116 終わることの意味
気がつくと、そこは見覚えのある景色だった。
ぼんやりした不思議な空間。
初めてルーと会った場所。
そうだ、ここは次元の間だ。
「あぁ、俺………死んだのか。」
あの時、ヤツに斬りかかったはずなのに………。目の前にいたのはルーで、ヤツは手刀で背中から俺の胸を貫いていた。
「くそ、意味わかんねぇよ!」
薄れゆく意識の中で聞こえたヤツの言葉。
『時を止められるとは思ってもいなかったか?』
アラマは確かにそう言っていた。
「時間すらも支配してるってのか?何だよ……それ。そんなのどうすりゃいいんだよ!……やっぱり神様に勝とうだなんて、土台無理な話だったっていうのかよ。」
あの後、皆やられたんだろうか。
セフィリアもガディウスもシルフィーナも………そして、ルーも。
最後、視界が閉じる瞬間、たしかにルーの目からは涙が流れていた。
「ごめんな、ルー。救ってやれなくて。お前はこの人生を始めさせてくれた人。前世では味わえなかったいろんなことを教えてくれた大切な人。そして、俺の………。なのに、俺じゃ力不足で………ごめ……ん。」
俺はルーとの出会いから始まったこの人生を思い返し、救えなかった事を嘆き、大切な人一人すら守れない己の無力さに涙した。
「ちくしょーーーっ!!」
心の中心に楔のように打ち付けられた『理不尽に抗えなかった』という無力感からは、もはや叫ぶことでしか逃れる事ができなかった。
「くそっ!くそっ!くそっ!!」
どれだけ叫んだだろう。
どれだけ涙を溢しただろう。
誰も存在しない、生と死の入り交じる静寂の空間で、俺はただ一人喚き続けた。おかげで俺の中にあったやり場のない感情も少しは発散できたのか、はたまた叫び疲れたのか、暫く経った頃、俺は叫ぶことをやめていた。
茫然とする中、俯き続けてきた顔がわずかに上向いたその時、ふっと目の前を光が過るのが見えた。
それは小さな光の蕾だった。
その蕾は、俺が気づいたことを察知して目の前にやって来ると、静かに語りかけてきた。
「諦めるのかい?」
「………あんなヤツ相手に、何が出来るんだよ。」
「彼女は助けなくていいのかい?」
「ふざけんな!助けたいに決まってるだろ!けど………」
その声は、俺の弱い心に更に楔を打ち込むように問いかけてくる。胸を抉るように耐え難いものが込み上げてくる。
「けど、何?勝てないから諦めるのかい?まだ出来ることもあるかもしれないのに?」
「…………」
「救えるのは君しかいないかもしれないのに。」
為す術なく命を奪われた絶望的記憶が言葉を紡ぐのを妨げる。分かっている。分かっているが、でも、またダメだったら………。
怖い。手から全てが溢れ落ちていく感覚が。何も守れないことが。
諦めきれない気持ちと未だ残る無力感に、俺はどうしてよいのか踏ん切りがつかなかった。一歩を踏み出す勇気がなかった。
「竜神の力があっても、結局俺には救えなかった。力があっても更に別の理不尽が襲ってくるんだ!………どうしたらいいんだよ。」
俺から出たのは消え入るような呟きだった。
「疲れたんなら休めばいい。立ち止まることも大事だと思うよ?でも、諦めることは違う。諦めるということは、その先の望んだ未来を全て捨てるということだよ。」
アイリやムジナの顔が過る。ラナの声が蘇る。皆と過ごした楽しかった日々が過ぎ去っていく。そして、ルーの涙が………。
「………出来ること………あるのかな。………俺にまだ、何かあるのかな。」
「僕には分からないさ。それは君次第なんだから。でも、諦めたら絶対に何も出来ないよ?」
『諦めたら何も出来ない』
その言葉は俺の心にスッと染み込んだ。それは俺が昔から思ってきた言葉だ。
「そうだったな。諦めたらできるものも絶対にできる訳がない。」
当たり前だよな。今の行動が積み重なって未来に繋がっていくんだから!描かないと絵はできないし、シュートを打たないと点が入ることはない。それと同じだ。
分かっているつもりでも、根っこの部分じゃ理解できていなかった。
「ありがとう。手を伸ばして、伸ばして………伸ばし続けて届く未来があるんなら、俺は可能性の全てを出し切ってでもルーを連れ帰りたい!」
元より俺の中にあったはずの諦めない心は、長い時を経て、今ようやく息づき始めていた。
「もう大丈夫かい?」
「あぁ、ゴメン。心配かけたな。早速だけど、すぐにここを出たいんだ。待たせちゃったけど、力を貸してくれるか?相棒!!」
「ようやくだね。もう待ちくたびれたよ!」
蕾は嬉しそうに、俺の求めに応えてくれた。
ここでの一度目はルーを連れていった。そして、二度目はお前を連れていく。
「じゃあ行こうか、エクスカリバー。」
目の前の蕾が開いていく。隙間から光の漏れ出る。
そこにいたのは、黄金色に輝く1本の剣を持った小さな少女。今まで幾度か見た事のある謎の少女だ。
今なら理解できる。
彼女は初めから俺の中にいた。そして、最後まで気付かずにいた俺のアーティファクト。
いや、最後じゃないな。なぜなら、俺はまだ諦めていないんだから。
「まずはこの次元の間から出ないといけないね。できるよね?」
エクスカリバーはあたかもできて当然のように訊いてくる。
「あぁ、わかるさ。最初にルーは、ここは魂の再生工場みたいなもの、って言ってたからな。お前が俺と話したり姿を保ててるってことは、俺の意識がここに存在してるってことは──」
少女から黄金の剣を受け取る。温かい。体の一部であるかのように、それはすんなりと手に馴染んだ。
「──お前にも生まれ変わらせる力があるんだろっ!?」
目の前の虚空を一線。空間が裂ける。
彼女はニコリと微笑んだ。
「頑張って!僕はいつでも君の味方だから。ずっと側についてるから。」
あとはここに飛び込めばいい。ルーを思いながら。
そう、俺とルーには魂の繋がりがあるのだから。