102 対決!第二ラウンド
王都正面門の前で倒れる兵達の後ろから、ゆらりと現れたファンキータオピー。
すると、彼の意志を汲み取ったのか、周囲に群れる魔物が一斉に彼女達を結ぶ空間を広げるように割れていった。
戦っていた兵達を無視して、ぐるりと囲むように対決の舞台が出来上がっていく。
「ふぉっふぉっふぉ、これでもう逃げられんじゃろう。そこの騎士団の連中も、手を出せば即座に殺すゆえ、静かに見ておることをお勧めするぞ?」
現在の状況は、三人と老人を中心にゴーレム達が広く円形に壁を作り、その外側では残った魔物の群れが兵達を威嚇するように攻撃態勢を取っている。
普段は無秩序であり、一匹一匹は大したことのない魔物達であるが、今どういうわけか一つの意志のもとに連携し、能力を十全に発揮しようと構えている。
先程までとは明らかに変化した眼前の驚異に兵達は戸惑いを露にし、また、いつの間にやら戦場へと現れた威圧感を放つ老人の脅威に飲まれ、彼らは完全に萎縮してしまっていた。
そんな中、ナディアはふわふわと緩くカールした淡い水色の髪を肩口で払い、腰に手を当てて笑った。
「フッフッフ。妾と対峙するとは、命知らずがいたものじゃのぉ。老い先短い人生をここで散らすのが望みかえ?」
「望み、か。そうじゃのぉ………。ワシはある者と再び拳を交える事を夢に生きてきたんじゃ。しかし、その者はもうとっくの昔この世を去ってしもうた。ワシとやり合えるのはあやつくらいしかおらんかったが、運命神の巫女なる娘が言うには、なんでも破滅神を復活させることでその息子が現れるらしい。だからあやつの息子とやらと戦うのが今の望みじゃの。お主には悪いが、その生け贄となってもらいたいんじゃ。もちろん、ワシを倒せるくらいにお主が強ければ、それは願いが叶ったようなものなんじゃがのぉ。………はてさて、そうあってくれればよいのじゃが。」
「カカッ、言ってくれるのぉ!それにしても、何ともはた迷惑な話じゃ。爺さんは悪者のようじゃし、これは勇者の嫁としては黙っておれん場面じゃの!!ところで爺さんの名は何と言うのじゃ?」
「ワシか?ファンキータオピーじゃ。まぁ、タオでよいわい。」
老人が楽しそうに語る中、バーバラがナディアにそっと近づき、耳打ちする。
「私とカトレアで足止めします。貴女の力ならばどうにか逃げることも出来るでしょう。合図をしたら走るのです!」
「バーバラ先生、何を言っておる!?」
思いがけないバーバラの言葉がナディアの頭の中をぐるぐると駆け巡る。想像するまでもなくそれは自殺行為でしかない。つまり、彼女は身を呈してナディアを逃がすと言っているに等しかった。
「よいですか?貴女は今、世界の命運を担っているのです。貴女が捕まるわけにはいかないのです!大丈夫、私達も後ですぐに追いつきますから。」
それが嘘だということはナディアにも理解できる。目の前の老人タオには、穏やかな装いの奥に確かな畏怖を感じている。しかし、バーバラの優しくも真剣な目付きに押され、ダメだとは言い返せなかった。
「………分かったのじゃ。なら、次からの授業はもっと厳しくお願いするのじゃ!だから、二人ですぐに追いつくのじゃぞ!?」
「ふふっ、貴女は出来の悪い生徒ですからね。………ですが、奥底にはきちんと淑女としての心根がありますよ。これからもそのままの貴女で成長なさいね。」
それはまるで別れの際のセリフのようだった。
俯くナディアの握りしめた拳が僅かに震えている。それを視界に納めたカトレアが剣を抜き放ち、前に出る。
「王国聖騎士隊長カトレア、いざ参る!」
「三人がかりか。ふむ、それも面白かろう。じゃが、そこの御婦人が戦うというのは少々厳しくはないかの?」
ナディアの前に出たカトレアとバーバラに、タオは不敵な笑みを浮かべた。
そして──
「むんっ!!」
──タオの鋭さを帯びた眼光が胸を貫くようにバーバラを見据えた。バーバラの顔色にやや苦いものが表れるが、スッと伸びた背筋は変化する事無く、彼女はそのままの姿勢を維持した。
「ふむ、これだけの気を当てられても意識を保っておるか。城内で立っておったのも偶然ではないようじゃの。一般人であろうに大した胆力じゃ。あんた、何者じゃ?」
「私は王家の礼儀作法等の指南役を務めさせて頂いております。胆力という話でしたら、教える側の人間ですので王族以上には養われているのでしょう。」
「そうかそうか。それは失礼したのぉ!覚悟も十分といった様子。ならば、あんたも遠慮無く数に入れるとしよう。」
カトレアが剣を構え、バーバラが鞭を握る。その後ろではナディアが杖を手に、何やら魔法を詠唱している。
「アイシクルレインッ!!」
ナディアの声と共に、突如としてタオの頭上から多数の氷柱の雨が降り注ぐ。
これを皮切りにカトレアとバーバラが動き、戦闘は開始された。
タオは降り注ぐ氷柱を難なくかわしていく。が、避けた先で背後の突き刺さった氷柱の影に異様な殺気を感じ、そちらへと目を向ける。そこには右に腰をひねり、力を溜めたカトレアの姿があった。
