115 戦いの渦
俺は剣を振り上げ、アラマへと飛びかかる。が、左から不意の殺気を感じ、剣の腹で防御の姿勢をとる。
すると大きな衝撃が剣を通して伝わり、真横に吹っ飛ばされてしまった。
転げながらも体勢を整えると、そこには拳を突き出したファンキー・タオピーが姿があった。
「少しはマシになったようじゃが、お主ではワシを満たすことはできんようじゃ。破滅の神よ。ワシと戦ってはくれんか?もっとも拒否権などないのじゃがの。」
「いいだろう。貴様にも世話になった。その望み叶えてやろう。そこの竜神には彼女達の相手をしてもらうとするか。これで邪魔される事もあるまい。」
アラマが骨の手を俺達の方へ払うと、金と銀の少女は前に足を踏み出した。
タオとアラマの戦いは凄まじかった。
瞬間移動でもしたように、一瞬でタオがアラマの懐に潜り込む。そして、胸の辺りに掌を当て、アラマを吹き飛ばしたのだ。
これが気というヤツなのだろうか。
しかし、アラマにはあまり効いた様子はない。
再び近づいたタオに今度はアラマが手を振りかざした。その瞬間、タオは前進を捨て、射線上から飛び退いた。服の裾がチリチリと消滅していく。
二人の間に再び距離が生まれる。
その距離感は何を示すのだろう。きっと破滅神の力を測った結果として、二人の力量の差がそのまま距離に現れたのだろう。
遠くもなく、近くもなく。
すぐに手が届きそうでもあり、届かなそうでもある。
微妙な距離感。
だが、その距離は決してタオにとって安全というわけではなかった。
骨の指先からは特大の火球が、水のレーザーが、プレス機のような土壁が、見えない真空の刃が次々と放たれていく。
激しい爆風と土煙を巻き起こし、タオを滅さんと襲いかかる。
暫くの後、土煙の中から影が飛び出した。その影に向けてさらに火球が放たれるが、火球はいなされ、タオの後方で爆発する。そして、その隙を待っていたかのように、アラマの頭部へ刃物のような鋭い蹴りが見舞われた。
地面を削ぐように蹴り飛ばされたアラマだったが、苦もなく幽鬼のようにゆらりと身体を起こした。
「ふぉっふぉっふぉ、やはり真の強者との邂逅は心踊るものがあるわい。この時間が永遠に続けばよいのにのぉっ!!」
表情の読み取れない骨の顔は、只々眼前の老人に向けられている。最早二人の周囲は、戦場と化していた。
***
激化する二者の戦いの一方で、俺達はクーデリカとルーと対峙していた。
(まさかルーやクーデリカと戦うことになるなんて………。どうすればいい?どうすれば助けることができる?)
可能な限り二人を無力化する方向で対処したい。というより、少なくとも俺は彼女達に刃を向けることはできないだろう。
「ルーは俺にやらせてくれ。皆はクーデリカを頼む!」
「こっちは任せな!ケケッ、さっさ嬢ちゃん達を取り戻しちまおうぜっ!!」
もはや何も通じないのだろうか。
そんな事はないはずだ。
「ルー!俺だ!アーサーだ!!お前はもう忘れちまったのか!?」
必死に呼び掛けるが、やはり反応は無い。返ってくるのは今まで隣で見てきた強烈な魔法だ。しかし、彼女の中にあるのは叡知の書の残骸なのか、その威力は今までより落ちているように思う。
彼女に剣は振るいたくない。傷付けずに無力化できないものかと思考を巡らせながら、ルーが放つ魔法を受け流していく。
クーデリカ達の方をチラリと見れば、それが破滅の巫女の能力なのか、クーデリカが手で触れた所を塵芥に変えている。
これでは迂闊に接近することもできない。
どちらも良い戦略が立てられていなかった。
そんなことに気を回しすぎたせいか、反応が遅れてしまった。足が地面から伸びた鎖に絡めとられる。それは更に俺の両腕へと巻き付いた。
「くっ、ヤバイ!!」
すぐに周囲の空間が透明な鏡のように覆われていく。
「これ、前にルーから聞いた『リフレクションマジック』っていう反射増幅魔法じゃないか!?ということは………。」
予想通り、すぐに特大級のファイヤーボールが放たれた。いくら威力が落ちていても、これを受けて無事に済むとは思えない。
