18 歯車の序曲
「アレクセイって強かったんだな。」
俺だったら、あんな風には立ち回れないだろうな。仮に、俺にアレクセイと同じ力量があったとしても、たぶん気持ちで負けている。彼の闘いには、負けられない何かを背負っているような、そんな気迫があった………気がする。
「アーサーの方がかっこいいよ?」
ルーは白い濃厚そうなジュースを啜りながら、そんなことを言う。
「なぁ、ずっと気になってたんだが………一つ聞いてもいいかな?」
「え、何?なんでそんなに可愛いのか?そんなの、アーサーが隣にいるからに決まってるじゃん。女は好きな人がいれば日々綺麗になっていくのよ。」
「はいはい、そんなこと誰も聞いてないからね!俺が聞きたいのは………」
視線を落とし、ルーの胸………の前の手に持ったそれに目をやる。
「試合中ずっと飲んでた、その白い液体………何?」
ビクッと肩を震わすルー。
「………言わなきゃ、ダメ?」
瞳をウルウルさせながら上目遣いでこちらを見る。うっ、ちょっと可愛い。
「ダメだ。まさか、お前、それって………。」
コクリ。
ルーが首肯した。
「そんな………いつの間に。しかもその色の濃さ、飲んで平気なのか?」
「美味しいよ!ちょっと喉に残るけど。前世のアーサーを見てる時に、テレビなんかでも女の子が美味しいよって言ってよく飲んでたし。ずっと私も飲んでみたかったのっ!」
そんなに飲みたかったのか。まあ、俺に言われても正直困るのも事実だから仕方ないが………。
「でもな、ルー。一つ訂正しておく。原液で飲むもんじゃないぞ、カルピスは!」
「いいのっ!濃い方が美味しいのっ!」
どうやら封印中に、前世のカルピスのCMに惹かれて独自に調べ上げたらしい。そして、最近になって今がチャンスとばかりに自作したのが、先程から彼女が飲んでいるものである。
(まったく、これだから天才は。)
そんなやりとりをしている俺達は知らなかった。すでに運命の歯車が動き始めていることを。
武術祭は二日で構成されており、翌日に準決勝である二回戦、そして決勝が行われる。
その夜、とある宿の一室にて。
「最後まで出なくていいの?」
「あぁ、魂の波動は確認したからの。老人はもっと労らんといかんぞ?」
手にした盃を傾けながら、少年へと答えを返す。
「へぇー。ほんとにいたんだ、破滅の巫女。じゃあ、わざわざ老体に鞭うって大会に出た甲斐はあったね。」
「ふん、何処がじゃ!よくよく考えてみれば観客席でも十分じゃろが。どうせ、お主の遊びに付き合わされただけじゃろ?」
「い、いやだなぁ。爺ちゃん、誤解だよ。あわよくば、変態仙人と闘えたらなぁなんて思ってないよ?僕はただ純粋に任務を果たそうとして──」
「はぁ。もういいわい。ワシも久々に将来有望な若者を見れたしのぉ。」
老人は思い出す。ドラゴン狩りの異名を持つ男を。凛とした立ち振舞いの女剣士を。そして、あの中では頭一つ抜きん出たその二人が、決勝の舞台で対峙するであろう、と。
(まだまだヒヨッコじゃがの。)
「有望?それって僕のことだよね!」
少年はニコニコと自身を指差す。そんな少年に対し、老人は溜め息をついて呆れたように返す。
「たわけ。お主は将来有望でも、若者でもなかろうが。」
「あはっ、そうだった。でも心はいつまでも少年のままだよ?じゃあ、僕もそろそろ行こうかな!」
少年は席を立ちドアの前で立ち止まると、首だけ捻り一言残して姿を消した。
次は破滅の舞台でお会いしましょう 、と。
残った老人は空いた盃に酒を注ぎ、いつの間にか少年が置いていった手紙を手に取り、目を通す。
『PS、その名前センスないです。』
「ふん、ワシのは本名じゃ!お主の『プルリンコ・ムサシ』の方がよっぽど問題じゃわい。」
夜が更けていく。
翌朝、宿の一室に老人の姿はなかった。