32 宴
「さあ、遠慮なく食べてくれ!」
別室でドレスアップした俺達が案内された部屋は大広間で、宴はどうやら立食形式のパーティーのようだ。堅苦しいテーブルマナーなどを知らない俺としては、緊張が一気に霧散した気分だ。
ルーは黒のラインの出やすいシルクのドレスで、いつもより胸元も強調され、大きく開いた背中にかかる銀の髪がまたセクシーである。
一方、セフィリアもサファイアのような色合いのドレスを纏い、金髪を後ろでアップにまとめており、どこぞの高貴なお嬢様にしか見えない。元々顔もスタイルも良いのだが、特に鎧を身に付けた普段とのギャップにメロメロの男性陣も多いことだろう。
「お初御目にかかります、ルーテシア様。私、魔道具開発室室長の──」
ルーのところにはパーティー参加者の研究者や大臣が列をなして挨拶をしている。普段なら「一遍死んでみる?」とか言ってもっと塩対応かと思いきや、ルーは笑顔で上品に振る舞っていた。普段を知っているだけに、その笑顔が逆に怖い。
しばらく時間がかかるだろうと、ある程度腹が満たされた俺は、飲み物を持ってバルコニーで涼んでいた。
見渡す街並みには、家々の生活の光が灯り、暖かさを感じる。
「アーサー、こんなところにおったか。」
声に振り返ると、そこには王が立っていた。会釈すると、王は俺の隣へと歩んだ。
「この国はどうだね?」
俺と並んで城下を見下ろす。
「ええ、私はマルタスしか居た事はありませんが、活気があって、平和で素晴らしいと思います。この城に来てからも、王や上層部の方々もお優しいので、大変驚いております。きっと指導者の人間性や資質と、教育の地盤がしっかりしているから、この国は豊かなのでしょうね。」
そう返す俺に、王は感心の眼差しを向けた。
「ほほう!アーサーは賢いのだな。さすがは漆黒の大賢者様に見初められただけはある。セフィリアからルーテシア様との邂逅について聞いたのだが、アーサーには別の世界の記憶があると耳にした。にわかには信じられんかったが………御主の世界はどのようなところだった?」
俺は前世の世界は、魔法もマナもない世界だということ、車や飛行機、電話など、この世界に無いものの話をしてみた。
「そんな世界があるのか!想像が追い付かんぞ。………アーサー、楽しい話ありがとう。そんな世界にいた御主はこの国を素晴らしいと言ってくれたな。だが………この国は滅びるかもしれん。いや国だけではない、この世界が、だ。………アーサー、御主も力を貸してくれんか?この世界の未来の為にも!」
王が俺の肩を掴み、決意に満ちた瞳をしている。正直、俺にはよく分からなかった。
「はいぃ!?なんで俺なんかに頼むんですか?俺、弱いですし、この世界のこと全然知りませんよ?」
王は俺の慌てぶりに軽く声を上げて笑った。
「御主に運命を感じたのだよ!」
(なにその胸キュンワード!………あれ、俺、もしかして口説かれてるっ!?)
実際口説かれているが。助っ人的な意味で。
「いや、運命とか女の子落とす時だけにしてくださいよ。そっちの気はないので、俺は落ちませんよ?」
「はっはっは、落ちんのか~。まあ、真面目な話、私は御主が予言を打ち破る鍵ではないかと思っているのだ。見つかった遺跡や暗躍する者など、このところ歴史が終焉へと動きだしたように感じる。そんな中、ルーテシア様と共に別世界にいたアーサーがやって来たのだ。御主も今後この流れに大きく関わるに違いないと見ているのだよ。」
たしかに、俺の知らないところで何か起こってそうではある。実際転生なんてしてるし。が、世界を救うなんてのは荷が勝ちすぎている。俺は溜め息を吐きながら答えた。
「はぁ~、世界の命運なんて俺にはどうこうできません。俺に出来る事なんて、手の届く範囲で大事な人達の手助けをするくらいなもんです。ですから………手の届く範囲だけ、お手伝いしますよ。」
「うむ、それでよい。それが未来を変えるやもしれんしな。ルーテシア様をよろしく頼むぞ!」
王と握手をかわしていると、突然、会場から悲鳴があがった。俺と王は顔を見合わせ、急いで室内に戻った。
「何事だっ!」
人だかりが、中心から距離をあけて円を描いていた。
その中心にいたのはルー………
「ス、スライムです、スライムが現れました!どうやらルーテシア様の服に紛れていたようです!」
というか、ノアだった。ノアがルーの手の上に乗っていた。衛兵たちが槍を囲むように持ち構えている。
「ち、ちょっとストーップ!」
俺はマナ全開で瞬時にルーの側まで移動した。
「この子はウチの子です!百パーセント無害なので手は出さないでください!」
俺が前に立つことでひとまず攻撃はなくなったので、後の説得をセフィリアに任せ、ルーに視線を向けると、俺はルーの姿に違和感を感じた。最初とは何かが違う。どこかが違う。
「………ルー、ノアはどこにいたんだ?」
「………服の中。」
服の中と言われ、ドレス姿のルーを上から下へ見ていく。が、一点で目が止まる。
「あっ。」
「えっ?」
ルーは俺の視線の動きを感じ取ったのか、胸元を隠すと次第に顔を紅くし、蒼い瞳が潤わせていた。そして………
「バカーッ!」
その瞬間、俺は左頬に衝撃が走るとともに、宙を舞った。その間見た景色は走り去るルーの後ろ姿だった。
(やはり……正解はそこ……だった………か………グフッ。)
俺は意識を手放した。
「目覚めましたね、アーサー。胸を大きく見せたいというルーテシアさんに、私がノアを使うことを勧めたばっかりに。というかお酒に酔った勢いでルーテシアさんのノアを触ってしまって………すみません。」
(犯人、お前かーいっ!ていうか、ルーのノアってあの部分だよね!?俺が王様と話してる間に隊長何してんだよ!………ノアもセフィリアも羨ましいぞ!)
王都の夜は、騒がしくも更けていく。




