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103 王都での決着

「バーバラ先生よ、カトレアを連れて離れておるのじゃ。」


「ですが──」

「あぁ、もう!すでに逃げ出せる状況ではないし、逃げる気など妾にはない!それに先生も言ったじゃろ?ありのままで生きろ、と。」


 ナディアの瞳に強い意志を感じたバーバラはそれ以上何も言うことはなかった。呆れて嘆息しながら、バーバラはずれていた眼鏡の位置を正すと、ナディアに言葉をかけた。


「はぁ、本当に貴女は人の言うことを聞きませんね。これが終わったらしっかり指導させてもらいますからね!覚悟しておきなさい。」


「うっ………わ、分かったのじゃ。」


 それが激励の意味を込めている事は理解できたが、その光景を想像したナディアはひどく顔をひきつらせて返事をした。



 しぶしぶ了承したバーバラは、タオのすぐ側に横たわるカトレアへと近づく。タオに攻撃する意志はないようであるが、警戒しながらもカトレアの生を確認し、息があることに安堵した。


「よかった、生きているようです。………貴方は何故彼女を殺さなかったのです?」


 先程までの様相からすれば、確かにタオは殺意を持って対峙していた。カトレアは死んでいてもおかしくはなかったはずだった。


「………たまたま彼女が耐えただけじゃろ。それに、ワシは無駄に殺すのは好まぬからのぉ。それならそれで願ったり叶ったりじゃ。さぁ、邪魔せぬのならさっさとこの場から退場願おうか。」


 バーバラは意識のないカトレアの腕を取り肩に手を回すと、タオに促されるまま、開かれたゴーレムの隙間へと歩き出した。そして、ナディアと視線で会話を交わし、その場を後にした。



 戦いの場は二人だけの空間となった。



「さて。この世と別れを告げる準備はもうよいか?」


「それはこっちのセリフじゃ。妾はまだ死ぬつもりはないぞ?アーサーと新婚旅行もせねばならんしのっ!………いくのじゃ。」


 身の丈程あるナディアの杖の先端が光り始める。対するタオも後ろで組んでいた手をほどき、これに相対した。


 緊迫した空気の中、先手を取ったのはナディアだった。

 振るわれた杖の先端から高速高圧のウォーターカッターが放たれ、タオの脳天を目掛けて一直線に襲いかかる。

 しかし、タオは首を傾けるだけでこれを難なくかわす。が、何を思ったのか突然大きく横に飛び退いた。直後、今いた場所へと鋭い氷柱が降り注ぐ。


「ふむ、いいのぉ。戦い方に若さが溢れておるわい!」


「年寄りにはきつかろう。ほれ、年をとったら足元にも注意せんとな?」


「むっ。」


 氷柱を避けたタオが着地の際に足を取られる。見れば、他と変わらぬはずの地面が踏んだ部分はグニャリと液状化していた。


「これで終わりじゃー!!ウォーターハリケーン!」


 突き出した杖の先から放たれた激しく渦巻く水の竜巻が龍の如くタオを喰らわんと迫り来る。


「ぬぉっ!?」


 足元に気を取られたタオは反応が遅れ、これを回避することができない。標的を定めた水の龍は一瞬で老人を飲み込むと、空高くへと舞い上がっていった。


「ふっ、呆気ないものじゃ。妾の強さはまた一つ罪を生み出してしまったか。」


 額に指を当ててポーズをとりながら、ナディアは水の竜巻を背に何かのセリフを真似したように口走る。それはあたかも勝利を確信したポージングだった。


「じゃが、帰るまでが遠足じゃからの。こういう一方的な展開の場合、大抵相手は生きておって、逆に妾がピンチになってしまうというのが相場じゃ。しかし、妾のような出来る女は油断せぬものなのじゃ!」


 ナディアは全てを見透かしたように呟きながら、いまだ猛威を奮う水の竜巻を見据え、詠唱を開始した。


「天海に眠りし全ての海の守護者よ。盟約を持って今その姿をここに示せ!」


 ナディアの足元に光が走り、巨大な魔法陣が形成されていく。


「召喚!レヴィアタンッ!!」


 光が立ち昇ったその後には、青や紫といった寒色系の色合いの鱗を持つ、うねった姿の巨大な海蛇がいた。

 レヴィアタンと呼ばれた海蛇は徐にナディアの方を見た。


『まったく、陸地で呼び出すなど無茶をしおる。マナもほとんど使いきっておるじゃないか。というか、召喚にあんな詠唱はいらんじゃろうが。召喚される側としては逆に出にくいぞ!?』


