2 ようこそニューワールドへ
目覚めた俺は辺りを見渡す。
そこには視界一面に草原が広がっていた。心地よい日差しに涼やかなそよ風。どうやらここが新たな世界のようだ。非常に清々しくてなんだか生まれ変わった気分だ。が、なんとなく違和感がある。木とか草とか、なんか全体的に大きいような………。
ふと視線を下ろして気づくこととなる。
「あれっ?俺の手、なんか縮んでね?」
視界に入った俺の手は柔らかく小さかった。まるで子どもの手だ。まさかと思い、立ち上がって全身を確認するが、案の定12歳くらいの子どもになっていた。先程生まれ変わった気分だと言っていたが、もはや体まで変わっていたのだ。
物語として読む分にはいいが、実際に自分が子どもの姿で、しかも無一文で見知らぬ土地に放り出されてしまったというこの状況。これから先やっていけるのか考えると無性に不安になってしまう。
「あっ、そういや神様連れて来てたよな~。」
困惑したこの状況を一気に解決できる重要人物の存在を思い出したところで、なにやら後ろからむにゃむにゃという声が聞こえてきた。
振り返ると、サラサラとした銀の髪と、闇夜のような漆黒のドレスが草原に広がっていた。美少女ともいうべき女の子がそこに横になっていたのだ。
「なに、この娘?なんでこんなところで寝てんの?野宿かな?まったく、こんな野っ原で寝ててイタズラされても知らんぞ?………はぁ、冗談はさておき、とにかく今は神様だな。よし、神説明プリーーズッ!」
シーン。
「プリーーズッ!!」
………シーン。
「おい、なんで返事ないんだよっ!これって、まさか神様詐欺っ!?」
俺の叫びも虚しく、誰のツッコミも入らなかった。自分の声だけがただ辺りに虚しく響くのみである。
周辺を見渡すが、それらしい人物はいない。寝てる間に逃げたのか?この女の子では喋り方が合わないし、影の大きさ的にも違う。まさか、この娘を代役に置いていったのだろうか。
考えても仕方ないので寝ている少女を起こすことにした。
「ふぁ~、あと5分なのじゃ~。………んあ~っ?おぉ~、もう起きておったのかぁ。まったく早起きさんじゃの~。そうなのじゃ~、ここが御主の新たな世界なのじゃ~。」
(あっ、たぶんコイツだ。)
口調から察するに、俺が連れてきた神様はこの少女のようである。眠たそうに目を擦りながら大欠伸をしているこの少女が、件の神様という事になりそうだ。
「俺が連れてきた神様はお前か?あの場所じゃ、姿は影みたいだったし声も曖昧な感じだったから、口調からてっきり爺さんかと思ってたんだが。」
「あぁ、それは妾じゃ。尤も妾は神ではないがの。いや、ある意味神かもしれん、か。クックック。」
「神じゃないって………騙したのか!?じゃあ何者なんだよ!」
どことなく嫌な予感はするが、もしかすると「神様じゃなくて天使なのー!キャピッ!」とかいうオチかもしれない。俺はそんな展開に希望を持って尋ねてみる。
「クククッ、人聞きの悪い。誰も神などとは一言も言っておらんぞ? 妾は、闇の大賢者様じゃよ。人の世では邪神やら魔神やら呼ばれたり呼ばれなかったりしておる。」
くっ、どうやら違ったようだ。言われてみれば、たしかに俺の一方的な勘違いではあるが………なんかヤバいの引いた気がする。
「………はあっ?」
「予想と違って残念じゃったの。まぁ、これから共に過ごすのじゃから、いろいろ説明してやろう。」
もしや俺は非常にマズい選択をしたのではないだろうか。あからさまに世界の危機の元凶になってそうな呼び名のヤツを連れてくるなんて。第二の人生開始数分でラスボス級と御対面なんて………これ、もうエンディングに向かう流れじゃね?詰みじゃね?もちろん人生的な意味で!
