46 南の大陸
彼女は夢を見ていた。
目の前には一人の人物。ボロボロのローブを身に纏っているが、ローブから覗かせているその顔は………いや顔だけではない、手や足までもが骨であった。
「ティア、力不足ですまない。こいつを倒すのはどうやら無理そうだ。」
彼女の隣に立つ青年が、悔しそうな顔でそんな事を言う。
「そろそろ消滅しろ。」
骸骨は一歩また一歩と彼女達へその足を進める。そんな骸骨の足が、一瞬何かによって引き止められる。ふっと下を向くと、骸骨の足元には一人の狼のような男が倒れていた。まだ息はあるようで足首を掴んでいる。
「行か……せ………ねぇ………」
「邪魔だな。」
「バカッ!ハザック、逃げろっ!!」
そんな彼に向けて骸骨はおもむろに手を薙いだ。
「やめてーっ!」
叫んだ時には、ハザックと呼ばれた男はすでに塵と化していた。彼女の悲痛な声だけが辺りに響いた。
「くそっ!ティア、もうこの方法しかない。君の命、俺にくれないか?」
彼女はこくりと頷いた。そして、二人の握りあった手の中に眩い光が生まれる。
「俺達の全てを持って、お前を封印する。消え去れ、破滅の神アラマッ!」
アラマと呼ばれた骸骨が光の柱に包まれる。光が収まると同時に、そこには何者の存在も無くなっていた。
「どうにかなったな。………ティア、こんな結果でゴメンな。それと、俺を好きになってくれてありがとう。愛してる。」
そして、二人も消えていく。
『私も大好きだよ。生まれ変わっても絶対一緒なんだからっ!愛しています、アーサー。』
彼女の声にならない想いだけをその場に残し、全てが消え去った。
***
「まったく、嫌な夢を見たわね。」
宿のベッドで夢から覚めたルーテシアは、ベランダに出て夜空を見上げる。空には全てを優しく包みこむように、満月が夜を照らしていた。
「月………かぁ。そういえば、アーサーったら記憶無いはずなのに、昔と同じこと言っちゃってたわね。ふふっ、やっばりアーサーはアーサーってことなのかな?」
胸に輝く三日月を象ったネックレスを見て、ルーテシアは嬉しそうにそう呟く。思い出すのはプレゼントだと言って渡された夜のことだろうか。
「ティアなんて呼ばれたのも懐かしいわね。」
静かに目を閉じた彼女は、記憶のページを捲るように当時を思い出す。そして、一通り過去を楽しんだのか、また静かに目を開いた。
「………破滅神アラマ。もう二度と関わりたくなかったわ。なんで私の邪魔をするのかしらっ!まあ、これも運命神様の導きってことなんでしょうけど………。前みたいにアーサーと離れなくていいように頑張らないとっ!」
彼女は手に取ったネックレスの三日月をぎゅっと握り締め、決意を新たにした。
夜が明け、目覚めた俺達は朝食を済ませた後、宿を出た。町には大きな船が停まっている。ここは西の大陸の端、そして、南の大陸に最も近い町。二大陸間を繋ぐ船が行き交う港町である。
大陸間は視認できる距離ではあるが、やはり海中には魔物がいる。そんな中を船でいって大丈夫なのかと疑問に思っていたのだが、船乗り曰く、どうやら魔物避けの対策が施されているらしい。
馬車ごと乗れるその船に不安がりながらも乗船し、定刻通り船が出港した。出港して一時間後、何事もなく目的地に到着した。
「何もなかっただろ?気ぃ張りすぎだぜ、少年達。次乗る時は安心して船旅を楽しんでくれ!」
船乗りに軽く手を振りながら、俺達は下船した。まるで地面が懐かしいかのように、セフィリアもルーも踏みしめている。二人して何をやってるんだか。
「ここが南の大陸かぁ。」
船を降りてまず目に入ったのは、活気ある露店商の市場だった。朝採れたであろう瑞々しい野菜や果実、鮮度の良い魚なども置いてあった。
そして周りをよく見てみると、王国に比べて獣人の数が多い。ヒト種と半々くらいだろうか。噂通り、南の大陸にはさまざまな種族が暮らしているようだ。
「アーサー、また女の子のお尻ばっかり見てる!」
「ち、ちげぇし!尻尾見てただけだし!」
「まあまあ、アーサーも思春期なんですよ。でも中身はたしか私より年上なんでしたっけ?」
「いやいや、ホントに尻尾見てただけだよ?あのウサギ尻尾かわいいなって。」
「生まれ変わっても相変わらずバニーちゃんが好きなのね。し、しょうがないなぁ。いつか私が着てあげるから!」
ルーは顔を赤らめながら、そんな事を言い出した。その横でなぜかセフィリアが興奮している。そんなセフィリアを目にしたフェイが若干ひいているように見えるのは気のせいだと思いたい。
「うーん、なんでこんな話になってるんだ?」
まあいいか、と気を取り直し、俺達は絞りたてジュースを買ったりして、港町を少し観光した。
店のオジサンなんかに聞いた話では、漁をするために魔物の潜む海へ船を出す人もいるらしく、市場に並んでいた魚もその人達が獲ってきたものだという。
漁をする人は漁師ではなく漁士呼ばれている。つまりは海の戦士なのだ。彼らは足場の安定しない船上での戦闘もこなし、銛投げのような海に特化した技で魔物も殲滅するという。巨大なタコの魔物を爆裂スキルで沈めたなんて噂もある。なんとも逞しい海のエキスパートである。
ひとまず今日はこの町に泊まろうということで、宿屋に入る。
「ノア、お願い。」
宿の部屋でさっそくレーダーチェックをする。この町からだと、水のアーティファクト持ちは北東方向に位置していた。
「うーん、島とかがあればいいんだけどな。あまりそんなのは確認されていないんですよね?」
「えぇ。ですが、西の大陸では一般的に知られていないだけで、南の大陸の現地の漁士とかなら知っているかもしれませんね。」
「そうね。魔物の海へレッツダイブな変人だもん。むしろ、そのくらいは知っててほしいわ。」
「いや、変人って………。彼らのおかげで美味しい魚が食べれるんだよ?海の戦士だよ?」
「魚獲るためにスキル覚えるくらいに強くなるなんて、変人以外の何者でもないわ!」
海で戦う姿を想像してちょっと憧れ始めていた俺の幻想は、リアリストな彼女の一言で脆くも音を発てて崩れていった。
一日この町を堪能した俺達は、翌朝に町を出発し、北沿いに大陸を進むことにした。