117 強くてニューゲーム!
俺は次元を斬り裂き、その隙間へと飛び込んだ。
表と裏のその狭間。そこは歪曲した空間であり、様々な世界へ繋がっていた。窓から見える景色のように、そこには幾つもの世界が散らばっていた。
無数にも思えるそれらの世界の中から、俺はルーの魂を目指した。
ルーとの魂の繋がりは未だ全く感じない。
どうする?
そう思っていると、ふと足元に暖かな光を感じた。
視線を落とすとそこには──
「ノア?ノアなのか!お前、なんでこんな所にいるんだよ!?」
俺を守って命を散らした大切な仲間。ノアにもう一度会えるなんて、夢にも思っていなかった。
「アーサー、久しぶりー!えっとね、ボクは今、魂の状態なんだ。これからリセットされて生まれ変わるんだ!前にボクの魔核を加工したでしょ?本当なら魔核は消えて、すぐに魂になるはずだったんだけどね。」
ルーが固定化の魔法をかけていたため、ノアの魂は魔核の中に維持されていた。どうやら死ぬ前の俺の剣で魔核が割れて、魔法が解けたことで魂の浄化が始まったようだ。
「ルーのところに行きたいんでしょ?ボク連れてってあげるね!」
「そんな事できるのか?」
「まあね!だってルーのところにもボクがいるんだから!」
「あっ、あの魔核のことか!? そうだ!だったら治せば復活させられるかもしれない!」
割れた魔核は今でもノアの魂とリンクしているようだ。俺は、魔核と魂さえ無事ならば、とノアの復活に期待を膨らませるのだが、ノアは少し寂しげに答えた。
「嬉しいけど………ごめんね、それは無理なんだ。普通は死んだら終わりだよ?アーサーやルーが特別なんだよ。」
「でも………じゃあ、再生神の巫女に頼めば!」
「うん。出来るかもしれないけど、ボクは嫌だな。だってボクは幸せ過ぎて十分満足してるんだから!寂しがり屋のアーサーを見守るくらいはしてあげたいんだけど………アーサーならもう大丈夫だよね!今はボクにもやりたい事ができたんだ!」
「大事なこと?」
「うん!君を送ってボクは魂を浄化されるんだ。そして、新しいボクになって、アーサー達みたいにいろんな人と出会って世界を旅するんだ!それがボクの新しい夢なんだぁ!だから………これで本当にお別れ。」
ノアは新たな夢を楽しそうに語っていた。その言葉に俺は寂しさを感じる反面、少しの誇らしさと嬉しさを感じていた。
あの旅をノアが楽しかった、俺達と出会えて良かったと思ってくれたことが嬉しかった。
自然と涙が溢れていた。
「そっか………分かった。寂しくなるけど、俺ももうグダグダ言わないよ。だって、ノアは新しい夢に一歩踏み出したんだもんな!俺にもまずはルーを救うっていう願いがある。ノアはその為にわざわざ出てきてくれたんだろ?なら、俺も俺の為すべき事をやるべきだよな。いつかお前が生まれてくるはずの未来の世界を守る為にもさっ!」
「もぉ、泣かないでよ。ボクも寂しくなっちゃうよ。最後まで、いつもみたいに笑ってよ!」
そうだな。これは別れであると同時に、ノアの旅立ちでもあるんだ。ノアには助けられたり励まされてばかりで、ホント何にも返しきれてないな。最後くらい、今までの分全部返すくらいに応援しなきゃだよな!
「ノア!生まれ変わったらいろんな冒険が待ってるさ!お前ならきっと好奇心がおさまらなくて、いろんな物語を繰り広げていくんだろうな。お前の来世、楽しみにしてるぞ!」
「うん!アーサー、今までありがとうね!皆にもちゃーんと伝えてね!………ばいばい。」
皆に伝えろって、それはさっさと全部終らせて皆を無事に連れて帰れって、そう言いたいんだよな?
俺にプレッシャーかけないようにそう言ったんだろ?
まったく、お前はいつも気を利かせすぎで、最後まで頭が下がるよ。
ノアに手を引かれて辿り着いた一つの光。
その奥にルーの存在を、愛しい温かな何かを感じる。
「ノア………あんなに小さいのにお前は俺達みんなを守ってくれて、その先へ導いてくれる。まるで方舟みたいな存在だな!ここからは、お前自身の自由な海を思う存分に突き進んでくれ。一緒にいてくれてありがとな。………バイバイ!」
振り返ることなく、俺は光の中へと飛び込んでいく。
視界も、意識も、何もかもが真っ白な光に包まれた。
***
胸の鼓動が聞こえた。
目を開く。
ルーの後ろ姿が見える。視界の端にボロボロのローブから出る破滅神アラマの白い骨の指が見える。
俺は息を吹き返した。それは俺が死んだ直後の事だった。よろめきながら立ち上がる。貫かれた胸の傷はいつの間にか塞がっていた。
「なにっ!?貴様、なぜ生きている!貴様は胸を貫かれ、確かに死んだはずだ。………まぁよい。今度こそ確実に息の根を止めてくれようぞ!」
アラマを起点に一瞬で世界が塗り替えられた。それと同時に、皆の動きが停止した。
世界の時間が停止していた。
目の前へ骨の身体が悠然と歩いてくる。
停止した時の中でも俺の意識は働いている。しかし、身体は動かなかった。
このままでは殺される。さっきの二の舞でしかない。
しかし、俺は悲観していなかった。
諦めるわけにはいかない。可能性の全てを今この瞬間にかけると決めたのだから。
理不尽を断ち切る武器は、もうこの手の中にあるのだから!
「来いっ!エクスカリバーーーッ!!」
俺の手に新たな剣が生まれる。それは重さなんて全く無い、光の剣だ。
光が俺の全身を優しく包み込んでいく。俺の身体は時の止まった色褪せた世界でも、目の前の破滅神同様に少し動き始めていた。
『何も斬れないが何でも斬れる剣』。そう言って渡された名も無き剣こそが俺のアーティファクト『エクスカリバー』の特性であり、あらゆる鎖を断ち切る力だった。
それは物理的という意味ではなく、呪縛や因果など、自分としての存在を縛るものを断ち切るための剣。何かに抗う心の表れでもあった。
理不尽な力に抗うために、俺は今、時という鎖を断ち切る!
「うぉぉぉぉーーーっ!!」
「ぐぬっ!!」
斬り上げた剣閃がアラマの骨の腕を斬り落とした。そして、停止したこの色褪せた世界を斬り裂いた。
「貴様に時空間を操ることはできぬはず!何故だ!何故動ける!?貴様は、何者なのだっ!!」
「………俺はアーサー・バレンタイン。俺は皆の笑顔を、いつかノアが生まれてくる世界を、俺が想い描いた未来を守りたい!ただそれだけだ!!」