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110 世界樹

 飛び込んだゲートの先、星々が瞬く漆黒の空間を、俺達は延々と続く水晶でできたような半透明な道に従って、ひたすらに進み続けた。道の両端に疎らに生えた草木のような水晶達が、余計にこの空間が異質なものであると思わせてくる。

 そうして進むうち、巨大な扉の前へと辿り着いた。


「この先に世界樹が………ルーテシアさんがいるんですね。」


 セフィリアの声に皆が気を引き締め直す。そして、互いの気持ちを確認し合うように目を見合わせ、一つ頷いた。


 準備は整った。

 あとは為すべき事を為す、奪われたものを取り返すだけだ!


「行こう!」


 俺は眼前の巨大な扉に手をかけた。




「これは………砂漠?」


 扉をくぐると、そこには今までの水晶の一本道とは違い、地平線まで見渡せる白い砂漠が広がっていた。


 クリシュトフは地面の砂を手で掬うと、徐に目を細めた。やがて軽く観察が済むと、白い砂は指の隙間からはサラサラと地表へ戻っていった


「砂っていうよりも結晶みたいだね。恐らくさっきの所々に生えていた水晶みたいなのが風化したものじゃないかな?さしずめ、星の砂ってところか。」


 彼は観察結果をそのように表現した。星の砂という表現はどこか現実から離れたもののようにも感じられるが、その単語にセフィリアが何かに思い至った様子を見せた。


「星の砂………。物語などでよく用いられる、世界樹の下に存在するというあれですか。」


「まぁ、実物を見た人がいるとは思えないし、偶然状況が似ているだけだろうけど。」


 クリシュトフは「例えて言うならだよ」と念を押し、顔を上げる。そして、周囲を見渡した。


「………ないね。」


 クリシュトフと同じ様に、一同は前方に広がる白い砂漠に目を向ける。


「あぁ、世界樹なんてどこにも見当たらんな。」


 仮に物語で語られる内容が事実に則していて、これが本当に星の砂ならば、ここに世界樹があるはずだ。

 しかし、クレイの言葉通り、扉を抜けた先に世界樹は見当たらなかった。天を突くような巨大な大樹を想像していたのだが、その存在は認められなかった。


「ここまで来て………まさか、世界樹が虚数空間にあるっていう俺の考えは間違いだったのか!?」


 そんな事はないと確信しているが、どうしてもこの状況が一抹の不安を抱かせる。

 そこに存在して然るべき物が存在していない。それはあたかもその答えは間違いであると示唆されたかのように、ただただ真っ白な景色でもって返答されたのだから。



 万策も尽きた。俺達に打てる手は………もう無い。



 拳を握り締めて諦めかけたその時、セフィリアの肩に乗っているフェイが突然鳴き声を上げた。その声につられて見ると、フェイは何やら辺りをキョロキョロと見回している様子だった。


