113 世界の仕組み
俺と姉のシルフィーナは西のピラミッドへと急いだ。だが、そこは何やら結界で覆われているようだった。
「そこをどいてくれないか?」
俺はピラミッドの守護者に声を掛ける。入口の前にいたのは、長く鮮やかな緑の髪を肩口に垂らした妖艶な女性。再生神の巫女だ。
何故彼女はこんな事をするのだろう。
そんな疑問が頭を過るが、今は破滅神の復活を止める、それの方が先決だ。
だが案の定、彼女は俺の言葉には従わず、その場を動くことはなかった。
「よくぞ参りました。運命に魅入られし者よ。」
彼女は少し気になる言い回しで俺をそう呼んだ。しかし、それを気にする間もなく、突如彼女に真空の刃が襲いかかる。
「時間もありませんし、早々にご退場願いますか?」
それを為したのは、俺の隣に立つシルフィーナだった。
上品に微笑するシルフィーナだが、その言動は明らかに異なっている。見えない刃に眼前の巫女は全身を切り刻まれていく。
「あらあら。お嬢さん、気が早いのね?そんな事をしても意味なんて無いのに………。」
しかし、巫女はそんな事は気にも止めていない様子だ。それもそのはず、切られた先からみるみる傷が塞がっているのだ。
シルフィーナもこれ以上は無意味と感じたのか、攻撃を中止していた。
「この結界は特殊でして、何人にも破壊することはできない仕様になってます。私にはあなた方を相手する力はありません。どうしてもこの先へ行きたいというのなら、少し話に付き合いませんか?」
たしかにルーがティアリーゼという名の再生神の巫女だった時も、戦闘する姿を見た記憶はない。結界や再生に秀でているが、再生神の巫女は戦闘には優れていないのだろう。
俺とシルフィーナは視線を交わし、戦闘態勢を解いた。
「それでは問いましょう。あなたはこの世界を救いたいのですか?」
「えっ!?」
彼女の問いかけは、至極明白であるはずのものだった。ここで、このタイミングでそんな質問が出るなど全く不可解でしかない。
「当然だよ。そうでなければ俺達は何の為に戦っているんだよ。」
俺の返答は決まりきった、そのままの答えだ。
そして、それに対する、敵であるはずの彼女の答えは俺の意に相反するものだった。
「そうですか。私も同じです。私も世界を救いたいのです。」
「貴女、一体何を言っているの?」
彼女も世界を救いたいと言う。俺達には彼女は真逆の行動を取っているとしか思えないし、事実、そうに違いなかった。
彼女の真意は一体………。
「理解できませんか………では質問を変えましょう。あなた方は世界の仕組みについて理解していますか?」
「世界の………仕組み?」
さらに不可解な言葉が投げかけられる。
再生神の巫女である彼女が世界の滅びを望む理由。それがそこに存在するのだろうか。
「この世界は運命神様によって全てが定められています。あなた方が今ここにいるのも、破滅神様が顕現なさるのも。仮に一秒後にあなたが死んだとしても………。それは運命神様が定めた事柄なのです。」
「つまり、私達が姉弟であることやアーサーが一度死んでいることなども、という事ですか?」
シルフィーナの問いに巫女は静かに頷き返した。
「えぇ、全てです。私が再生神の巫女という存在であることやあなたが風のアーティファクトを宿していることも。竜神の仲間であるスライムが死んだことさえも、全てです。」
彼女の告げた真相。有り体に言えば、この世界で起こる全ての事象は運命神によって管理されている。そういう事だった。
「この世界の生きとし生ける者は全て、運命という呪いをかけられているのですっ!」
そこに彼女の憤りを感じる。しかし、それが何に対する怒りなのか具体的には分からず、俺には曖昧にしか理解ができなかった。
「たしかに知らなければ、何の苦悩もなく、ただあるがままに己の生を受け入れるのみでしょう。しかし、真理はそうではありません。」
「仮にそうだとして、なんで世界の崩壊を望むんだ。おかしいだろ!?」
全て人々がすでに定められた運命のレールを歩いているとして、それが嫌だからと皆を巻き込んで世界を滅ぼすなんて………そんなのは間違っているはずだ。
「竜神アーサー、あなたは気付いていないの?」
「何の話だ?」
問い返した瞬間、彼女の怒りの矛先は何故か俺へと向いた。他人事のように、俺が自分の事を棚に上げて話を進めている、そう言いたそうな、そんな目をしていた。
「理解していないようなので言わせてもらいますが、この状況を生み出しているのは他でもない、あなた自身なのです!!」
彼女は声を荒げ、俺を睨んだ。その理不尽に向けられた眼差しに俺は困惑する。
(俺のせい?どうして俺のせいなんだ?昔の記憶にもそんな内容なんか無かったぞ?)
