41 進化
翌朝、我が家は平穏な朝食タイムを迎えていた。食卓に並んだフレンチトーストと紅茶が今朝のメニューだ。
「昨日は朝から晩までほんと大変でしたね。」
「まったくよね~。まさか最後にあんなことが起きるなんて………本気で焦ったわよ。」
「ほんとだよ。まあ、変な事が起きなくてよかったな。ノア美味しいか?」
「ピキッ!」
今でこそこんな風に優雅な一時を過ごしているが、あの後はてんやわんやだったのだ。
昨晩、ノアが突然仄かに光り始めた事で俺とルーは慌てていた。
「ノアッ!どうしたっ!?ルー、これどうなってるのか分かるか?」
「ううん、分からないわ。魔物のことは詳しくないからなんとも言えないけど………もしかしたら、魔法石をいろいろ食べさせ過ぎたせいかも。」
「ヤバイのか?くそっ、どうしたらいいんだ。」
そこへセフィリアがドアを開けて部屋に入ってきた。パニックの俺達には救いの女神のようだった。
「どうしました?何やら焦った声が聞こえてきたんですが………これは!」
「セフィリアさん!ノアが急に光だして………何か分かりませんか!?」
「ひとまず落ち着いて下さい!焦っても事態は変わりません。まずは冷静になりましょう。深呼吸です!ひぃひぃふぅ~、はい!」
「ひぃひぃふぅ」
「ちょっ、セフィリア、それ深呼吸じゃないわっ!すーはーすーはー、よ!」
「すーすーすーすー………ぐるじい。」
「吸いすぎっ!しっかりして、アーサー!」
バタバタしながらも、俺達はどうにか深呼吸をして少し冷静さを取り戻すことができた。
「まずは観察ね。見たところ苦しそうな感じは無さそうね………表情はないんだけれど。」
「うん、寝てる時と変わらないな。体温は………少し温かい気がする。でも、ひとまず危険は無さそうだな………ん?」
スライムの生態など分からないが、苦しそうな様子もないので、少し安心した。だがその時、ノアの体表に回路のような模様が浮かび上がった。命名式の時にも同じように現れたが、今回は少し複雑になっているように思える。
「これって………おい、ノア!?」
光を帯びていたノアの体が、様々な色に変化していく。青、緑、黄、赤、紫、黒、白………そして、最後には金属の膜で体を覆ってしまった。
「………何だったんだ、一体。」
俺はあまりの出来事に少し放心状態になった。
「この形、卵のようにも見えますね。」
「もしかしたら、これ………進化してるところなんじゃないかしら?あくまで可能性だけど。」
出来ることもないので、ルーのその一言に期待して俺達は交代でノアを見守ることにした。
夜が明け始めた頃、変化があった。
「アーサー、ルーテシアさん!来てください!」
俺達は一目散に部屋へと向かった。そこには銀色の殻にヒビが入り始めた球体があった。
「いよいよだな。」
ヒビが下から上へ向かい、頂上で繋がった瞬間、殻が二つに割れた。
そこから現れたのは、金色に輝くスライムだった。
「あなた、ノアなの?」
「ピキッ」
「どこも悪い所ないか?」
「ピー………ピキキー!」
少し考えた素振りの後、ノアは頷く動作をした。
「ふぅ~。あぁ~よかったぁ~。」
「一時はどうなる事かと思いましたよ。」
「もぉ、ノアったら。これからは先に教えてちょうだいね?」
「ピキッ??」
ノアは良く分からないような返事をした。その様子に皆微笑みながらノアをつついた。
精神的に疲れたので、それから仮眠をとった後、少し遅い朝食を迎えた。そして、今に至るというわけだ。
「しっかし、進化したって言っても何が変わったんだろうな。少し大きくなったのとゴールデンになったの以外は前と変わってなさそうだけど。」
「まあ、それはこれからノアが見せてくれるでしょう。」
「じゃあ、これ食べたらさっそく行っちゃう?」
ということで、朝食を食べた俺達は昨日に引き続き、マルタスから30分程の丘に来ていた。もちろん誰かに見られないためだ。
もう定位置となったポケットから金色の塊がぴょこんと出てきた。
「ノア、お前の真の力、見せてもらうぞ!」
「ピキッ!」
ノアも気合十分のようだ。
「じゃあ、昨日覚えたヤツを試してみましょうか。」
まずは得意な物からということでウォーターカッターから始めることにした。
魔力の収束と共に、ノアの前に水の塊が形成されていく。
そして、『ピーキーピッピー』の言葉で魔法が発動した。
「うげっ!?」
俺が素っ頓狂な声を上げたのは仕方のない事だと思う。なぜなら、前回は水鉄砲のように細かったのに、放たれた水魔法はまるで極太レーザーが発射されたかのようだったからだ。狙った岩は粉微塵になり、奥の岩壁にまで直径50センチ程の穴を開けていた。
「なあ、ルーさんや。これは初級魔法なんじゃろうか。」
「アーサー、一気に老けたわね。その通り初級魔法よ?」
「ふむ、そうか………って初心者がこんなの使ってたら大惨事だよっ!」
「そうですよね。私もこんなの見たことありませんよ。」
そんな俺達を見て、ルーは声を出して笑い始めた。何がそんなに面白いのやら。
「ごめんね、あー面白かった。これは歴とした初級魔法のウォーターカッターよ。ただ、魔力を圧縮してる上に『射出』のせいで威力が桁外れになっているのよ。」
「じゃあ、前──」
「前回のは水魔法の操作が上手いから圧縮したのかな~とは思ってたけど、どうやら射出のおかげだったみたいね。初心者のウォーターカッターなんて、強い水鉄砲みたいなものだもん。」
「進化して色だけじゃなく魔法も派手になってますね。ちょっと他の魔法見るのが怖くなってきましたよ。」
俺もセフィリアに一票投じたい気持ちだ。ルーはどこか嬉しそうだ。
「ルーはなんか嬉しそうだな?」
「ふふっ、分かる?私、たぶん分かっちゃった!この進化のホ、ン、シ、ツ!とりあえず次行ってみよー!」
何なのだろう、その本質とやらは。
二人の頭上にはクエスチョンマークが浮かぶばかり。
一人だけ楽しそうでいいなぁ、おいっ!