高速で押し寄せる火球に覚悟を決めて、竜の力である竜闘気を纏い、防御の姿勢をとる。だが、俺の身体が灼熱に焦がされることはなかった。
「アーサー!私も加勢します!」
俺の前には頼りになる凛々しい女性の後ろ姿があった。
「セフィリアさん!!」
セフィリアが剣でファイヤーボールを斬り裂いていた。
「遅くなってすみません。ルーテシアさん………まさか操られているのですか?」
セフィリアの声に戸惑いが窺える。
俺はセフィリアに、今のルーとクーデリカは傀儡のようになっていることや、傷付けずに助けたいということを簡潔に説明する。
「そういうことですか。アーサーはまだ諦めていないのですね。………ならば、まだ私にも出来ることがある。私がお相手をしましょう。」
セフィリアが絶対領域を発動させる。
「そうか!相手のマナを操作できる絶対領域ならっ!!」
マナを失い、ルーの顔色が目に見えて悪くなっていく。
「ここで気絶させれば!」
どうにかなると俺は一安心していた。しかし、現実はそう甘くはなかった。
「ぐぁーーっ!」
背後でセフィリアの叫びが轟き、同時に絶対領域が消えた。
何事かと振り返った視線の先には、白骨の手に首を掴まれたセフィリアの姿があった。
先程までタオと戦っていたはずの破滅神アラマがそこにいたのだ。
「アラマァーーーッ!!」
セフィリアを救わんと剣を手に飛び出す。
アラマはセフィリアを投げ捨てると、俺の剣を骨の腕で受け止めた。だが、障壁らしき物がアラマとの間を隔てている。チリチリと悲鳴を上げるように二人の間で力が衝突する。
一旦セフィリアの横に下がり、距離を取る。咳き込んでいるが、どうにか無事のようだ。
竜神としての力を取り戻し、竜闘気を纏った俺の能力は今飛躍的に増大している。前回は歯が立たなかったが、魂が一つになった今の俺ならやれるはずだ!
再び剣撃を浴びせ、アラマを一気呵成に攻め立てる。
二人の力は同等のように思える。
「届く!この剣で今度こそ全てを断ち切るっ!!」
破滅神を倒すことができる。その光明が俺の勢いを更に加速させる。
一撃が障壁を砕き、次の一撃がアラマの骨の身体に傷をつけていく。
「これで終わりだっ!うおぉぉーーーっ!!」
一刀両断する形で渾身の一撃を振り下ろす。
その時、アラマの口元がニヤリと歪んだ気がした。表情などない骨の顔にどこか嫌な予感がした。
だが、避けきれないはずだ。もうすぐ終わる。
ヤツを斬ってこの戦いも終わるはずだ!
その刹那、俺の全力の一撃が振り下ろされた先には、アラマではなくルーがいた。
「えっ!?なんで……ルーが!?」
アラマが立っていた位置に、まるで一瞬で入れ替わったように、いつの間にかルーが立っていたのだ。
速度の乗った、振り下ろしたその剣はもう止められない。
このままじゃ、ルーが!!
ガキンッ!
地面まで剣が振り下ろされる。ルーを斬ってしまったかに思えたが、結果として彼女は無事だった。
何故?そう思って顔を上げると、ルーの胸元に光る欠けた黒い球が目についた。
「そうか。ノアが守ってくれたんだな。」
ネックレスにつけられたノアの核が偶然にも剣との間で盾となるようにルーを守ったのだ。
「よかった。死んでもまたノアに……助けら……れ……ぐはっ!!」
おかしい。急に呼吸が苦しくなり、血の気がどんどん引いていく。胸の辺りには激痛を感じる。
俺の身に何が起きたんだ?
どういう理由か、俺は口から血を流していた。
痛みの元に視線を落とすと、白い骨の手が胸を突き破っていた。
「時空間に干渉すら出来ぬとは。それで我を屠ろうとは片腹痛いぞ、竜神よ。」
「何を……言っ……てる……。」
「解らぬか。時を止めたのだ。」
ダメだ。思考が働かない。意識が朦朧としてきた。
地面に臥した俺の視界は徐々に霞がかっていく。
「………ル……ゥ……。」
ぼんやりした視界の中で、彼女の頬を一粒の涙が伝うのが見えた。
それを最後に、俺の視界は完全に闇で覆われた。
俺は命を落とした。