「チッチッチ、レヴィアは何も分かっとらんのぉ。その方がカッコいいじゃろう?」


 レヴィアタンの呆れるような声音に、ナディアは急激なマナの喪失からくる負荷に耐えながら苦しい笑みで返した。


『はぁ、左様か。もう黙って休んでおれ。すぐに終わらせる。』


 レヴィアタンは視線を立ち昇る水の竜巻に向け、鋭い眼光でその一点を睨むと、大きく口を開いた。

 その時、竜巻がバシャンと音を立てて壊れ、空中に衣服がボロボロになった老人の姿が現れた。しかし、その身に傷を負った様子は微塵もない。


「抜け出すのに苦労したわい。なかなかよい攻撃じゃ………おぉ!?お主が海神か?」


「やはり、妾の読みは正しかったのぉ!これで終わりじゃ。深海の一撃の前に潰れるがいいのじゃ!!『深海の雷』!!」


 レヴィアタンの口から全てを凝縮した水の極撃が放たれる。その一撃は水というよりも、もはや大質量を持ったエネルギーの塊である。人一人が立ち向かうには、絶望しか残されていない。


「かあぁぁっ!!」


 タオは凄まじい気迫のもと、強硬なる一撃を怯むこと無く受け止めた。自身の身を飲み干さんとする水撃がタオと拮抗する。


「ぐぬぉぉっ。」


 しかし、それも刹那の事だった。足場のない空中では支えもなく、タオは地の果てへと吹き飛ばされる事となった。


『顕現しておる時間も少ない。さっさと止めを刺しておこう。』


「さすがレヴィアじゃ!妾はもう動けんぞ。後は頼んでも………ぐはっ。」


『ッ!? どうした、ナディア!?』


 ナディアの顔色は悪く、レヴィアタンに後を頼もうとしていたが、突如彼女の口からは血が流れ出した。

 下を見れば、彼女の胸の辺りから腕が突きだしていた。


「いやーあ、素晴らーしい、で、す、ねっ!こーれが、海神ですーか?」


 血の気の引いた顔でナディアは後ろを振り返る。そこには白衣を着た痩せた男が立っていた。


「何……じゃ……お前……は……。」


「私の名ーは、ケリアーーーン・ブラッキーーーオッ!!人るーい最高のー頭脳をーー持つ、天、才、化、学、者、ですっ!」


 それは以前に海底都市を襲い、アーサー達に倒されたはずの人物だった。


『貴様、よくもナディアを………許さんぞっ!!』


 レヴィアタンは怒りを露に、その鋭い牙をもってケリアンを喰い千切らんと襲いかかる。その様子にケリアンはただ不気味な笑みを浮かべるだけだった。


「あなたーがどれーだけ強かろうとーも、元を断ーてばどうとーいうこーともないーのです。」


『くそがぁーっ!!』


 ケリアンの言葉の意味を理解したレヴィアタンは激昂する。しかし、ケリアンに噛みつく寸前で、レヴィアタンの姿は霧のように消え去ってしまった。


「はい、おつかれさーまです。あなたーもあーとで研究してあげーますね。さて、帰りーますか。『ゲート』。」


 眼前の空間にゲートを開いたケリアンは、ナディアを連れ帰ろうと息も絶え絶えな彼女へと近づいた。


 そして──彼の身体に大きな風穴が開いた。


「なっ……!?そん……な………。」


 それ以上の言葉を発することなく、ケリアン・ブラッキオの肉体は粉微塵に吹き飛された。


 そこに現れた彼を消し去った人物。それは先程レヴィアタンの水撃で飛ばされたタオだった。ダメージがあったのか、ところどころに僅かだが傷を負っている。


「ようやく海神と相まみえることができたというのに、まったく余計なことを………。あやつには後で文句を言ってやらねば気が済まんわい!」


 恨めしそうに虚空を見据えながら呟くと、タオはナディアを抱えてゲートへと入っていった。

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