左腕を振り抜き、回転力を乗せた横凪ぎの剣閃は氷柱を上下に分断し、タオを捉えていた。
「ふん、甘いわい。」
タオは老人とは思えない身軽さで、軽くジャンプする。カトレアの放った斬撃は紙一重のところでタオには届かなかった。
しかし、カトレアの顔に失敗の色はない。
「さて、甘いのはどちらでしょうね。」
余裕の笑みを浮かべるタオの耳にカトレアの声が届く。
その言葉を訝しく思った次の瞬間、タオの体に何かが巻きつき、体の自由を奪った。
「むぅっ!?」
「この鞭は王より賜った特別製です。そう簡単には抜けられませんよ?さぁ、今です!ナディア、早くお行きなさいっ!!」
カトレアの剣を空中へ避けたタオだったが、バーバラの鞭がしっかりとその先を捉えていた。その鞭には特殊な金属が編み込まれており、巻きつくと同時に収縮すると、タオの身体をきつく締め上げた。
「ナディア、走って!………また後で会いましょう。」
カトレアの急かす声に、ナディアは涙を堪えて後ろを向き、そして一歩を踏み出した。
「バーバラ先生。それではこちらも早く終わらせてナディアに追いつきましょうか。」
「えぇ、今日の授業もまだですしね。」
二人はナディアが走り出したのを横目に、そんな会話を交わす。しかし、それは虚勢でしかなかった。
目の前の老人がこの程度であれば、前聖騎士隊長セフィリアが別次元の強さと評価を下すはずがないのだから。それにきつく締め付けているのに、全くもがく様子もない。
黙って俯くその姿は、まるで嵐の前の静けさのように不気味であった。
「まぁ、城で魔法を受けたおかげであのお嬢ちゃんの波動は感知できるからよいのじゃが………毎度逃げられては流石に骨が折れるのぉ。足掻くのもそろそろ大概にせんか?」
タオの声に僅かばかりの怒気が含まれる。
カトレアとバーバラに緊張が走る中、タオは徐に巻きついた鞭を指で摘まむと、それをそのまま潰すように断ち切った。
「そんな………柔軟性に優れた魔法金属であるミスリルとオリハルコンの合金の糸が編み込まれていて、切れることなどないはずなのに。それをあれほど容易くちぎるなんて。」
「くっ。タオ老人、あなたは本当に人間か!?今のは筋力じゃないでしょう?かといって魔法でもない。一体何者なのです!!」
「そう驚く事でもなかろう。これは気というやつじゃよ。ちなみにワシは人間など、とうに辞めておるよ。昔は気功師じゃったが、ヤツと出会い、ヤツに勝つために仙人となったんじゃからの。」
ブチンブチンと音を立てて拘束が断たれ、鞭の残骸が力無くタオの足元へと落ちていく。そして、恐怖をその身に纏ったような危険なオーラを放ちながら、タオはバーバラへと一歩踏み出した。
「させませんっ!!」
明らかに雰囲気の変化したタオが放っているのは、たぶん殺気だろう。このままではバーバラが危険だと直感したカトレアはマナを全開にし、一瞬で背後へと回り込み、タオの首筋へと刃を振り降ろした。
「もう十分じゃ。寝ておれ。」
だが、その刃はタオを斬り捨てることなく、地面へと落ちていった。それと同時に、その傍らへカトレアが倒れ込んだ。
「カトレアーーッ!!」
バーバラは叫ぶように呼びかけるが、カトレアはピクリとも反応を示さなかった。
「心配せずともよい。すぐにまた会えるじゃろう。あんたはなかなか面白い御婦人じゃったよ。」
タオの指先がバーバラの額へとゆっくりと伸びていく。
その光景にバーバラは自らの死期を悟った。
(ナディアが無事に逃げてくれたのなら、私は役目を十分全うできたでしょう。唯一の心残りはあの子を立派な淑女に育てられなかったこと、ですか。でもあの子は強い信念がありますし大丈夫でしょう。………さようなら、ナディア。不出来な、可愛い教え子………。)
死の覚悟を決めたバーバラは静かに目を閉じた。
目を閉じた暗闇の世界でこれまでの人生が色鮮やかに映し出された。嬉しかった記憶、嫌われたり、困ったり、悩んだり………教育に務めてきた彼女の人生は多くの人との出会いで彩られていた。それを懐かしむ一方で、彼女の現実は着実に死の寸前にあった。
タオの人差し指がゆっくりと突くようにバーバラの額に触れる。
「ウォーターカッターーッ!!」
──だがその直前、水のレーザーがタオの指を弾き飛ばした。
バーバラがその声に驚き、目を開けて振り向くと、そこには逃がしたはずの海神の巫女が杖を向けて立っていた。
「バーバラ先生よ、何を諦めておるっ!それが先生の指導なのか!?」
「ナディアッ!何故ここにいるのですっ!!逃げてくれなかったのですか!?」
逃がしたと思っていたナディアは未だこの場に留まっていた。その事実にバーバラは困惑する。あれだけ言い聞かせたにもかかわらず、何故この場から離れてくれなかったのか、彼女には理解出来なかった。
「やはり無理じゃ。大事な者を見捨てて逃げるなど、勇者の嫁のすることではないのじゃ!妾はアーサーの嫁じゃからの。今度は妾が皆を守るのじゃ!!」
ナディアとタオの視線がぶつかる。
王都に鳴り響いた時刻を告げる鐘の音は、今まさに最終ラウンドが幕開けるのを予感させた。