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112 南と北と

 南のピラミッド。そこでは地面を踏み込む足の音と金属がぶつかり合う甲高い音だけが響いていた。


 短刀を手に、忍のような素早い、虚を突く動きで二刀の小太刀を持つ少年へと攻め入るナイン。

 しかし、すでに予見されていたかのように、そのことごとくが苦もなくかわされていく。


「そんな技で僕を倒せると思ってるの?君の技は全て僕がシュバルツベイン家に教え込ませてきたものだ。通じるわけがないだろ? おっと!」


 叱責にするようにナインを詰りつつ、少年は避ける軌道上に割り込んできた鎌を背面飛びの要領で紙一重に飛び越える。


「チッ、やっぱ剣聖ってヤツは一味違ぇか。」


 キリウはあからさまな苛立ちを乗せて舌打ちする。普通の相手ならば死角をついた今の攻撃を避けることなどできなかっただろう。

 二人がかりでも捉えきれない流れるような動き。初めて見た時と変わらぬその笑みは、相手が全く本気でないことの表れだろうか。


 とはいえ、こちらも本調子ではない。


 ソウマの小馬鹿にしたような笑みにキリウは苛立ちを覚えながら、その感情の一番の原因に対して怒鳴りを上げた。


「ナイン!てめぇ、いい加減にしろよ!さっきから馬鹿みたいに突っ込みやがって。ちっとは冷静になれよ!」


「うるさい。オレは冷静だ。」


 キリウの言葉を一蹴したナインは、そのままソウマへフェイントをかけながら再度挑んでいく。


「ったく、どこがだよ。」


 普段の一瞬の隙を突く鮮やかな立ち回りとは異なり、どこか我武者羅で、今のナインは明らかに冷静さを欠いている。それでも高い技量ではあるだろう。しかし、その持ち味を全く活かしきれていない。

 相手は剣聖と呼ばれる程の実力者であり、且つ、ナイン以上に暗殺術に長けた人物。生半可では太刀打ちできるはずもなかった。


 苛烈な連撃の末、背後をとったかに思えたナインだったが、またもソウマの一振りに弾き飛ばされる。


「本当につまらないね。そこのお友達の言う通りだよ?まったく、冷静さを失うなんて暗殺者として失格だよ。君はやはり欠陥品。使えないガラクタとしか言いようがないな、ナイン。」


「くっ………ゼロォーーーッ!!」


 あらゆる技を防がれ、次の戦略もおぼつかないままに、ナインはただ感情に任せて飛びかかる。


「はぁ、もう目障りだ。消えるといい。気道捌式『炎縛』。」


 見るに耐えないといった様子でソウマがスキルを発動する。それはナインを取り囲むように足元で業炎を生み、一瞬で空高くへと立ち昇る激しい火柱を生み出した。

 紅蓮の鎖がナインの身体にまとわりつく。


「チッ、あの馬鹿が!『風刃』!!」


 キリウは初めて見る技に驚きつつも、スキルを発動して風を纏った鎌で火柱を切り刻み、飲まれたナインを救出する。プスプスと煙が立ち、所々焦げているが、一応防御は間に合っていたようだ。

 身体的にはまだ問題なさそうではある。ただ、その瞳には諦めの二文字が見て取れた。


「………てめぇは少し、アーサーを見習えってんだ。」


「………。」


 溢すように投げかけられたキリウの言葉に、ナインは無表情で考える。


 自分に彼の何を見習えというのか。たしかに、着眼点やアイデアなど光るところはあるが、まだ未熟。前世の力が戻ったことでたしかに強くなったかもしれないが、キリウが言いたいのはそういう事ではないのだろう。何が言いたいのか全く分からない。


「アイツは弱ぇ。弱ぇが、それでも強くあろうとする。そんで弱ぇなりに周りを頼って自分の力にしてんだ。てめぇの隣にゃ今誰がいんだよ!何が言いたいか分かるよな?分かんねぇんなら、ブッ飛ばす!!」


 そこまで言われ、驚くと同時にナインは静かに笑った。彼が何を言いたいかは明白だ。それに気付いたナインは先程までとは違い、鬼気迫っていたその顔はとても穏やかなものになっていた。


