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99 二つの魂

 ここはどこだろう。気がつくと俺は真っ白な世界にいた。


 小田原朝としての人生を終えたあの日と同じような事を思ってしまったが、今回はしっかり覚えている。腕輪を嵌めたあの時、意識が何かに吸い込まれるようにブラックアウトしてしまったんだ。

 目覚めるとそこは壁に囲まれた真っ白な世界で、俺はポツンとそこにあるスクリーン状のものを眺めていた。


 今の状況は感覚的に理解できる。


 ここは俺の精神世界で、誰かに………というか、別の自分に体を乗っ取られているんだ、と。


「いやいや、体乗っ取られるとかファンタジーかよっ!」


 自分で言っておいてなんだが、ここは素敵なファンタジー世界だった。


「………さて、困ったぞ。手詰まりだ。」


 出口もなく、どうにもならない。俺は自分の中に閉じ込められてしまったわけだ。仕方なしにスクリーン越しに映し出される外の世界を眺めることにした。


 様々な事が明かされていく中、話は俺の行方となっていた。




 ***


「正直、僕も表に出てくるとは思ってなかったから少し困惑しているんだ。」


 アーサーは困った顔でそう言った。彼にとっても予想外な事態かもしれないが、俺としてもこのまま進められても困る。早く元に戻してほしいのだが………。


「ならば、早く入れ替わればいいでしょう?」


(セフィリアさん、ナイスッ!今まで馬鹿にしてきてごめん!)


 俺はセフィリアの的確な指摘に心からの賛辞を送った。この声が届かない事が実にもどかしい。


 俺はさらに状況を見守るが、アーサーから出た言葉はあまり思わしくない物だった。


「実は、僕にも戻り方が分からないんだ。」


(おい………嘘だろ?俺、このまま人生フェードアウトなわけ?俺の人生まだまだこれからなんだぞ!?この世界に生まれてまだ一年くらいしか生きてないし、やりたいことだっていっぱい残ってるんだぞ!)


 だが、俺にはどうすることもできない。出来ることは見ることだけだった。


 愕然とする俺を余所にアーサーが話を切り出す。

 

「もしかしたら僕もいつ消えるかも分からないし、少しティアと二人で話をしてもいいかな?」


 皆にそう言って二人で庭園内のカーテンで覆われたテーブルへルーを連れ出していった。




「愛しいティア、再び君に会えるなんて夢のようだ!」


「そうね。私もようやく貴方に会えて凄く嬉しいわっ!」


 二人の笑顔はとても眩しくて、今の俺には見れなかった。胸の奥に感情が荒々しく蠢いている。それは嫉妬だった。

 先程のルーの話を聞いた限り、彼女は彼に会いたいが為に再び生まれてきたのであり、この先の会話の流れは想像したくもない。その場所にいるべきなのは俺であるはずなのに。例え別の自分だろうとルーを誰にも渡したくはない。そんな嫉妬に内側から食い破られそうだった。


「でも、君は迷っているんじゃないか?僕の目は誤魔化せないよ。」


 しかし、アーサーから出たのは、俺が想像した言葉とは違っていた。


(ルーが迷ってる?どういうことだ?)


 彼の言葉を受けて、ルーは嬉しいような申し訳ないような曖昧な表情を作っていた。


「うん、じゃあ正直に言うね。あなたの事は今も愛してる。勇敢で思いやりがあって、正義感があって、頼りがいもある。何より私を愛してくれて嬉しかったわ。でも………。」


 少し言いにくそうに、言葉が喉につっかえるように、彼女はその先を口にする。


「それと同じくらい、もう一人のあなたの事も好きになってしまったの。最初はあなたに会いたい一心だった。でも彼が生まれた時からずっと見てきて、一緒に旅をするようになってどんどん惹かれていったの。この前告白された時に確信したわ。」


 ルーは気まずいながらも、その想いを目の前のアーサーに伝える。彼は「そうか……」と一言溢し、彼女に尋ねた。


「彼のどこに惹かれたんだ?」


 彼女の想いを受け入れた上で、興味深そうに聞いているようだった。

 ルーは一瞬驚いた様子だったが、ハニカミながらこれに答えた。


「そうねぇ。彼は信念はあるけどやり遂げるだけの力はまだ無くって、私が傍で支えてあげないとダメなの。私を必要としてくれてるのよ。私の方が強いはずなのに、それでも彼なりに私を気遣ったり守ろうとしてくれる気持ちが嬉しいのっ!」