「フェイ?急にどうしたんだろう。」


 普段と異なり、何かを探すような行動を取り始めたフェイ。すると、セフィリアの腕を伝い降りていき、砂漠に向かって走り出した。


「何だ?あのランドイーター、何か見つけたのか?」


「フェイはランドイーターだから、俺達に感じ取れない気配か何かを感じ取ったのかも。ついていってみよう。」


 勢いよく走り出したフェイは暫くしてある地点で立ち止まった。しかし、そこは何の変哲も無い砂漠のど真ん中。こんな所に何があるというのか。


「ようやく追いついたぞ。ここに何かあるのか?………ってフェイ、お前何か食べてる?」


「キュ~。」


 口をパクパクさせて満足そうに綻んだ笑みを浮かべるフェイだが、そこには何か食べ物があるわけでもない。この奇妙な行動は何なのだろう。


 そう思っていると、セフィリアが皆を制した。


「フェイが今いる場所、丁度この辺りからマナが溢れているようです。」


 セフィリアの絶対領域の範囲内に入ったことにより、どうやら空間の一部からマナが漏れているのが視認できたようだ。

 漏れるということはどこかに繋がっているということ。しかもその先には大量のマナがあると推測できる。

 それはつまり──


「世界樹はこの先にあるってことか!」


「………あっ、そういえばエレナさんから困った時には試してみるように、と言って渡された物がありました。」


 そう言ってセフィリアが魔法の鞄から取り出したのは、球体のコンパスみたいな物だった。


「これってまさか、レーダーですか!?」


「えぇ、ルーテシアさんがいなかったので完成版は作れず、試作品の頃に作ったルーテシアさんの位置だけを記憶した簡易版らしいです。」


 すると、コンパスはとある一方向に向けてしっかりとその指針を指していた。

 その方向とはもちろん、フェイがいる、マナの溢れ出る空間だ。


「やっぱりルーここにいる!俺達はちゃんと近づいていたんだ!」


 俺の中で全てに確信が持てた。それは安心感であると同時に、内側から一気に力が湧いてくる感覚だった。


「でもその先って言ってもよ、どうやって次に進むよ?ゲートみたいに空間に裂け目があるわけでもねぇんだぜ?」


 キリウの指摘も尤もだ。それは皆同じ考えだろう。


 しかし、今の俺には悩む時間すらも勿体無いと思えていた。理屈ではない。これ以上何かに阻まれてなどいられない。

 はやる気持ちを抑えきれないように、俺は何もない空間の一点に右手を差し込んだ。


「アーサー?一体何を………?」


「早く行かなきゃ。ルーが待ってるんだ。」


 皆が俺の突飛に見えるその行動に目を丸くする中、俺は更に同じ場所へ左手を突き入れる。


 大丈夫。俺の中にそれができるだけの力はもう備わっている。


「考えるなんてそんな時間もう待っていられない。ここまで来ていちいち足止めを食らうのは………もううんざりだっ!」


 扉の隙間に手をねじ込むように虚空に指を掛けた。あとは全力で左右に開ききるだけ!

『何も斬れないが何でも斬れる剣』。そう言って精神世界で少女に渡されたその力は俺の中に確実に宿っていた。


「待ってろよ、ルー!うおぉぉぉーーー!!開けぇぇぇーーーーっ!!」


 ミシミシ、ミシ………

 空間が悲鳴を上げるように、音を立てて鳴動する。

 あと一歩。あともう少しだ!


「くそったれがぁーー!!」


 パリンッ!!


 何もない指を掛けた空間が、ガラスが割れるようにひび割れた。


「こ、これはっ!?」


 それはまるで空間を引き裂いたかのようであり、俺の目の前の空間の一部には白い砂漠とは明らかに別の景色が広がっていた。


「あれが………世界樹………。」


「皆、行くよ。」


 唖然とする仲間に声を掛け、その先に見えた大樹に向けて、決戦の地へと足を踏み入れた。




「凄ぇ……こいつが世界樹かよ。」


「こりゃやべぇぜ!意味不明に鳥肌が立っちまってやがる。」


 緑に覆われた幹はどこまでも高く伸びやかで、その枝葉に至るまで青々とした生命力に満ち溢れていた。その葉の先端からは雫のように雪を思わせる淡白い光がゆっくりと舞い落ちている。


 悠然にして荘厳。


 生命の源であることを本能に知らしめんとする大樹がそこに根を生やしていた。


 そんな世界樹の存在感に皆が飲まれる中、俺はそれを一瞥し、ルーの姿を探す。


「くそっ!ルーはどこだっ!!」


 ルーの姿が見えない事に焦りを覚え、つい叫ぶように声を荒げてしまう。どうにか落ち着かなければとは分かってはいるが、焦る気持ちを抑えるのは今の俺にはなかなか難しかった。


 すると、誰とはなしに俺が放った言葉に対し、反応が返ってきた。


「ククク、これの事か?」


 その声は、今まで旅を共にしてきた、見知った幼い少女のもの。そして、ルーを連れ去った元凶となる人物の声。

 世界樹の背後から姿を見せたのは、紅の瞳を輝かせた金色の髪の少女、破滅の巫女クーデリカだった。

 その傍らにはルーが横たわっている。


「クーデリカ!いや、破滅神アラマッ!!」


「こんな所まで追ってくるか、忌まわしき運命の子よ。しかし、残念だったな。あとは満月が天頂をさすのを待つのみ。すでに手遅れだ。」


 ここに来てどのくらい経ったかは分からないが、月はすでに高くまで上っていた。天頂まで残り一時間といったところか。


「この肉体では貴様らを相手するには少々荷が勝ちすぎている。時間まで高みの見物とさせてもらうよ。」


「待てっ!」


 クーデリカに悪いと思いつつ、この場を去ろうとする彼女の腕を目掛けて一気に踏み込み、剣で斬りかかる。その剣筋はたしかに彼女の腕を捉えていた。しかし、虚空を斬るように手応えは無く、また彼女の腕にも何の問題も生じていなかった。


「次は復活した我が肉体で相手をしてやろう。次があれば、だがな。」


 幻影の魔法なのか、ホログラムのようにそれだけ言い残してルーとクーデリカの姿はその場から消えた。


 心が折れそうになるが、まだ諦めるわけにはいかない。悔しさにまみれながらも、瞬時に気持ちを切り替える。


「ここが正念場だ。」


 見渡せば予言にあった通り、少し離れた場所にたしかに四方に小型のピラミッドらしき建造物が見えた。恐らく、あれが魂をセットする増幅装置なのだろう。

 その前を守護するように、人が立っているのが確認できる。


 ソウマ達がそれぞれのピラミッドで構えているのだ。


「あのどれか二つに水と土の魂がセットされているのですね?」


「敵を倒して、それを外せばいいんだな?」


「ゼロ………ここで全てを終わらせる。」


「じゃあ、予定通りに行くよ。散開っ!!」


 俺達は各々の方角に別れ、復活の阻止へと急いだ。

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