43 新たな家族
ノアは進化した。金色の魔法特化型スライムに。いくら人の手で育てているとはいえ、スライムというのはこんなハイスペック生物なのだろうか。
俺はノアの劇的過ぎる成長に大きな喜びと少しの不安のようなものを抱いていた。
進化に対する検証もあらかた終わったので、俺達は帰宅した。
「ただいまー」
「ひとまずお茶にしましょうか」
「私は少し卵の様子を見てからいきますね。」
卵というのは、例のランドイーターの卵だ。
セフィリアは自室へ、俺達はリビングへと向かう。そして、リビングに入った俺達は目の前の光景に目を疑った。
「なにこれ………」
「………もしかして泥棒か?」
リビングには、朝食の後そのままにしていたお皿が落ちたらしき破片が散らばっていたり、棚に置いてあった小物などが散乱していたり、ソースが床にこぼれていたり………ぐちゃぐちゃだった。
「二人とも大変ですっ!」
俺達が目の前の状況に困惑していると、慌てた声でセフィリアがリビングへ入ってきた。
「えっ………何ですか、この状況は!?………そうか、もしかして!」
セフィリアはリビングの有り様に驚いていたが、その後思い当たる事があるのか、何かに行き当たった顔をした。
「実は、部屋に戻ってみると卵が無くなっていたのです!泥棒が入って盗まれたのかと思ったのですが………どうやら違ったようです。」
「ん?無くなったんなら盗まれたんじゃないんですか?なんで違うと?」
セフィリアはリビングの床を指差しつつ、説明する。
「このソースの跡、何かを引きずったように見えます。そして、わずかに足跡のような物が見受けられます。」
「つまり、これはランドイーターが孵化してリビングを荒らした跡って言いたいのね?」
「じゃあ卵の殻はどうなったんですか?」
卵から孵ったのなら、割れた殻が残っているはずだ。
「おそらく孵った時に食糧が無かったため、殻を食べたのでしょう。その後、朝食の残りの匂いにつられてリビングに移動し、テーブルに残ったサラダや砂糖瓶などを漁って、結果としてお皿などが落ちて割れたということでしょう。」
セフィリアの説明に納得はできる。しかし、だとすると………
「じゃあ、ランドイーターはどこに行ったんですかね。戸締まりはしていたのでおそらく家の中でしょうが………。」
絨毯の上で汚れを落としたのか、途中で足跡は薄くなり消えていた。しかも、ランドイーターの特性として、気配に敏感で警戒心が強い部分がある。ルーの気配遮断は普通なのですぐに気づいて逃げるだろう。そして、小さな体なら家の中だと隠れるところは十分にある。
「さて、どうやって見つけたらいいのかしら。」
「そうですね………やはり食べ物で釣るのが妥当でしょうか。」
捕獲計画第一段としてあがった作戦は、名付けて『棒倒し作戦』だ。いや、名付けるまでもないんだが、ザルと棒とヒモの三つで構成される定番かつ捕獲率の悪さで有名なあの罠だ。ちなみに発案者は大賢者で世に知られていたあのルーテシア・バレンタインさんである。どうせ、前世で見たからやりたいんだろう。
「ルー、さすがにこれは無理じゃないか?」
「そうでしょうか?これは理にかなっていますよ。行けます!さすがルーテシアさんですね!」
「………そうね、まずはやってみましょうか。」
ルーはどうやらツッコミが欲しくて提案したようだ。しかし、予想外の期待に溢れたセフィリアの瞳に負けて実行に移すことになった。
棒にヒモを結わえ、ザルを立て掛ける。ザルの下にはハムサラダを設置。ここまで所要時間はわずか3分。我ながら完璧だ。実際こんな罠を使う場面が来るとは思わなかったが、昔練習していたおかげで準備は万全である。
「とりあえず準備したが………誰が引く?」
「アーサーお願いね。これ得意だったじゃない。男らしいところ見せてね!」
「アーサーはこんな事も出来るのですか!捕まえてくれると期待していますよ!」
「………はいよ。」
俺はこの罠じゃ無理だって言っているのに、何故かどんどん上がっていくハードル。誰だよ、こんなに上げたのっ!
長めのヒモを持ち、リビング中央に設置した原始的トラップから離れ、俺達はキッチンの方に隠れる。
待つこと10分。目標が現れた。
まだ小さな、フェレットに似た白い生き物。
生まれて間もない、その愛くるしい動きが何とも言えない。
「ランドイーター、予想以上の可愛さだわ」
感知能力はまだ高くないのか、周囲をキョロキョロ見回しているが、こちらには気づいていない。一歩また一歩と警戒をあらわにしながら罠に近づいている。
「かわいいですよねっ!こんな罠を仕掛けるなんて、アーサーは本当に鬼畜ですね。最低です!」
何故か罵倒されだした俺を余所に、幼ランドイーターはハムサラダを目指して近づく。そして、ついに罠範囲に入った。
「焦るな~まだだぞ~」
赤ちゃんとはいえ、やはりランドイーター。警戒している。しかし、しばらく何も起きない事で安心したのか、ようやくハムサラダにダイブした。美味しそうに食べている。かわいーなー。
「ハッ、見とれてる場合じゃなかった!今だっ!」
バサッ。
ザルが見事に覆い被さった。
「おぉーっ!やった!とったぞー!」
「ちょ、まさか本当にこんな方法で捕まえるなんて………こんなのおかしいわよ!」
ザルから取り出した幼ランドイーターはキューキュー鳴いて震えている。そんな様子だったのだが、セフィリアと目があった瞬間、急に大人しくなった。そして掴んでいる手を緩めると、セフィリアの胸に飛び込んでいった。
「ど、どうしたんでしょうか。警戒されるどころか、なついているようなんですが。」
「たぶんセフィリアさんが温めたり声かけてたから、母親みたいに感じる部分があったんじゃないですか?」
「ふふっ、よかったじゃない。セフィリア。」
ハムサラダを食べ尽くして満腹なのか、セフィリアの胸で気持ち良さそうにして新たな家族は眠りに就くのだった。