 ルーは話し出したら止まらなくなったのか、そんな話を長々とアーサーに聞かせていた。

 目の前のアーサーの中で俺が聞いているのを知らないのだろうか?彼女のことだし、そう推測していても話に夢中で忘れているんだろうな。まったく、聞いてる俺の方が赤面しっぱなしなんだが。


「彼にもあなたと同じようにアーサーという存在を感じるの。包容力のあるあなたも好きだし、私を頼ってくれる彼も好き。あれだけあなた一筋だったのに、こんな気持ちになるなんて不思議よね。」


 俺としても不思議である。

 彼女の気持ちが俺ではなく別のアーサーに向いていたと聞いて、出会った当初から俺に熱烈だった理由は理解できたし、結局ルーが見ていたのは俺じゃなかったんだなと思っていたから。

 でも、そうじゃなかった。それは勝手な俺の思い込みだった。少なくともガイナスで告白した時にはちゃんと俺に気持ちを抱いていてくれたのだから。


「けど、それは不思議な事でも何でもなかったの。旅をしていて分かったわ。だって、彼はあなたが胸の奥に仕舞ってきた弱い部分のアーサー。性格は違っても彼もちゃんとアーサーなんだもん。」


「彼が、僕の弱い部分?」


 俺を弱い部分だと言うルーにアーサーも俺も揃って疑問顔だ。


「竜神として生きていたあなたは、ずっと弱さを押し殺してきたんでしょう?だから破滅神を封印した時、魂の強い部分だけが封印の楔になって、弱い部分のアーサーは自然と輪廻の輪に流れたのね。」


 突然すぎていまいち理解が追いつかないが、何となく言いたいことは分かる。

 つまり、俺はアーサーが前世で不要だと思っていた魂の残りカスみたいな物なんだろう。だから封印の時、外装が剥がれるようにメインの魂だけが使われ、弱い部分らしき俺が分離したってところか。


(ルー………なんか俺、喜んでいいのか、悲しんでいいのか分かんなくなってきたよ。)


 ここまでの話を思い返すと、ルーの気持ちは嬉しいのだが、どこか話の節々に毒が含まれているような気分だ。


「そっか………。だとしたら、弱い彼と強い僕………君はどちらを選ぶのかな。」


「そんなの………選べないよ。」


 アーサーは真剣な眼差しでルーを見つめるが、ルーにその答えを出すことはできなかった。



 ドンッ!!



 瞬間、鼓動のような衝撃が世界を包んだ。


「今の、何なのっ!?」


 慌ててカーテンを開け、庭園に出る。

 皆同じように感じたようで、緊張が走っている。


「分かりません。大気が震えています。」


 シルフィーナが空を見据えながら、様子を窺っている。


 そこへクリシュトフが口を開いた。


「もしかして、破滅神の封印が解けたんじゃないかい?」


「それはおかしいんじゃねぇの?クレイもこの姉ちゃんも無事なんだしよ。」


「………これはあくまで可能性の話なんだけど──」


 キリウの言う通り、復活の条件はまだ整っていないはずだ。


 クリシュトフは顎に手を当て、思案顔で続きを話す。


「──楔となっていたアーサーの魂が戻ったという事は、封印の効力も落ちたんじゃないかな。だから、封印を解くのに必要な魂が四属性も要らなくなったとか。」


「たしかにこの波動、破滅神アラマのものと似ているような。可能性は高そうね。」


「そうだ!もしそうなら王城に匿ったナディアは無事かっ!?姉さん、ここから見えないか?」


「やってみましょう。」


 シルフィーナは王国の方角を向くと、目を見開いた。


 瞳の色がエメラルドのように鮮やかで透き通った色合いに変化していく。これが世界を見通す目なのだろう。


「これは………ひどい。」


 シルフィーナは一言そう呟くと、一旦瞳を閉じた。

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