こうなったら残された手はこれしかない。
「その前に一ついいか?」
俺は勇気を振り絞って提案する。
「チェンジで!」
彼女は一瞬ポカーンとしたが、こちらが言った意味を理解したのか、ニコリと良い笑顔を向けて返答した。
「却下じゃ。」
と同時に、闇の大賢者から放たれたデコピンを額に受け、俺は数メートル後ろに飛ばされていた。
「当店ではそのようなサービスは一切しておらんよ。自分で言うのもなんじゃが、こんな美少女なかなかおらんぞ?別にそんなに危険人物でもないし、先ほどパートナーになると言ったじゃろ?取って食うわけじゃないから安心しろ。落ち着いたら説明するぞ。」
デコピンで人を軽く吹っ飛ばすヤツを、この世界では危険人物とは扱わないらしい。………嘘だっ!!コイツヤバイ。ハヤクナントカシナイト。
しかし、どうあがいてもゲームのボス戦のごとく逃げられない状況のようである。まぁ、ひとまず死なずに済みそうではあるので、仕方なく話を聞くことにした。
すると彼女はこちらに向き直り、スカートの両端を摘まむと、膝を折ってちょこんとお辞儀した。
「まずは連れ出してくれてありがとう。」
「へっ?」
いきなり礼を言われてしまった。予想外すぎて意味が分からない。
「実は私はあの空間に隔離、というか封印されていたんだよ。あの場所は次元の間っていう、世界の裏側みたいな場所なの。魂の再生工場みたいなものかな?そこに自らの意思では出られないように封印されたんだ。ちなみに、同意の上での封印だけどね。次元の間で暮らしていたある日、外に出たくなった私は考えた。こちらからこの世界に干渉できないのに、どうやったらここから出られるのだろう、と。答えはわかるかな?」
「外から解いてもらうとか?」
「あんたバカなの?干渉できないのにどうやって人に頼むのよ!」
「くっ。あっ、それならあの──」
「ブー、時間切れでーす。どうせ分かんないんだから、この天才美少女賢者様が教えてあげるわ!」
俺は思う。こいつ、絶対面倒くさい、と。
そして、なんで急に馴れ馴れしい口調なんだ、と。
「正解は生まれ変わる魂にくっついて脱出ぅ~、でした!ちなみにどの魂でもいいわけじゃないのよ。波長が合ってないと弾かれちゃうし、連れ出すように誘導するのは自分の意思を反映してるってことでダメだろうし。相手が自発的に選ぶことで魂の一部とみなされるわけ。ドゥ ユー アンダースタン?」
「えーっと、イエス?てことは、俺の──」
「そう、あなたと私は魂の波長が合ってて、今繋がってるってわけ。ようやく見つけた魂だもん。一発で成功してよかったわ。」
「まさか、お──」
「えぇ。前世の世界を見ていた時に見つけた波長の合ったあなたの行動を観察して、思考パターンとか予習しておいたの。やっぱりイメトレって大事よね!おかげでかなり自然にできてたでしょ?実は全部計画通り。あなたの行動は全て、私の手の平の上での選択だったのです。………ただ、あそこで死んだのは予想外だったかな。」
「………」
「違うわよ!私のせいとかじゃないわよ?あなたが寿命を全うするのを待ってたんだもん。私でも次元の間から鑑賞はできても干渉なんてできないわ!あ、今の上手くなかった?」
もはや俺の発言は完全阻止されているが、彼女はこちらの言おうとしたことが分かっている上で一人会話していた。人はそれを会話ではなく独り言というんだが。ハイスペックすぎてかなりウザイ。
………それにしても、まさかあの最後の選択までもが計算づくだったなんてな。
「いい加減喋らせてくれ。聞きたいことは山程あるが………まずは名前を教えてくれ。」
「そういえば、まだ名乗ってなかったわね!私はルーテシア・バレンタインよ。あなたには特別にルーって呼ばせてあげる。あなたは前世ではオダワラ・アサ、漢字で小田原朝だったわけだけど……名前変える?」
「そーだな。変えようかな。」
「じゃあ、アレしかないわよねっ!いいわ、私が命名してあげる!」
「えっ!?ちょっ、待て──」
ルーテシアはそう言うと、俺の胸に手を置き、呪文を唱え出した。拒否する暇もなく、俺の体はオーラのようなものに包まれる。
『ルーテシアの名において命名する。汝、アーサー・バレンタイン、と!』
その瞬間、俺の中で何かが脈動した。それは血流とは異なる、今までに感じたことのないものだった。