇ、調子のってんじゃねぇぞ!ガキの癖して女連れたぁいいご身分だな~」
(はぁ~、酔っぱらいってのは世界が違ってもホント変わんないな。)
そんなことを思っていると、女性二人が相談するように話しているのが聞こえてくる。
「なんなのコイツ、面倒臭いわね。燃やしていいかしら?それとも頭冷やすために氷漬け?」
「海も近いことですし、いっそ重石を付けて沈めるなんてどうでしょう。頭も冷えて臭いも消え、その上うるさいのも静かになりますよ?」
俺は苦笑いしながら、二人を身振りで制止する。そして、立ち上がり酔っぱらいと対峙する。奥のマスターと目が合い、彼が頷くのが見えた。
「じゃあ飲み比べ対決でもしましょうか。勝ったら俺達のこと認めてくださいよ。」
「随分自信あんだな~。いいだろう。ガキだからって手加減しねぇぞ?」
周囲の客も群がり、取り囲むように舞台が整った。野次馬の声援に耳が痛い。
「こんな体じゃ量を飲めないので、度数高いやつで短期勝負でいいですか?」
「それがフェア~ってもんだろ~。」
「ならコイツで行くか?」
マスターが出したのは、黒曜石のように輝く黒い瓶だった。口には何か封印でもしたかのように、怪しい札で封がされている。それを目にした野次馬連中が驚きの声をあげた。
「マスター!そいつはまさか、幻の魔酒『魂の誘い』じゃねぇか!?」
「俺も聞いたことあるぞ。またの名を魂喰らい。一口飲めば心躍り、二口飲めば意識が朦朧とし、三口飲めば現実世界には戻ってこれないっていう、アレか!?」
「たしか架空の魔物、ソールイーターがその由来でそんな別名がついたとか。」
(なんかヤバイの出てきたぞ?どんな酒だよっ!)
内心ツッコミつつも、口々に言う彼らの声を背に、俺とオッサンは頷く。ルーとセフィリアが心配そうに見てくるが、俺は親指を立てて大丈夫とジェスチャーした。
コポコポと黒い瓶から注ぎ出たのは、銀色の液体だった。マジで有毒物質とか入ってないよな。
「では、始めるぞ。一杯目!」
両者が杯に口をつける。
そして、二人ともが目を見開いた。
「「う、美味いっ!!」」
その酒は味覚では形容できない、美味という事実だけを与えた。口内に入ると円やかに広がり、一口の含んだだけなのに別世界が見えたような錯覚に陥る。そして、雪融けのように静かに消えていった。
なるほど、これが幻の魔酒か。やばいな。
「では、二杯目!」
再び魔酒が注がれる。俺は度数すら感じなかったが、オッサンもどうやら問題ない様子。
再び口内に入ってきたそれは、一杯目より強く俺を別世界に連れて行こうとする。しかし、俺の意識はハッキリしている。とにかく美味い。
二杯目を味わっていると、目の前でバタンと音がした。オッサンが倒れていた。どうやらオッサンはそれほど酒に強くなかったようだ。
「やりましたね、アーサー!」
「うん、さすが私の夫ね!やったわ、アーサー!………アーサー?」
俺はいつの間にか三杯目を自分で注ぎ、口にしていた。大丈夫、意識はハッキリしている。ただ美味いだけだ。
しかし、ルーが俺の手から酒瓶を取り上げる。
「何すんだよ、ルー!返せよ!いくらお前でも許さねえぞっ!」
「アーサー、どうしちゃったの?いつものアーサーらしくないよ。」
「俺はいつも通りだっての!いいから返せよっ!」
ルーが持つ酒瓶を取り返そうと迫るが、周囲の客達に押さえられてしまった。
そこへマスターがゆっくり近づき、俺の鳩尾に手を当てる。
「むんっ!!」
気を送るように押された俺は飲んだ酒を吐き出してしまった。
「気分はどうだ。酒は飲んでも飲まれるな。」
「ありがとうございます。意識はしっかりしてたんですけど、衝動に駆られてしまって………。ごめんな、ルー。」
落ち着きを取り戻した俺はルーに深々と頭を下げた。
「ううん、正気に戻ってよかったよ!でも、どうしてあんな事になったの?」
「………あっちで話してやる。」
マスターに勧められ、俺達はカウンターへと移動した。