104 カウントダウン
場面は再び天空城へと移る。
目を開いたシルフィーナは、世界を見通す目により見えたナディアの状況を皆に伝えた。
「私が見たのは、海神の巫女がタオという老人と戦う場面からなのですが………かくかくしかじか、という結果に終わったようです。」
「そんな………私のせいだ。私があの子を王国に送ったせいで………。」
シルフィーナの説明に、ルーは罪悪感を感じていた。そんな未来など誰に予想できるはずもなく、俺達は最善を選択したはずだったのに。
「えぇ、まったくもって貴女のせいですね。貴女が弟をたぶらかす女狐なのが全ての元凶です!」
「姉さん!!………ティアをそんなに虐めないでくれ。」
チャンスとばかりにルーに追い打ちをかけるシルフィーナだったが、アーサーに咎められ、しゅんとしてしまった。
「ルーテシアさんのせいではありませんよ。ですが現状、土、水の二つの魂が奪われたことになりますね。それで先程の奇妙な感覚に陥った、と。」
セフィリアに続いて、クリシュトフが口を開いた。
「そうだね。たしか復活の条件は、四属性の魂、叡知の書、世界樹だったっけ?四属性の魂の方は条件が変わっていそうな雰囲気だけど、叡知の書は無事だし、世界樹は未だ場所は不明だ。でも世界中を旅してきた私達でも世界樹に関しては噂すら聞いたことがない。世界樹が今のところ打開する糸口になりそうだね。」
「でもよぉ………この破滅神の胎動みたいな予兆はよぉ、もしかして敵さんは今、その世界樹って場所で準備してるんじゃねぇのか?」
キリウの発言に皆が固まった。
たしかにその可能性が高い。仮にそう考えると、残すはルーの魂の付属物であるアーティファクト『叡知の書』のみ。つまり、俺達はいつの間にか後手に回っていたということになる。
「そういや、なんで嬢ちゃんのアーティファクトが必要なんだ?なんか意味があるから必要なんだろ?復活に必要なエネルギーとかがその世界樹で賄われるんなら、叡知の書なんて必要なさそうじゃねぇか?」
皆の表情が浮かばない中、ガディウスが疑問を投げかけた。言われてみればその通りだ。俺の予想では破滅神を降臨させる触媒のような物ではないかと推測しているが………。
「ティア、制限のない今なら全てを話せるんじゃないのかい?」
「………そうね。叡知の書というのは、本来私の物ではないの。これは破滅神の力の源………核、のようなものよ。」
「やはりそうか。君は巫女であった時、魔法は再生魔法しか使えなかった。最初は人間になったおかげかもと思ったけど、それは人の域をあまりに逸脱している。あの封印で君が封じた物………それが叡知の書だったんだね。」
ルーはアーサーに軽く首肯した。
つまり、あの強力なルーの魔法は破滅神の力の一部を使っていたということだろうか。
(だがそうなると、叡知の書が戻って復活した破滅神ってのは、最低でも今のルーに対抗できる力がなければ誰にも止められないんじゃないか?だとしたら、復活を確実に阻止しないと本当に手遅れに………。)
声が届かないのが本当にもどかしい。土のファクターであるラハートも水のファクターであるナディアも守りきれなかった。このままじゃ何もできないままルーも世界も全てを失ってしまう。
何も対策が浮かばないまま、抑えようのない不安と焦燥感が俺を埋め尽くしていった。
すると、クレイが手を挙げてシルフィーナに尋ねた。
「一ついいか?シルフィーナならば世界樹とやらは見えるのではないのか?この世界のどこかにあるのだろう?」
クレイの言葉を受けてシルフィーナの目が再び緑色に変化する。しかしその後、彼女は首を横に振って答えを返した。
「ダメですね。この世界のどこにもそのような場所は見当たりません。」
「姉さん、本当なの?世界のどこかに存在するらしいんだ。」
