帝国
月明かりの中を東に飛ぶミニラの背中で、ビザンのイビキとサラミリスの微かな寝息を聞きながらこれからの行動をシュミレートしていた。クライムを出てから6時間程は過ぎただろうか、体を固くしていたビザンとサラミリスが緊張と疲れに耐えきれずに寝落ちて2時間程が経つ
「ミニラ、どれくらいの距離を飛んだか分かるかな」
「ン~とね、クライムからエリーゼの館迄を2回往復したくらいかな。パパ」
単純計算で5400キロ程、時速900キロも出ていた事になる・・相変わらずの謎スペックのミニラである
「一旦降りて休憩にしょうか、魔石の補給も必要だろ。何処か人気の無い草原でも有れば降りてくれるかな」
「わかったあ、魔力はまだまだ大丈夫だけど頭撫でて欲しいから降りるね。パパ」
ミニラが降りたのは膝丈程の草が生えた草原だった、頭には手が届かないので頬を撫でながらミニラに魔石を与えていると
「ガンジー殿居られますか?降ろして頂きたいのですが」
サラミリスが言ってきたので、ミニラの手に乗り迎えに行くと、私もお願いしますとビザンが言ってきた。地面に降りた二人はそれぞれ別の方向に向かって歩いて行く
その行動の意図に気付いたので、黙って見送る。ビザンになら小用か?と聞けるが。流石に女性のサラミリスには聞く訳にはいかない・・
戻ってきた二人に水魔法で出した流水で手を洗うように勧め、弁当にと持って来たサンドイッチを渡す。ミニラにも馴れた頃だろう
「此処はどの辺りなのでしょうか?」
サンドイッチを見詰めながら、サラミリスが聞いてきたので
「多分ですが、半分の道程を過ぎた頃だと思いますよ」
「な、もうそれ程の距離を進んだというのですか!」
驚いたようなビザンの声が響いた
「それで聞きたいのですが、何か目印になるようなものは有るのですか?何しろ初めて行く場所だけに通り過ぎてしまう可能性も有ることが心配なんです」
「目印ですか・・・」
「我らなら一目見れば分かるのですが、ドラゴンの背中からでは下を見ることは叶いませんからな・・・・」
確かにミニラの背中から下は見えない、ミニラに角度調節して貰えば別なのだが・・・・
「海沿いに飛んで行くので、海岸の特長でも良いのですが。何か有りませんか?」
「それでしたら、大きな島とも呼べぬ島が沖合い50キロ程の所にございます。島の端から端まで馬で2日は掛かろうかと言う島が」
サラミリスがそう言いながら地面に地図を書いた、陸地の海岸線とその沖合いの島。そして沖合いの島と陸地の間にある小さな島だけが掛かれた簡単なものだが。十分に参考になる
「分かりました、その大きな島が見えたら1度降りて確認して貰う事になると思うので宜しく頼みます」
ミニラに目的地の特長を伝えて頼み、再び東を目指した
「パパ、あれだと思うよお」
朝の太陽がかなり高く迄上がった時間に、ミニラから目的地到着の知らせが届いた
「ミニラ、陸地と島の中間辺りの海上を低くゆっくり飛んでくれないかな」
「分かったあ」
低い位置からなら、ミニラの背中からでも陸地と島が見える。普段の目線に近いので確認も容易だろう
「着いたと思うので確認して欲しいのですが」
「間違いありません、あれはカーミラの港です。私は海からも船で何度か訪れた事が有るので分かります。しかし、本当に着いてしまったのですね。それもたった一晩で・・・」
ビザンが驚いた顔で到着を告げた後、呟きが漏れた
サラミリスも信じられないものを見るような眼差しを港に向けている
ミニラに頼んで、人目に付かない高さまで昇って貰い北に進路を変えるた。
人族の目には触れたく無いが、エルフとドワーフ達は別である、後で神様達が何とでもしてくれるだろう。信頼出来る神頼みだ、丸投げとも言うが。とにかくサラミリスとビザンを指定された場所に送り届けて海の宝木を2つづつ渡して、5日後の再開と話の出来るメンバーを集めて貰うように頼み、最後に送ったビザンに一番近い場所に有る冒険者ギルドの場所を聞いた。地理が全く解らないので地図を見せて貰う必要がある上に、冒険者として行動するのが得策だと思ったからだが。日が暮れる迄は動けないと言うのもある・・・・
ミニラをあまり人族の目には触れさせたく無いので、馬で海沿いを見て回らなければならない。5日でも足りないだろう・・ミニラの有り難さが見に染みる
教えられたギルドで食事と必要な情報を集めてから、ミニラと久し振りの野宿をする事にした。長距離を荷物を持って飛んだのだから料金を払えと言われたのだ・・もっともミニラに要求された料金は一緒に寝る事と頭を撫でてやることなのだが