「そうか。オレは何も見えていなかったんだな。オレ自身すら………。」


「頭は冷えたかよ。ったく、手ぇ掛けさせやがって。だがよ、ナイン。てめぇは運がいいぜ?丁度偶然にもこの場に、このキリウ様がいるんだからよぉ!」


 傲慢を身に纏うように高らかに笑うキリウ。


 ナインは自分一人で全てを解決しようとしていた。敵わぬと知りながらも、周りを見ようとしていなかった。ただ眼前の憎悪に囚われ、その根元だけを見ていた。

 しかし今、その全てが間違いであると気付かされた。そのためにキリウは同行したであろうに、彼の存在を無視していたのだ。


『一人で無理なら、俺を頼れ』。どうやら彼はそう言いたいらしい。


 偶然と言ったが、彼はこうなる事を予期して自分と組んだのだろう。ナインはそんな戦友に感謝しつつ、上から目線で笑い続けるキリウに一言返した。


「さすがキリウ。お人好しの心配性。」


「ッ!? ナイン………てめぇ、やっぱブッ飛ばす!」


 ナインの思わぬ攻撃にキリウの笑みは消え、逆にこめかみには青筋が浮かび上がっていた。


「後で一発ぶん殴るからな!」


「上等。まずは邪魔なアイツを片付ける。」


 いつもの調子に戻った二人は、相も変わらずニコニコと笑みの絶えぬ少年を睨み付けた。


「もういいのかい?じゃあ、僕を殺せるようにせいぜい頑張ってよ!」


「待たせたな。んじゃ、行くぜ!剣聖さんよぉ!!」


「ゼロ………ここで終わらせる。」


 状況は依然として芳しくはない。だが、再び一歩を踏み出した彼らの足取りには、先程までとは別の、確かな力強さがあった。


 月が終焉への刻を告げる中、ぶつかり合う剣撃が次第に熱を帯びいく。

 そして、戦いは加速していく………。




 ***


 場面は変わり、キリウ達とは逆方向に位置する北のピラミッド。

 満月が天頂へ近づくにつれて、彼らの戦いは佳境を迎えていた。


「いくよ、クレイ!『ウォーターネプラ』!!」


 クリシュトフの放った水の蛇が、緑の鱗を持つ獲物を目掛けて襲いかかる。


「くそがっ!!」


 標的と定められたその竜人は鬱陶しそうに水蛇を弾き飛ばすが、弾けて元の水に戻ると同時に、それは獲物を捕らえる為の水の牢獄となった。


 そこへ剣を手にクレイが駆け迫る。切っ先を相手へ向けたまま眼前に到達すると、そのまま水中に囚われた敵を貫いた。


「滅却せよ。『ヒノカグツチ』!!」


 剣が赤熱する。そして、水牢が一気に蒸気と化すと同時に、獲物を体内から食い破るように炎が吹き上がった。使用されたのは、火のファクターであるクレイが持つ最高レベルのスキルである。

 炎が収まりを見せる頃には、灰すらも残されていなかった。


「お疲れさん。これで終わりかな?」


「ケリアン・ブラッキオ………。まさか同じ人間が三人もいるとはな。他にも奇怪な魔物もいたが、あれもクローンというやつだろうか?」


 彼らは海底都市で倒したという、ケリアン・ブラッキオという科学者と対峙した。そこには特殊化した魔物や竜人化した三体のケリアンが迎え出ていたのだが、二人は絶妙なコンビネーションと緻密な戦略性により大きく苦戦することなく、その撃破に成功していた。


「中へ急ごう!」


 クレイは幼馴染みの言葉に従い、ピラミッド内部へと侵入した。

 中は意外な程明るく、何かの装置らしき物が幾つも置かれている。そしてその中央、台座らしきものに、水色の髪をした少女は横たえられていた。


「この娘が水のアーティファクトの持ち主、ナディアだな。」


「そうみたいだね。で、どうする?」


 ナディアの身体には、様々な管やコードが頭の先から足の先まで取り付けられていた。双子の妹ソフィーラの話では、魂を抜かれ、仮死状態ということだったが、どうすれば戻せるかは未だ分かっていない。


「今このままにしておくのは危険だな。連れ出すぞ!」


「ちょっ、クレイッ!?」


 クレイは有無を言わさず、ナディアに付けられたコード類を一気に取り外していった。その思いきった行動にクリシュトフは止める間もなく、ただ唖然とする。

 ここは慎重になるべき場面だった。彼女にどんな悪影響が出るか分からないのだから。結果として、彼女に変化は無さそうなので良かったが………。


「クレイはもう少し考えて行動しようよ。」


 ナディアを両の腕に抱えて前を歩くクレイに、クリシュトフはそう溢す。

 対するクレイは肩越しにクリシュトフに視線をやり、軽い笑みを浮かべていた。


「お前はいつも慎重すぎるのだ。時には大胆に動くことも必要だろ?」


 確かに彼の言うことは一理ある。一理あるが………。


「それは時と場合によるよ。君の場合はいつもでしょ?」


 王国の兵士が保護しに来た時もそうだし、家宝の剣を持ち出した時もそうだった。


(やはり私がしっかりしなければ………。)


 相変わらずな幼馴染みに溜め息を吐きつつ、クリシュトフは妙な使命感を再認識した。


 彼らは前を見る。


 ひとまず、ナディアの救出は達成した。ピラミッドはナディアを治すのに必要かもしれないので、念のためそのままにしている。

 後は仲間達が間に合えばよいのだが………。


 別れた仲間達の成功を祈りながら、月が照らす中、二人は世界樹へと歩を進めた。


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