「アーサー………ですが、見えないものは見えないのです。その情報自体が間違いなのではありませんか?」
この情報はたしか王都での会議の中で言われていたと思うが、信憑性はたしかに低いかもしれない。
そうなると、俺達に打てる手はルーを守り、来た敵を迎え討つことだけになってしまう。それではいずれ守りきれなくなるのは目に見えているし、根本の解決にもなっていない。ただの時間稼ぎに過ぎない。
一同は行き詰まりを見せていた。しかし、耳に入った一つの声に皆が顔を上げた。
「大丈夫。その情報は正しいとは言えなくても間違いじゃない。世界樹の場所はすでに予測できてるわ。そして、シルフィーナのおかげでそれも今、確信に変わったわ!」
ルーの力強い声音に皆の表情が変化する。
「その場所とは何処なんですか?」
「セフィリア、あなたもアーサーも、旅の中でその場所の可能性を知ったはずよ?」
ルーが自信満々といった雰囲気で俺達に向き直る。そして、首にかかるネックレスの三日月を手に取った。
「ヒントは、ここよ。」
ルーが指差したのは、その三日月に支えられるように存在する丸い黒珠、ノアの魔核だった。
「それってどういう──」
「ルーテシア!早く逃げるっ!!」
答えが分からず、アーサーが問い返そうとするが、突然クーデリカが叫びを上げた。
「クーデリカ!どうしたんですっ!?」
クーデリカは突然、頭を抑えながらその場にうずくまった。心配したセフィリアが駆け寄るが、その呼び掛けには応じきれない様子だ。
不意にクーデリカの手がセフィリアへと伸びる。だが、瞬間的にセフィリアはクーデリカから異様なマナを感じ、後ろへと飛び退いた。
苦しそうに頭を抑えていた様子は消え、すっと顔を上げたクーデリカ。その真紅の瞳は魅入られそうな程美しく輝いていた。
「一体何が!?クーデリカ、しっかりしてくださ………ぐっ。」
胸の辺りに痛みを感じたセフィリアが下を見ると、装着していた銀の胸当てが脆く朽ち果てていた。
「さぁ、返してもらおうか。我が秘宝を!」
そう告げると同時に、紅い瞳の金髪の少女は普段とは別人のように俊敏な動きでルーの背後へと回り込み、首へと腕を回すとそのままきつく締め上げた。
「動くな。動けばこの娘の首をへし折る。」
咄嗟の事態にも関わらず、ナインが即座に動いていたが、すんでの所で釘をさされてしまう。
俺達は何もできず、苦しそうにもがくルーを前に膠着していた。
やがて意識を失ったルーの腕は、足掻く事を諦めたように力無く垂れ下がっていった。
「もうすぐだ。今度こそ、傀儡のようなこの世界は滅ぶのだっ!」
その声は狂喜に満ちていたが、ルーを奪われた事への驚きや憎しみを差し置いて、俺にはどこか悲しく嘆いているように心に響いた。
「お前は………破滅神アラマかっ!」
「ほぉ。誰かと思えば、我を封印した忌まわしきあの男か。多少姿形は変われどその魂は変わらず、か。まぁよい。今は為すべき事を優先するとしよう。」
クーデリカの姿をした破滅神アラマはルーを抱えると、片手を頭上へとかざした。
何をするつもりかと皆が構えをとるが、突如そこへ高速で飛来する一つの影があった。
それはドラゴンだった。その背には鮮やかな緑の髪がなびいている。忘れもしない。あれは再生神の巫女だ。
「では、さらばだ。世界の終焉を楽しみに待っておれ。」
アラマはそのままドラゴンの足に掴まり、天空城から飛び去っていった。
「チッ、待ちやがれっ!」
ガディウスがその直前に全力で飛びかかり、宙を舞う竜の尾へと一太刀入れるが、その傷はみるみる塞がり、止めることは敵わなかった。
「ティア………ティアーーーッ!!」
アーサーの悲痛な叫びが天空の島に響き渡る。
今、世界が滅びのカウントダウンへと足を踏み出した。