35 ただいマルタス
ゲートを抜けると、そこはマルタス近くの森だった。どうやら人に見られないようにという理由でそこに開いたらしい。
「帰ってきたな、マルタス。」
「皆元気かしら。」
俺達は街へと入った。王都を出て僅か一時間しか経っていない。
「こんにちはー。ただいまっ!」
俺達はムジナ家へやって来ていた。俺達の声にいち早く反応したのはアイリだった。
「アーサーお兄ちゃん、おっかえりーーーっ!!」
先頭にいた俺に向かって、アイリが勢いよく飛びついてきた。
「アイリ、帰ってきたよ~って、ち、ちょっと待って!その角度はっ!ぐふっ」
鳩尾へのヘッドバットを受け悶絶する俺。
「ほぇ?お兄ちゃん!?」
「ナイストライ………だ」
俺は精一杯親指を立て、意識を手放した。
数十分後、たぶん目覚めの魔法ザ○ハにより、俺は意識を取り戻した。
「………知ってる天井だ。」
そこは、以前俺達が借りていた部屋だった。横を向くとアイリ、ルー、セフィリアがいた。アイリは泣きそうな顔をしている。
「アーサーお兄ちゃん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。ちょっと寝不足だったから、アイリの顔見たら安心して眠くなったんだよ。アイリは気にしないでいいんだよ?」
その言葉を聞いたアイリは、驚いた顔でルーを見ている。いや、アイリだけでなく、アイリの後ろにいるセフィリアまでルーを見ている。
(セフィリアまでどうしたんだ?なんでルーを見てるんだ?)
「ルーお姉ちゃんの言った通りだった!嘘だと思ってたのに。本当だったんだねっ!」
「アイリ、信じてなかったの?ルーお姉ちゃんが嘘言った事なんてないでしょ?」
アイリは瞳を輝かせながら、高速でコクコク頷いている。セフィリアも右に同じである。
「ルーは何て言ったんだ?」
「アイリのせいでお兄ちゃん倒れちゃったって泣いてたら、お姉ちゃんがそんな事ないって!その証拠にアーサーお兄ちゃんはきっとこう言うからって、全く同じ事言ったのー!」
ルーはふふーんと得意顔だ。
(おいおい、何気ない一幕なのにしれっとハードル上げられてたよ。まったく、油断できないなぁ。)
ムジナ家で再開を祝し、パーティーをしたりお土産を渡したりしていた。そういえば、ルーはアレ渡したんだろうか?そんな場面、見なかったけど………。
ノアを紹介したら、ムジナもエリーもノアが魔物なので驚いていた。アイリは初めて見るからか、それとも子供だからか、かわいいと言ってすぐに仲良くなった。落ち着きを取り戻した二人もすぐにノアにメロメロになった。ウチのノアはヤバカワなのである。
自宅に戻った俺達は部屋割りをした。俺、ルー、ノアは同じ部屋、セフィリアは別の部屋だ。
「納得いきません!どうして私だけ別の部屋なんですか!最近私の扱い雑じゃありません?」
「ノアを一人にしちゃ可哀想でしょ?」
「普通は男女で分けるべきかと……。」
「イヤよ。私、アーサーと同じ部屋じゃないと眠れないもん。というか、セフィリアは自分の立場が分かっているのかしら?」
「………私の立場?」
訝しげな顔のセフィリアへ向けて、ルーはビッと指をさして言葉を放つ。
「あなたは今、プータローなのよっ!!」
ルーは軽く魔法で「なのよっ!!」の部分を反響させていた。魔法って何でもありだな。
現実に打ちひしがれたセフィリアは、ブツブツと何かを口にしながら別室へと去っていった。
「ルー、あそこまで言わなくてもよかったんじゃない?どうせ、プータローなのは明日までなんだし。」
「ダメよ!ここで厳しくしないとセフィリアのためにならないわ!いくら通信用魔法石で王国に退職取り下げの連絡ができるからって、このままじゃ同じことを繰り返すわ!」
通信用魔法石とは、ルーが開発した二点間の通信技術だ。要は電話である。原理は確か魔法石に特定の反応物を埋め込み識別がどーのこーの。原理はルー任せである。それを王城に一つ置いてきていたのだ。
俺は知っている。こういう時のルーは何かを企んでいるという事を。
「で、何企んでるの?」
「明日はギルドに行くでしょ?国勤めは副業できないけど、プータローは冒険者になれるわ。王国所属に戻れるとは知らない、腕に自信のある彼女がその時にどんな行動をとるでしょう?これは彼女の自発的行動だから私分かんなーい。」
要約すると、セフィリアには国所属に戻したとは伝えず、両方から収入を得ようという魂胆のようだ。
「まさか、セフィリアが追って来た時からそこまで考えてたんじゃ?」
「ふふっ、まさか~。その前からに決まってるじゃない!お城に貴重な通信石置いてきたのは、こういった保険の意味でも一石二鳥だからよ。」
「ははは………。」
情報戦とかでルーに勝てるヤツはいるんだろうか。ルーは敵に回しちゃいけない存在だという事を、俺は深く胸に刻むのだった。