夕方に目的地の場所を確認出来たお陰で夜明け前の暗闇の中でも、目的地である海沿いの冒険者ギルドのある町の近くに降ろして貰えた。町迄の3キロ程の道程は、早足で歩けば30分程で着く。夜が明けきる前でもギルドは営業しているし、散々痛い目にあったこの世界のずさんな地図の確認をしなければ怖いのだ。地図の確認と食事を済ませた頃には馬の入手も可能な時間になるだろう
ギルドで冒険者カードを提示する度に1等級と言う等級に驚かれるが、優遇措置を取って貰えるのが有り難い。地図の閲覧も簡単に許されるし重要な情報も教えて貰える。ただ、ギルド長室に呼ばれて難しい案件を受けて貰えないか?と頼まれるのは面倒なのだが・・時間さえ有るのなら受けても楽しいかも知れないが、今は時が惜しいのだ
馬を駈り海沿いを走りさえすれば人魚達の姿は容易に発見出来る。疑いを招くのも面倒だと人魚の情報を全く集めずにギルドを出たのだが、人魚達の集団を見付ける度に俺の心は重くなっていった・・・・子供達しか居ないのだ。たまに居る大人の人魚達は例外無く腕や足鰭を無くしていた・・
1つ目の集団・・・・
2つ目の集団・・・・
3つ目の集団・・・・
5つ目の集団を目にした時に、とうとう心が悲鳴を上げた。どの集団にも3才以下の子供が居ない・・その上暗い顔の痩せ衰えた子供達と傷付いた数人の大人の人魚達、全ての人魚にクライムの人魚の嫁と子供達の顔が被って見えたのだ
「お前達の長老は何処に居る?」
我慢出来なくなって聞いていた
10才くらいの人魚の子が黙って立ち上がり
「こっち」
と一言だけ告げて
跳ねだしたのでついて行くと、そこには弱り切った二十歳そこそこに見える人魚が横たわっていた。腕を無くし、足にも酷い傷がある上に体から異臭を放っている・・壊疽を起こしているのだろう
俺に気が付いたのか、弱々しく顔を上げた人魚の顔から髪が落ちて隠されていた風貌が明らかになった時、俺の我慢が限界になっていた。人魚の顔の半分が火傷によるケロイドで覆われている・・・・
ルールーが俺に言った言葉
「毎日笑っている時間の方が多いのに・・・・・」
その言葉が何故か浮かんでは消えた、この人魚は産まれてからどれくらい笑えたのであろうか・・・・?
「お前は子供達を助けたいか?俺を信じ、俺の言葉に従うならお前と子供達をこの地獄から助け出してやろう」
会ったばかりの者を信じろとは無茶な話である、だがドン底に居る者にはこれ以上の下は無い。藁にもすがる想いが有るのなら無茶な話でも耳を傾けてくれるだろう
「あなたは誰なのですか?」
少し時間を置いて当然の質問が返ってきた、子供達の命が掛かっているのだ
「遥か西で人魚達と共に暮らす者だ、そこには7万余りの人魚達が住む人魚の国が有る。お前は子供達に笑える日々を過ごさせてやりたいとは思わないか?」
「それは思いますけど・・・・」
思うが無理だと諦めるようにうつむいた
「俺は助けてやると言ったぞ!俺に従うかどうかはお前が決める問題だが」
「し、従います。私の命は長くありません、どうか子供達だけでも助けてやって欲しいです」
「お前も助けると言ったぞ」
そう言って無造作に人魚の肩に手を伸ばした。人魚は弱った体にもかかわらず緊張で身体を固くしたが、無視して肩に触れ魔力を流して精査した。迂闊に活性化を掛けると容態が急変するのが怖い
壊死している部分がかなり広い、酷い苦痛に襲われているだろうに・・
「ミニラ、今はどの辺に居るの?」
「パパの真上にいるよ、地面から1キロほどかな」
一瞬えっ?と思ったが、心配してくれているのだろう。護衛も無しで知らない土地に居るのだ
「ミニラ、50センチくらいのモンスターか動物を捕まえてきて俺の横に落としてくれるかな?」
「分かったあ、やってみるね」
ゆっくり活性化を掛けながら毒素を消していると、15分程で近くにドサっと物が地面に落ちる音が聞こえた。顔を向けると10メートル程離れた所に猪の子供が落ちている
「ありがとうミニラ」
礼を言いながら拾いに行く
壊死した部分をこれで再構築出来る。体が弱り切った状態では他の部分から削るのは無理だし、かなり痩せ衰えていた
外傷はそのままに、内部の治療を終え
「楽になっただろう」
そう人魚に聞くと
呆けたような顔をしていた人魚が
「あなたは神様ですか?」
とそれだけを答えてきた
「神ではない、約束通りに命令を伝えるから従ってくれ。お前は体は元気になったが、弱ったままの演技をしろ。それとお前達は火を使えるのか?」
「薪などは有りませんけど、焼かないと食べられない魚も有りますから、海岸の流木やゴミを燃やす事は許されています」
「今日の夜中の12時に目立たない程度の小さな火を燃やして、お前はその側に居ろ。詳しい話はその時にする」
頷く人魚を残して馬で走り去る、少し長居をし過ぎた・・一応ミニラが見張ってくれているようだが、リスクは小さい程好ましいのだ