俺に思い当たる節は何もなく、ただ困惑を深めるばかりである。シルフィーナを見ても、訳が分からないという様子で首を横に振って返した。
「………少し感情的になりすぎたようね。今のこの状況はあなたのせいといっても過言ではありません。今、この舞台は世界の崩壊を賭けた我々の舞台であると同時に、運命神様と竜神アーサーの対決でもあるのです。」
少し落ち着きを取り戻した彼女は、毅然とした態度で真実を述べていく。
「それはあなたを中心に回る戯れのようなもの。私達は全て、終わりのない輪廻に囚われています。我々も破滅神アラマ様も生と死の狭間で、運命による終わりのない無意味な哀しみの連鎖に囚われてきました。私達は世界を壊し、ゼロから始めることでその呪縛を断ち切りたい!でも、あなた達にその呪縛を振り払うことは出来るの?」
訴えるように彼女は俺を見た。
俺達の知らない所で彼女もまた戦っていたのだろう。そんな気がする。
彼女の伝えたい事に、俺はようやく理解に至った。
この舞台はチェス盤。俺は預かり知らぬうちに対局者として座らされていたのだ。そして、俺の座る正面の椅子には、見えない運命神の姿がある。
これまで俺の打ってきた手は相手に誘導され、打たされていたのだ。そして、運命という打ち筋を超えなければ、この先に勝利はない。
再生神の巫女達は、この盤自体を消して、新しい流れを作りたい、もしくは囲碁や将棋といった別の盤、全く別の世界を創りたいのだろう。それこそ、何にも縛られない自由な世界を。
でも、だからと言って、俺は彼女に賛同することはできない。
少なからず、俺が仲間を好きな気持ちは本物だと思うし、ルーを好きになったのは真実だと思うから。そこに何かの意思が働いたとしても、そこに紛れもない俺の意思が存在しているのだから。
それは俺だけでなく、世界中の誰にでも、等しく同じように言えるはずなのだから。
「俺には、君が選んだ選択を選ぶことはできないよ。何かを犠牲にして事を為しても、いずれ必ず別の歪みが生まれる。」
俺自身、二つの魂に分かれた事をはじめ、今にして思えば前世で治めてきた争いもそうである。何かを切り捨てても別の何かが関わってくるのだ。それに、破滅神を封印した時もそうだったはずだ。それが現在に繋がっているのだから。
「俺はもう自分を偽ることはしない。自分の意思を貫く事にしたんだ。ルーを取り戻して世界の崩壊を止める。それに、それが運命に打ち勝つことになるはずだろ?新たな可能性になるはずだ!まだ世界に絶望するには早いはずだ!!」
「………このまま話していても平行線ですね。いいでしょう。ならば、今一度あなた方の行く末を見守りましょう。ただ、アラマ様が顕現なさるのは変えられぬ運命でしょうね。私には、それで世界が滅べば予定通り。新たな可能性とやらを切り開ければ、それもまた良し。では、幸運を祈ります。」
再生神の巫女は自分の仕事を全うしたように、スッと結界を解いた。
「時間を取らせましたね。ここには何もありませんし、何をしてもすでに手遅れです。もうすぐ復活の儀が始まります。世界樹へ急ぐといいでしょう。」
彼女にしてやられた感じは大いにするが、これは俺が理解しておくべき事実だったのかもしれない。
踵を返した俺は一度後ろを振り返る。
「そういえば、君の名前は?」
「私は再生を司る神の巫女、カグヤ。」
「カグヤ、もしも俺が運命に打ち勝てたならお願いがあるんだ。」
「いいでしょう。私に可能な事ならば、全てが終わった後にお聞きしましょう。」
僅かにカグヤが微笑んだように見えた。彼女もまた、出来ることなら違う未来を描きたいと思っているのかもしれない。
「それじゃ、楽しみに待っててくれ!」
満月が天頂に達する。
そして、四方から照らされ、世界樹が月の輝きを纏っていく。
ピラミッドを外縁に、地面には青白い光が走り、魔法陣が形成されていく。
復活が始まる。
俺とシルフィーナは、蒼白の大地を駆け進んだ。